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8章

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    「アラン様…あの子ちょっと気を付けた方がいいかもしれません。」

    クリストフは夕食が始まる直前アランの側に寄り、誰にも聞こえないように囁いた。

    「あの子って…マリア嬢の事か?」

    そのマリアは今目の前で侍女に混ざってユリシスに甲斐甲斐しく給仕をしている。

    「昼間僕との稽古でマリエル様を貶めるような発言を…どうやら殿下の良すぎる顔に恋しちゃったみたいで…。」

    「なるほどな…。」

    クリストフに言われるまでもなく見ていればわかる。何せあの方が五歳の頃から一緒にいるんだ。
    月の光で染め上げたかのような美しい銀の髪を眩しそうに見つめる眼差し。ユリシス様の心を窺うような言葉。待ち合わせでも何でもない。ただユリシス様と同じ空間にいるというだけなのに、勘違いしたかのようにこの場でその女だけが異様に浮き足立っている様はこの十五年近く何度も見てきたが本当に滑稽だ。

    「ユリシス様は相手にしないだろう。たとえ世話になってるカイデン将軍の娘だとはいえ、忖度して娘の気を良くしてやろうなんて殊勝な心をあの人は一粒たりとも持ち合わせていない。」

    「…長年一緒にいるからこそのとんでもない発言ですねアラン様。」

    とんでもない?何を言ってる。これでも随分色々と包んで言った方だ。あのマリアとか言う女がマリーお嬢さんを貶したと知ればたとえカイデン将軍の前だろうとユリシス様の世界からは完全に姿を消すことになる。生きたまま死者として扱われるんだ。一生な。

    「告げ口するのは簡単だがああいう女は逆恨みするから恐ろしい。」

    ユリシス様の前で怖じ気づく事なく振る舞えているという事は余程自尊心の高い女だろう。それが恋に狂って逆恨みとなると、こちらが考えも及ばないような大変な事をしでかしたりするものだ。

    「マリーお嬢さんには指一本触れさせない。お前も気合い入れろよクリストフ。」

    「気合いも根性も総出で頑張ってるんですけど弱いんですよ…周りが強すぎて…。」

    「お前…今度負けたら噂も広まって嫁も来ないぞ。」

    クリストフは呻き声と共に胸を押さえた。 


    「アラン、クリストフ、お前達何やってるんだ?早く座れ。」

    ユリシスは部屋の隅でこそこそしている二人を座るよう促した。昼間の事があったせいだろう。マリアはクリストフと目を合わせようとしない。

    「大したものがご用意出来ず申し訳ありません。ご存知の通りダレンシアも色々と大変で……。」

    一国の王子が来ていると言うのに十分にもてなす事が出来ないのが恥ずかしいのかマリアは詫びる。
    だがユリシス達は全て承知で乗り込んで来ているのだ。屋根のある安全な場所で寝起き出来るだけでもありがたいのに食事まで出して貰える。感謝こそすれ何の文句もなかった。
    しかし色々ひねくれていたクリストフはマリアのそんな控え目な態度も彼女のユリシス陥落作戦に見えてしまい、ぶすーっと出されたシチューを口に運ぶ。

    「お気遣いは無用だ。此度の事はこちらのわがままでもある。本当に感謝する。」

    ユリシスの言葉にカイデンもマリアも微笑む。

    「全てが終わればガーランドはダレンシアを支援させてもらう。あと少しの辛抱だ。」

    「それは本当にありがたいお申し出です。出来ればユリシス殿下にはレオナルド国王をお救いした後、国が安定するまで御滞在頂きたいのですが……。」

    しかしユリシスはカイデンの提案に首を振る。 

    「悪いがそれは出来ない。」

    「何故です?」

    「私の婚約者…マリーのお腹には私の子がいる。この戦いが終わったら彼女と国へ帰りすぐ式を挙げる予定だ。」

    「なんと!!殿下のお子が!?」

    カイデンはめでたいと声を上げたがマリアの顔は硬くひきつった。

    「それなら仕方ありませんな。殿下の選ばれた方だ。マリエル様はそれは素晴らしい方なのでしょうな。」

    ユリシスにしては珍しく柔らかに微笑む。マリーの笑顔を思い出していたのだ。この屋敷にユリシスが来てから一度も見たことのないその甘やかな微笑みにマリアは言葉を失い、同時に未だ見ぬマリーに対する憎悪にも似た激しい嫉妬に襲われた。







    

      
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