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8章

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    長きに渡りダレンシア国王を支えてきたカイデン将軍の領地は王都に程近い場所にあった。すぐに王城へ駆け付けられるようにと与えられたその広大な土地からは、ダレンシア国王がどれだけ彼を信頼していたかが窺える。
    
    「具合はどうだ?クリストフ。」

    「思っていたよりは浅かったみたいで…傷口は結構縫いましたが何とか動けます。」

    先に着いていたクリストフは丁寧な治療を施され、若さも手伝って順調に回復してきている。

    「イアンにも礼を言わないとな。」

    さすが王子の脱出作戦を任されただけの事はある。ユリシス達と別れた後、イアンは脇目も振らずクリストフをカイデンの領地へと連れ帰り、その後はすぐに情報収集のため王城周辺へと潜り込んだらしい。

    「ジョエル様はリュカの死体をどう見たでしょうか……。」

    アランが偽装した現場に誤魔化されてくれればいいが、そうでないなら自分達を連れ帰り匿っていたリンシア王女の身が危険に晒される可能性が高い。

    「その情報ももうすぐイアンが持ち帰ってくれるだろう。今は策を練りながら待つしかない。」

   
    ダレンシア国王レオナルドが今のような状態になってから起きた事をカイデン将軍から聞いたユリシス達は、思っていた以上の苦境に頭を悩まされていた。
    国王から信頼の厚かった臣下は皆辺境へと送られ、カイデン将軍は権限を与えられていた兵力のほとんどを取り上げられた上に、その兵士達も国境の警備などに回されてしまった。その結果今戦えるのはこの領地内にいる私兵しかいない。

    「この状態でラシードの軍とやりあえば、数で大きく負けるこちらが圧倒的に不利…。」

    カイデン将軍も動くに動けぬこの状況に頭を抱えていた。

    「リンシア様の手紙によるとレオナルド陛下の病状はもはや一刻の猶予も許されない状態にあると…。取り返しのつかない事態になる前に何とかしないと……。」

    「やはり当初の予定通り少人数で城へ乗り込み王を救うしか手はないか…。」

    「しかし殿下、陽動作戦は二度も通じませんぞ。どうやって王宮内に潜入するか…。」

    「正面からだ。もうそれしかないだろう。」

    「「「正面!?」」」

    会議に参加していた全員が声を上げる。
    それも当たり前だ。兵の数が足りないと言ってる側からのこの発言だ。

    「ちょっと殿下大丈夫ですか!?いくらなんでも正面は無理でしょ!」

    主は疲れのせいでおかしくなってしまったのかとクリストフが止める。しかしユリシスは冷たい視線をクリストフに向けた。

    「お前それでもレーブンの息子か。」

    「う゛っっ!!こんなに色々傷付いた僕を更に傷付けるつもりですか!!だってどう考えても自殺行為でしょ!?」

    「問題なのは城門突破から王宮までの道のりだ。王宮内は狭い通路だ。どんなに兵がいても全員は入れない。だから入ってしまえばたいした力の差はなくなる。」

    「それにしたって相当強い人間が行かなきゃ無理だ!それこそ一騎当千の………まさか…」

    「そうだ。アランならやる。だからアランは一時私の護衛の任を解く。」

    今度はアランが目を剥いて叫ぶ。

    「馬鹿な事言わないで下さいよ!!これから戦を仕掛けようとしてるガーランドの王子が目と鼻の先にいるなんて知れば、兵士達は死ぬ気で首を取りに来ますよ!?そいつらから誰がユリシス様を守るんです!?」

    「だからだよ。城内の奴らが私の首に気を取られてる隙を突くんだ。心配するなアラン。私にはお前には及ばないが優秀な護衛が付く。これだけ生き恥を晒したんだ、死ぬ気で守るよな?クリストフ。」

    「ぼ、僕ーーーーー!?」

    「お前、マリーの護衛に志願しておいて大して働きもせずに拐われて、リュカと戦わせろと言ってあっさり負けた上に最後は王子に肩を貸してもらう有り様。恥ずかしいよな。恥ずかしくてこのままじゃとても国に帰れないだろう。だが安心しろ。ダレンシア城内にうじゃうじゃいる兵士から私を守りきればお前は英雄だ。レーブンも鼻高々だ。」

    「う゛う゛っっ!!全部ホントの事だから何も言えないけど手負いの僕にそこまでやれるか自信がありません!!」

    弱音を吐くクリストフにユリシスの目が細められ、口元はいやらしく弧を描く。

    「守りきったらお前とリンシア王女の婚姻の後押しをしてやるぞ?かなり強力にな。」

    これにクリストフはぷしゅーっと蒸気が出そうなほど顔を赤く染め、口をアワアワとさせ言葉も出ないまま身振り手振りで混乱を表現し……やがて降参したのである。

    「これで決まりだな!」

    呆然とする周りを爽やかに無視してユリシスは微笑んだのだった…。    
    

    
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