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7章
37ー5
しおりを挟むジャックの遺体を運んで来たのはファーレン伯爵だった。ファーレン伯爵は人払いをし、僕だけを院長室へと呼んだ。
院長室の床に布にくるまれたジャックがいた。冷たくなった身体。何度も殴られたのだろう元の顔がわからない程腫れている。
「…困った事をしてくれたねリュカ。」
ソファに座るファーレン伯爵は眉間に皺を寄せている。
「ご、ごめんなさい…僕達マリサに会いたくて……。」
堪えても堪えても涙が止まらない。マリサに続きジャックまで失った。二人ともどれだけひどい目に遭わされたのだろう。
「相手はかなりご立腹だよ……。早急に代わりの者を手配しなければ……。」
「代わり……?」
代わりって何だ?マリサが死んだからまたあの屋敷に行かせるって言うのか?
「ファーレン伯爵!マリサは殺されたんだ!そしてそれを見たジャックも!!あのお屋敷はおかしいです!どうか領主様に伝えて下さい!」
しかし僕の必死の訴えにファーレン伯爵は冷めた笑みを返すばかりだ。
「院長先生!?何とか言って下さい!」
院長先生も僕と目を合わそうとしない。
……まさか……
「…まさか…知ってたの…?知っててマリサを行かせたの……院長先生……?」
嘘でしょ………。
院長先生は何も言わない。無言は肯定なのだろう。
「何で…どうしてそんな事するんだよ……」
幸せになったと思っていたのに。そして僕達もいつかそれへ続くんだと。
「リュカ…。この孤児院はとても素晴らしい所だと思わないかい?」
「………?」
伯爵は一体何を言ってるんだ…。子供が殺されてるんだぞ。どこが素晴らしいって言うんだ。
「よく思い出してごらん?あれは去年の事だったかな……リュカは高熱を出して一週間も下がらなかったね。」
確かに去年の冬、そんな事があった。でもそれが何だと言うのか。
「肺炎を起こしかけた君を心配した院長先生が、町で薬を買ってきて飲ませてくれなかったかい?」
飲ませてくれた。そのお陰で嘘のように熱が引いた。
「そんな高い薬、孤児院の収入で買えると思うかい?」
………!!
「食事だってそうだ。朝は柔らかいパンが食べれて夜のシチューにはささやかだが肉が入っている。育ち盛りの君たちが毎日お腹いっぱい食べれるのはどうしてだと思う?」
「……まさか……」
声が震える。まさか僕らが平和に生きてこれたのは……
「やっぱりリュカは賢いね。そうだよ。その通り。君たちが平和に暮らせたのはここを出て行った子供達を買ってくれた人達のお陰なんだ。」
「そんな………!!」
歪む僕の顔を伯爵は愛おしそうに見つめる。
「知らない方が幸せだったのに…見てしまったのなら仕方がない。でも安心しなさいリュカ。私は君をとても大切に思っている。だから君は私が引き取ろう。」
「……嫌です!!誰にも喋らないから…だから僕をここにいさせて下さい!!」
院長先生に向かって懇願するが、答えは返って来ない。
「大丈夫。殺したりなんてしないよ。大事に大事に私の側に置いてあげるから。」
「……嫌だ……嫌だ……!!」
泣きながら駄々をこねる僕に伯爵は困ったように微笑んだ。
「院長先生はジャックの件で相手のご機嫌取りをするためにかなりの額を手放してしまったんだよ。可哀想に…明日からは皆食べる物にも困ってしまうかもしれないね。」
皆が……大変な目に………?
「コリンもまだ小さい。病気だってたくさんするだろうに…薬も買えないとなるとこの先どうなるか……。」
コリン……僕達の小さな可愛い弟……。
「リュカ?君さえ私の元へ来てくれれば皆は明日からいつも通り笑って暮らせるんだよ?そうだ!私は君を特別気に入っていたから、記念にケーキやお菓子も差し入れてあげよう!きっとみんな大喜びだ!」
僕さえ伯爵の元へ行けばすべてが元通りに…
「……わかりました……僕…行きます……。」
僕の返事に伯爵は満足気に頷いた。
「じゃあ行こうか。」
「えっ!?」
「何か問題でも?」
「ま、待って下さい!!せめてお別れだけでもさせて下さい!お願いします!!」
やっとコリンが元気を取り戻したのに…そんな時に僕までいなくなったら……!!
「残念だがそれは無理だ。」
「どうしてですか!?僕は何も喋ったりなんてしない!!」
「リュカはあの屋敷から簡単に逃げ出せたくらいだからね。目を離せばどこに行ってしまうかわからないだろう?」
伯爵の後ろには屈強そうな男が立っていた。
「屋敷に着くまでは静かにしているんだよ?わかったね。」
逃げ出さないように念のためと僕は男とロープで手を繋がれた。
遠くで皆がはしゃぐ声が聞こえる。きっと今頃鬼ごっこでもしているのだろう。
いつか皆も僕と同じ時を迎えてしまうのだろうが、それでもあと数年…皆が幸せに生きられるのなら…温かいご飯を囲めるのなら…もうそれだけで何も望まない。
「リュカーーーーーー!!!」
「!!」
遠くでコリンが僕を呼ぶ。なかなか戻らない僕を探しに来てしまったのだろうか。
「わかってるな。」
隣で男が余計な事をするなと釘を刺す。
コリンの声に気付いたシスターがコリンを連れて行こうと宥めている。
あぁ……僕を見もしない……あのシスターも全て知っていたんだ……。
腕を引かれ僕はまた歩かされる。
「リュカ!!リュカーーーーー!!!」
それでも止まないコリンの呼ぶ声に、僕は繋がれていない片手を振った。
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