上 下
239 / 331
7章

28

しおりを挟む





    何で…どうして…?
    理解出来ない。だってあなたはこんなところにいていい人じゃない。

    「どうして…?どうしてこんなところにいるの!?ユーリ……!!」

    この人はこの世に生を受けたその瞬間から国のために生きる事を定められ、その通りに生きてきた。自分の気持ちよりも幸せよりも優先すべきもののためだけに。
    例え私とガーランドのどちらかを選ばなければならないとしたら、あなたは迷わずガーランドを取るのだと、そして私もそれが当たり前だと思っていた。なのに…それなのになぜ?
    しかしユーリは答えるより先に私を胸に抱く。 大きく優しいその手は震えていた。

    「マリー…遅くなってすまない…!!」

    「…ユーリ……ユーリ……!!もう二度と会えないと思ってた!!」

    こんなこと本当は喜んじゃいけないのはわかってる。ここが今どんなに危険な場所なのかも。でもどうしても自制が利かなかった。私は力の限り彼の身体を抱き締め返し、その衣服を強く握り締めて泣いた。

    「マリー……身体は大丈夫かい?どこも怪我はしていない?…お腹の子は?」  

    「…悪阻が少しひどいの…でも大丈夫よ…。」

    ユーリの香りを胸一杯に吸い込むと、ずっと力が入っていた心や身体が緩やかにほぐれていく。ここが…ここだけが私の居場所なのだと何よりもこの身体がよくわかっているようだ。
    けれど途端に思い出す。ジョエル様に触れられてしまった唇や身体。ほぐれた身体は再び強張り無意識のうちにユーリを拒む。

    「マリー?」

    ユーリは私の頬に優しく手を添え様子を窺っている。
    生きるためとはいえ彼に触れられる事を許してしまった私の事をユーリは軽蔑するだろうか。誰とでも同じ事が出来るのかと…そんな風に思われてしまうのだろうか。

    「…ユーリ…ごめんなさい……!!」

    怖くて怖くて何も言えない。その胸の中で思い切り甘えたいけどこんな私では彼に触れられない。触れてはいけないともう一人の自分が頭の中で叫ぶのだ。
    しかし次の瞬間再び私は彼の腕の中に閉じ込められる。

    「君が謝る事なんて何もない!君はこんな環境に置かれても必死に生きてくれた。謝るなら私の方だ…!君がこんな目に遭ったのはすべて私の責任だ!!」

    「でも…でもユーリ……!!」

    「マリー。気持ちが変わったのか?私は何一つ変わっていない。生涯、君だけだ。君を失ったら私は私でいられなくなる。だからここに来たんだ。そして絶対に君を連れてガーランドに帰る。」

    ユーリの目には一分の迷いもない。
    きっとこの人は私の身に何があったかなんて全部わかっているはずだ。わかった上で、それでもこんなに真っ直ぐに私を…私という人間を見て、欲してくれるのだ。

    「…気持ちが変わるなんて有り得ない!私は生涯あなただけよユーリ…!」

    「…マリー…愛してる。わかっていたつもりだったけど全然わかっていなかった。君が私にとってどれだけ大きな存在だったか。この命以上だよ……。」

    ユーリの瞳から零れ落ちた涙が頬に筋を作る。彼の顔を包んで引き寄せると碧と翠の瞳は湖面のようにゆらゆらと揺れながら私を映す。
    何も言わなくてもわかる。この瞳がすべて語ってくれている。どんなに辛かったか。どんなに苦しかったか。どんなに私が大切なのか。

    「…ユーリ……愛してるわ…この命よりも…」

    彼の唇は少し冷たかったが、喜びに震えていた。重なったところから溶け合うように熱が伝わって行く。何度も何度も、まるで確かめるように角度を変えながらユーリの唇が触れていく。そして最後は安心したかのように一つにぴったりと重なって、ゆっくりと私の腔内に舌を這わせた。
    しかし長い長いキスの終わりは突然やって来た。


    (…ちょっと……僕達だっているのに長過ぎじゃない!?)

    (クリストフ様!!しぃーー!!今物凄くいいところなのに邪魔しないで下さい!!)


    ヒソヒソ声に気付き後ろを振り向くと、そこには興奮して目が血走ったリンシア王女に首元を締め上げられているクリストフ様。そしてアランと数名の兵士と見られる方々が真っ赤な顔で立っていた。


    


    

    
   

    
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

塩対応彼氏

詩織
恋愛
私から告白して付き合って1年。 彼はいつも寡黙、デートはいつも後ろからついていく。本当に恋人なんだろうか?

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

とある令嬢と婚約者、そしてその幼馴染の修羅場を目撃した男の話【完結】

小平ニコ
恋愛
ここは、貴族の集まる高級ラウンジ。そこにある日、変わった三人組が来店した。 楽しげに語り合う、いかにも貴族といった感じの、若い男と女。……そして、彼らと同席しているのに、一言もしゃべらない、重苦しい雰囲気の、黒髪の女。 給仕の男は、黒髪の女の不気味なたたずまいに怯えながらも、注文を取りに行く。すると、黒髪の女は、給仕が驚くようなものを、注文したのだった…… ※ヒロインが、馬鹿な婚約者と幼馴染に振り回される、定番の展開なのですが、ストーリーのすべてが、無関係の第三者の視点で語られる、一風変わった物語となっております。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

処理中です...