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7章
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しおりを挟む支度をお願いしたのはこちらなのだがこれは一体どうした事なのか。
「あ、あの、ミーナ?これはちょっとやり過ぎではありませんか?」
それは服を着替えた後だった。彼女が何やら鼻息荒く髪を結い始めたのだ。何もそこまでしなくても……とは思ったのだが言い出せず、楽しそうだから好きにさせたのが間違いだったようだ。鏡を渡されて見たその仕上がりは想像を遥かに超えるものだった。
複雑に編み込まれた髪は空気を含んだようにふんわりとしていてまるで……
「まるで妖精のようですわ!!」
こ、声が大きい…。
「私こんなに美しい方今まで見たことがありません!!あぁ何て幸せなのかしら!絵本に出てくるお姫様のようなマリエル様のお世話がこれから毎日出来るなんて!!!」
「そんな…大袈裟だわミーナ……。」
ミーナなりにとても気を遣ってくれたのだろう。髪を結ぶリボンはジョエル様の瞳の色。
「こちらでしたら派手にならないかと思います!」
そう言って彼女が差し出したのは小さめの石があしらわれたイヤリングとネックレス。これもジョエル様の瞳の色だ。
こんなの身に付けて行ったら思いっきり勘違いするんだろうな…。でもせっかくのミーナの気遣いを無駄にする事も出来ない。私はそれを身に付けて客人の待つ部屋へと向かった。
*************
部屋へ入るとそこには椅子に座るジョエル様とラシード将軍。将軍の後ろには護衛らしき数名が控えている。
「マリー!」
ジョエル様は私が部屋に入るなり側へと早足でやって来て抱き締めた。
「身体は大丈夫?」
「…はい。こんな時間まですみません…。」
「謝らなくていい。もっと休んでいても……」
そう言いかけてジョエル様が固まる。そして口が半開きのまま顔は茹でたタコのように赤く染まった。
「ジョエル様?」
「あ……いや……その………すごく綺麗だ……。」
私の腰に回されたジョエル様の腕に力が入る。
「…俺の贈った物を身に付けてくれるなんて…すごく嬉しい。」
やっぱり誤解されちゃったわ……。でも仕方ない。今のところこの人が用意してくれた物しか着替えが無いのだ。今日身に付けなくてもいつか同じ事になったはずだ。
「いや~!お熱いですなぁ!!」
ジョエル様の背後から豪快な笑い声が響く。昨夜は暗くてよくわからなかったがこの人がラシード将軍……。レーブン様を見慣れてしまったせいだろうか、とても戦をするような身体つきには見えない。
「ジョエル様の想い人だと聞いてどのような女性なのだろうかと思っておりましたが、まさかこれ程お美しい方だとは……」
ラシード将軍は上から下まで、まるで私を値踏みするように見ている。
「マリー、ラシード将軍だ。彼はダレンシア国王からの信頼も厚い男だよ。挨拶して?」
ジョエル様は私に寄り添ったままラシード将軍の方へと向きを変える。
「昨日はご挨拶もできず失礼致しました。私はマリエル…」
家名は名乗らない方が良いのだろうか…。ジョエル様を見上げて視線で問い掛ける。
「マリエル・マーヴェルだよ、ラシード。よろしく頼む。」
マリエル・マーヴェル。その名前に心がチリチリと痛む。私の姓は愛しいあの人の姓になるはずだったのに。これからずっとこの男の姓を名乗らなければならないのか。私だけじゃない。私とあの人の子供も……。
「ジョエル様の奥方とあればこのラシード、いつでも力になりましょう。そうだジョエル様、マリエル様の体調さえよろしければ王宮にも一緒にいらしてはいかがですか?」
王宮に……?そこはリンシア王女の家族が住む場所。そういえばリンシア王女の兄や弟、妹達はどうしているのだろう…兄は政務をこなしていると言っていたが弟や妹達は?突然変わってしまった父親をどう思いながら過ごしているのだろう。
「…ジョエル様?」
「どうしたのマリー?」
「行ってみたいです……これから暮らすこの国の事も知りたいですし……。」
「マリーがそう言うのなら…。では予定通り頼むよラシード。」
予定通り?一体何の予定なのだろう。しかしラシード将軍とジョエル様はお互いに視線を交わすだけで何も言葉にしない。
そしてラシード将軍は意味深に微笑みながら屋敷を後にした。
さっきまで将軍がいた部屋に今はジョエル様と二人きり。侍女を下がらせたのはきっと聞かせたくない話があるのだろう。
「お腹の子に紅茶は良くないからこれを…ちょっとつまらないかもしれないけどね。」
そう言ってジョエル様はティーカップに白湯を注ぎ、何の果実だろう…見たことのない緑色の果実を皮ごと薄くスライスしたものを浮かべた。湯気に乗って爽やかな酸味のある香りが届く。
「紅茶の酸味は苦手でも、湯に浮かべた果実の酸味なら僅かにしか感じないから大丈夫だ。それに胃がムカムカする時にもこの香りなら気持ち悪くはならないと思う。」
確かに。一口含むと味はほとんど白湯だが香りが楽しめる。どうしてなんだろう。こんなに優しいのにこの人はお茶の説明をしてくれる今と同じ口調で人を殺せと命じるのだ。
「昨日…少し話をしようと言ったのを憶えている?」
私は手元のお茶を眺めながらコクリと頷く。
「俺はね……この国の王になろうと思っているんだ。」
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