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7章
13
しおりを挟む「おや、憶えていて下さったんですか?それは光栄ですね。」
リュカと呼ばれた青年は私にニコニコと屈託の無い笑顔を向ける。あんなひどい事をしておいて、何でそんな風に笑っていられるの……? 得体の知れない恐ろしさにいつの間にか治まったはずの震えが再び戻って来る。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ?あの時は大変失礼なものをお見せしてしまいましたが、貴女は我が主の大切な方。私にとってはお守りするべき方ですから。」
失礼なもの……許せない…あんなに尽くしてくれた侍女達を殺した挙げ句もの扱いするなんて……。
……そうだ…!ヴィクトル様!!ヴィクトル様は!?私は頭に浮かびそうになった答えを無理矢理押し返す。大丈夫。ヴィクトル様はレーブン様が信頼する方よ。こんな奴に殺されたりなんてするはずない。
「あの……」
「何でしょう?」
「王子妃の…私のいた部屋の入り口に護衛の方がいたはずです。彼は……?」
私の問いにリュカは眉を上げる。何でそんな事を気にするのかまったくわからないとでも言うように。
「あぁ、あのお髭のオジサマ?身体の割に大したことありませんでしたね。首を斬って終わりです。」
終わり………?終わりってどういう意味なの?リュカの横に立つジョエル様は気まずそうな顔で何も言わない。
首を斬った……そう言えばあの時リュカは胸の辺りから頭にかけて大量の血を被っていた。赤い血に濡れた髪はまるでジョエル様のようで…
「…まさか……まさか殺したの…?ヴィクトル様を………?」
「えぇ。それが何か?」
何て事を!!!
許せない…許せない……!!
怒りと悲しみで身体中の血が煮えたぎるようだ。短い間だったけどたくさんお話しをした。レーブン様と共に戦い、時にはクリストフ様の父親代わりのような事もしたと。ジョエル様はあの人とかくれんぼもしたじゃない!子供達と一緒に笑ったじゃない!!それなのに何故!?
「マリー!!」
悔しくて悲しくて、でも今の私には何もすることが出来なくて、震える身体を自分で抱いて泣くことしか出来ない。何て無力なの……!
嗚咽を漏らし泣く私の方へジョエル様が急いで戻り自分の両腕にかき抱く。
やめてよ!!触らないで!!この人殺し!!
そう言えたらどんなに楽だろう。けれどいくら泣き叫んだところであの人達の笑顔にはもう会えないのだ。
全部…全部私のせいだ…。私に関わったせいで皆が命を落としてしまった。何でなの……ただユーリと一緒にいたかっただけなのに…それなのに何で………。
「リュカ!もう少し言葉を選べ!」
「言葉を濁すより真実を伝えて差し上げた方が親切ではありませんか?いずれわかるのです。お姉様の事もね?」
「リュカ!!!」
………今……何て……?
「…今あなた……何て言ったの………?」
「マリー!何でもない!リュカ下がれ!!」
「私の姉が何……?あなた何を知ってるの?」
「マリー!リュカの言う事は気にするな!」
「ジョエル様!!私の姉が何なの!?」
自分にこんな大きな声が出せるなんて初めて知った。我を忘れる程に興奮するのはお腹の子にだって悪いのはわかってる。でも無理だ。オデットに何があったのか聞くまでは絶対に逃がさない。
しかしジョエル様は口を固く引き結んだまま何も言わない。リュカはわざとらしく困ったような素振りを見せている。あれだけ好き勝手に言っておいてオデットの事は主の許しが無ければ言えないとでも言うのか。
「……まさか、オデットまで殺したの……?」
私がどんなに見つめてもジョエル様は私の目を見ない。
「……信じられない……」
どうしてここまでしなきゃいけないの…?
私が欲しい…ただそれだけの理由でどうしてこんなに大勢の人の命を奪うの……?
「貴女には死んでもわからないでしょうね。恵まれた生まれでらっしゃる。家柄も、容姿も、家庭環境も。
私達のようにたとえ人を殺してでも厭わない程に欲しいものがある人間の事など理解出来なくて当然です。」
「理解出来なくて当然……?姉を殺された事も黙って認めろとでも言うの……?」
「その通り!貴女は守られていれば良いんです。だって何も出来ないのですから。自分で自分の人生を選び取る事さえもね。今回の事は守る人間がユリシス殿下からジョエル様に変わっただけの事。気にしないのが一番です。」
「私が自分の人生を選んでない!?選んだわ!それをあなた達が奪ったんじゃない!!」
「それは周りが貴女に差し伸べた手を取って来ただけでしょう?貴女自身で掴み取ったものじゃない。ですからジョエル様が差し出した手も同じくお取りになれば良いのです。自分で自分の人生を選んだ?ふふっ。貴女が選んだのは赤子でも進めるようなお膳立てされた平坦な道ですよ。それをただ歩いて来たただけなのに偉そうな顔をされても……ねぇ?」
「リュカ!!もうやめろ!!!」
ガシャーン!!という派手な音と共にジョエル様が投げた花瓶がリュカの立つすぐ横の壁に当たり粉々になる。
「……少し出すぎた真似をしました。申し訳ありません。では私はこれで………。」
最後に憎たらしい笑みを浮かべてリュカは静かに扉を閉めた。とても優秀な暗殺者なのだろう。こんな静寂の中でも遠ざかる足音すら聞かせはしない。
「…マリー……少し話をさせてくれないか。ちゃんと俺の口から説明させてくれ。」
焦りを顔に浮かべてジョエル様は言う。今さら何を話すと言うのだろう。君が好きだ。愛してる。だからオデットを殺さなければならなかったのだと?
……思えば私はユーリといたいというこの心を優先する度に誰かを傷付けていた気がする。私がユーリの側に居続ければ居続けるほど問題は山積して行き、周りにたくさんの迷惑を背負わせ、自分は彼の愛に包まれて満足顔………。そして子が宿って幸せの絶頂に立った瞬間大切な人達は命を奪われた。全部私のせいで………。
「………私が死ねば良かったのよ……。」
「マリー!?」
だって私が生きて幸せを掴もうとすれば誰かが不幸になる。姉が殺されたなら次は父だろう。そしてアニー。ルネ。最後には……ユーリ。
まるで地獄だ……。すべてを失ってまで掴みたい幸せなどどこにある?
「……ジョエル様……」
「何だい?何でも言ってくれ……どんな言葉も受け入れる覚悟でいるから。」
「あなただけのものになるから……もうどこにも行きはしないから……だからお願いです…。私からこれ以上大切な人達を奪わないで……。」
身体中に枷をつけられても構わない。それで皆が守れるのなら。
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