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7章
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しおりを挟む「何………これ…………」
目の前には普段口にする量の三倍くらいの食事が用意されている。
「ユリシス殿下が料理長の所へ直接行かれ、滋養に良いものをと色々ご相談なさったそうですよ。」
ユーリが王宮の厨房へ!?
いや、それよりもこの量は何なの本当に。
スープだけでも三種ある……。とてもこんなに食べきれないし、何より食材が勿体無いわ!
あとでユーリに言わないと………。
とりあえず無理なく食べられる量だけ頂くとやっぱりたくさん残す事になってしまった。ごめんなさい料理を作ってくれた皆さん………。
しかしやるせない気持ちの私に追い討ちを掛けるようにユーリがやって来た。大量のお菓子を持って…………。
「もう!!ユーリいい加減にして!!初日から過保護過ぎよ!!!」
叱られたユーリは切なそうな顔をして大人しく執務室へと帰っていった。別に不治の病にかかった訳ではないのだ。辛い時は遠慮なく甘えさせて貰いたいが、こんなに過保護だと先が思いやられる。
「ウフフ。それだけマリエル様が大事だって事ですわよ。」
こっそり顔を見にきて下さったリンシア王女が笑う。
「そうなんでしょうけどちょっとやりすぎですよ。産まれるまであと何ヵ月もあるのに。」
リンシア王女には紅茶。私には白湯。これもユーリの指示らしい。
しかも気分転換に部屋から出ようとすると何人も侍女がついて来る。それを断ろうとすると【ユリシス殿下に言われておりますので……】と、あちらもまた申し訳なさそうに言うものだからあまり無理は言えない。しかしこれではまったく気が休まらない。
王妃様がご懐妊された時は陛下も凄かったそうだから、もはやこれは血だ。血のなせる業だ。
「もうすぐリンシア王女も帰られてしまうと言うのに…これでは淋しいです。」
これは本当だ。せっかくできたお友達なのだ。
もう少し女子だけの秘密のお話なんかで盛り上がったりしてみたかった。
「けれど……こちらへは来ていないとはいえマーヴェル家のお二人は相変わらず登城してるし、マリエル様の身の安全を考えればすべてが終わるまでユリシス殿下の宮から出ないのが一番だわ。」
ジョエル様………結局あのまま顔を合わせてはいないが、彼は今何を考えているのだろう…。
「大丈夫!絶対に成功させてまた遊びに来るわ!その頃にはもうお腹も大きくなってるんでしょうね。楽しみだわ!」
「リンシア王女………。はい。その時を楽しみにしています。」
リンシア王女が戻った後、私はすることもなくぼんやりと窓の外を眺めていた。
「マリエル様、何かお持ちしましょうか?」
「ううん。ごめんなさい……エルザさんには本当に何から何までお世話になってしまって……。」
今では彼女なしにこの宮で生活するのは不可能だ。本当に気の利く素晴らしい女性だ。
「少し疲れたので横になりますね。皆さんもどうぞ休憩なさって下さい。」
朝から私に張り付いて疲れただろう。
ちょうどユーリが持ってきた山盛りのお菓子もある。それで皆さんにお茶を飲んで貰おうと思った。私の申し出に侍女の皆さんもちょっと嬉しそうな顔を見せてくれる。やはり女子はお菓子とお喋りが好きなのだ。
「では何かありましたらお手元のベルを鳴らして下さい。すぐに飛んで参ります。」
「はい。でも少し眠ると思いますから……皆さんもゆっくり休んで下さい。」
エルザさんは礼をして静かに扉を閉めた。
横になるとそのまま眠りに落ちてしまったのか外は薄暗かった。
この頃は日が暮れるのが大分早くなってきたわね……。秋の薔薇が咲く頃には一緒に暮らしているだろうというユーリの言葉がまさか本当になるなんて。
私が休んでいるから気を遣っての事だろうか。宮の中はやけに静かだ。ユーリは夕食の時間まで戻らない。さすがにそこまで暗いままの部屋に居るのは辛いので、エルザさんに明かりを灯しに来て貰おうとベルを鳴らす。
しかしチリンチリンと美しい音色は響くが誰も来てはくれない。どうしたのだろう…聞こえない筈はない。このベルを鳴らせと言ったのはエルザさんだ。まさか私の夕食の準備に奔走しているのだろうか。今朝のユーリの様子だと充分にあり得る。朝であれだけの量なのだ。夕食ならもっとだろう。
…ユーリにはもう少しきつく言わないとダメね。
私はベッドから降り、薄暗い部屋を進んだ。
隣の部屋へ続く扉を開けたその瞬間、私の目の前には理解しがたい光景が広がった。
血、血、血。
鼻を突く錆びた鉄のような臭い。
どこを見渡しても一面真っ赤な血の海だった。
「エルザさん!!!!」
そして今私の眼前にはぐったりとしたエルザさんが男に髪を乱暴に掴まれ首を斬られようとしているところだった。
「やめて!!!!!」
わたしが必死に叫ぶと男は口元を歪めた。
「おや………起きてしまわれたのですか。眠られている間に終わらせようと思っていたのですが………。」
男の持つ剣には血がベットリと付着している。
返り血を頭から浴びた男の金色の髪が赤く光る。
「お、お願いだからその人を放して!!」
男はゆっくりとエルザさんに視線を移す。
「この出血ならじきに死ぬでしょう……それなら苦しませるより早く楽にしてやった方が幸せだと思いませんか?」
うっすらと微笑むその顔は恐ろしいほどに妖しく美しい。
「お願いだから……何でも言うことを聞くから!!彼女を放して………!!!」
身体の震えが止まらない。怖い。怖い。怖くて仕方ない。でもエルザさんはまだ生きている。
「何でも……と仰るなら話は早い。いいでしょう。」
男はまるで玩具を放るようにエルザさんの髪
を掴む手を開き床に落とした。私は急いで床に沈んだ彼女の元へと駆け寄る。
「エルザさん!!………あぁ!!何て事!!」
どこを斬られたのか服の上からでは詳しくはわからないが、すごい出血だ。私は羽織っていたショールで彼女の腹をきつく結ぶ。
「………マリエル様……申し…訳…ありませ……」
エルザさんは最後の力を振り絞るように言う。
「喋っちゃ駄目!!……エルザさん!!お願いだから……!!!」
彼女の目からは涙が溢れている。
私はユーリからもらった指輪を誰にも見られないように彼女の指へはめ、耳元で囁いた。
「ユーリに伝えて、私は大丈夫だと」
エルザさんは顔を歪めたが、わずかに頷いてくれた。私は彼女の手を強く握って離れた。
「そんな事をしても無駄だとは思いますけどね………。ではお約束通り言う通りにして貰いましょうか。」
男の手には独特の匂いを放つ白い布。
私の意識を奪うつもりだろう。
「ふふ…とても良い子ですね。」
その言葉を最後に私は気を失った。
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