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5章
20-12 ジョエル
しおりを挟む第一王子ユリシス殿下がフォンティーヌ公爵家のマリエル嬢を私的な茶会に招待したと噂が広まったのは、俺が彼女に会いに行ったすぐ後の事だった。
あの時感じた悪い予感は見事に当たってしまった。
何のために好きでもない女を抱いて。何のために名も知らぬ貴族を皆殺しにして。何のために公爵家まで取り潰させて。
考えても考えても答えは出ない。
相手は王子だ。しかも油断のならない切れ者。今まで潰してきた奴らとは訳が違う。
何でこんな事に………。これが俺への罰なのか。彼女の羽を傷付けた俺への。
噂を聞いたそのまたすぐ後、今度は彼女が正式に第一王子の婚約者候補に認められたと噂が流れる。
シモン様は添い遂げる男は自分で決めさせると言っていた。
婚約者候補になったと言うことは、あの男からの求愛を彼女が受け入れたと言うことだ。
目の前が真っ黒に染まって行く。
俺じゃなくてあの男に君は抱かれると言うのか。何が違う?俺とあの男の何が?
どうしようもないまま日々は過ぎて行く。
そしてついに彼女の御披露目を兼ねた王妃主催の夜会の日が来てしまう。
あの男の色を全身に纏い、二人見つめ会いながら入場する姿に怒りとも憎しみとも判別できない感情が込み上げる。
俺がつけた傷を癒したのがそいつなのか?
どうやって俺が隠していた彼女を見つけたんだ?
俺はあの男の声を聴きながら、出ない答えをひたすら考え続けた。
あんなに上手く踊れるのか………。
きっと公爵家できちんと教育を受けてきたのだろう。ダンスはもちろんその所作は気品に溢れている。
よせばいいのにマチルドはいつもの取り巻きを連れて愚かにも二人の前へと進む。
いつも憎たらしいほど自信満々な顔がひきつっているのは笑えるが、マチルドを前にしても怯まず真っ直ぐ前を向く彼女の姿に素直に驚きを覚える。もうあの頃の、泣いて怯える幼いあの子ではない。強くなったんだな………。
あの男のあんな顔も初めて見る。どこが無感情の王子様だ。蕩けるような、心底愛おしいと言うような目。男ならわかる。あれは本気で惚れてる目だ。
二人は会場から二度も姿を消した。
それがどんな意味かなんて嫌というほどわかってる。
このままでいいのか。
あんなにも欲したのに。十年も待ったのに。
このままあの男に渡していいのか。
幸せそうな彼女の顔を見ると、このまま逃がしてやった方がいいのではないかという気持ちになる反面、絶対に渡したくないと叫ぶ自分がいる。
どうしたらいいのかわからない。
相反する気持ちが叫び合う。
その時、男達の視界から彼女が外れた。
話に夢中になっているのだろう。彼女は一歩離れてそれを見守っている。
脚は勝手に動き出す。彼女に向かって。
頭はやめろと警鐘を鳴らす。けれど身体は言うことを聞かない。姿を現してどうするつもりだ。何て言葉をかける?あの時はごめんって?
君を愛してると?
けれど俺の口から出てきた言葉はそのどれでもなかった。
【着飾る物を全て男に払わせて、二度も会場から消えるなんて、とんだ淫売だな。】
どうしてそんな事を言ってしまったのかわからない。
何で素直に言えないのか。ただ一言でいいんだ。ただ一言【逢いたかった】と………。
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