上 下
119 / 331
4章

16

しおりを挟む



「そして馬車の前には血だらけで倒れる男女がいた。お前は介抱する事はおろか医者を呼ぶ事すらしなかった。あげく“馬車の前に飛び出したお前らが悪い”とのたまったそうだな。
………可哀想に。轢かれた二人は亡くなったそうだよ。」

何て惨い事をするの……。
何の罪も無い人々を自分の欲求を満たすためだけに馬車で轢き殺すなんて。
決して許される事じゃない。たとえ貴族であっても……いえ、貴族だから尚更よ!

「ユリシス殿下!それはサラ様の作り話ですわ!!あの日確かに私はサラ様をお送りしました。けれど街になど行ってはおりません!きっとサラ様はマリエル様に脅されているのですわ!だからそんな嘘を……。
ユリシス殿下信じて下さいませ!私はそんな……そんな人道にもとる行為など決して致しませんわ!!」

「そうですぞ殿下!マチルドは確かにわがままなところはありますが、そのような卑劣な行いをする人間ではありません!
幼い頃より殿下に相応しい貴婦人となるために…未来の王妃に必要な知識・教養を身に付けるため、必死で学んできたのです。それなのに、それなのに殿下はそのような妄言を信じられるのですか!?」

ヘルマン侯爵とマチルド様の剣幕を前にしてもユリシス様の顔には寸分の動きもない。
いつだったか姉の言っていた言葉の通り“無感情の王子様”そのものだ。

「マチルド……私はね、この話をサラから聞いた時何か引っかかるものを感じたんだよ。以前まったく同じ話を聞いた事があるとね……。
だから聞いてみたんだよ。本人にね。

君、アニーという名の女性を知ってるかい?」

「……アニー?いいえ、存じ上げません……。」

「そう。君は憶えていなくても彼女は憶えていたよ。自分と母親を轢いた黒塗りの馬車の事をね。君、相当幼い頃からやってたみたいだね。鬼ごっこと言う名の平民殺しを。」

………アニー………?
嘘………私の知ってるあのアニーなの……?
本人に聞いたって……まさかユリシス様、アニーに会いに?

「ヘルマンの名で出掛ける時には今日ここへ来る時と同じ家紋の刻まれた白塗りの馬車……じゃあ黒塗りの馬車は人殺し用と言ったところか。」

「ユリシス殿下!!いくら殿下と言えど酷すぎますわ!!大体なんなのですそのアニーと言う女は!?大方マリエル様にお金でもつまれて妄言の片棒を担いでいるに違いありませんわ!!」


悔しい………!
こんな人にアランとアニーはお母さんを奪われたの………!!そしてアニーの脚までも……!!

身体中の血が煮えたぎるようだ。
許せない……!許せない!!


「マリーちゃん、悔しいのはわかる。でも今は我慢だ。今飛び出たら真実を吐かせる前にあいつらに逃げられてしまう。ユリシスを信じるんだ。」

「サーリー様………!」

強く肩を掴まれていなければ、きっとなりふり構わず飛び出していた事だろう。



「いいや、アニーの事をお前は知ってるよ。さぁ、よく思い出せ。記念すべきお前の初めての殺人だ。
羨ましかったんだろう?母娘で仲良く手を組んで歩く姿が。幸せそうな笑顔が。
お前があの日轢いた母娘は私の護衛のアランの母親と妹だ。
当時の御者を探し出し問い詰めたらあっさり吐いたよ。お前の指示でやったとな。そしてその日乗っていたのがいつもは使わない黒塗りの馬車だった。
元御者は身元がばれないようにわざわざ遠回りして帰るようお前に指示されたと言っていたよ。

サラの馬車が壊れた時はちょうど人を轢きたくてうずうずとしていたんだろうね。そしてサラは郊外に住んでいるから遠回りして帰れる。こんな好都合な事はない。ねぇマチルド?

そしてお前の狂気を恐れたサラはこの日を境にお前と距離を取るようになった。」


「……わ……わたしは………」


マチルド様は言葉にならない言葉を何度も繰り返している。


「アランの母親は死に、妹のアニーは一生歩くことの出来ない身体となった。そしてアランが一縷の望みをかけてアニーを預けたのがフォンティーヌ公爵領の療養園だ。

そしてそこで私はマリーを見つけたんだ。
お前に虐げられ続けて傷付いた彼女をね。」


「お、お待ちくださいユリシス殿下!そんなはずは、そんなはずはございません!!何かの間違いです!なぁ、マチルド!?」


「黙れ」


冷たい声が響き、ヘルマン侯爵とマチルド様の顔が歪む。


「ヘルマン。マチルドがお前に話して聞かせたマリーと自分の過去の話しは間違いではない。」

「そ、そうでございましょう!?やはり……」

「黙れと言っているのが聞こえなかったか。

話の筋は間違ってはいない。だが配役が違っている。マリーの美しい白金の髪を幽霊と罵り、周到に根回しして集団で虐めていたのはお前の娘のマチルドだ。

マチルド。サラは私に泣きながら謝ってくれたよ。お前に逆らえずマリーを虐めてしまった事を。逆らえば自分はもっと酷い目に合わされる。怖くて従うしかなかったんだとね。」

「そ、そんな………。マチルド、嘘だろう?ほら、何とか言いなさい。マチルド!!!」

ヘルマン侯爵の怒鳴る声にマチルド様の身体が大きく揺れた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~

一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが そんな彼が大好きなのです。 今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、 次第に染め上げられてしまうのですが……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

処理中です...