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4章

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「マリー……今夜君の部屋に行ってもいい?」

膝の上に乗る私の髪を優しく梳きながらねだるように聞かれて心が跳ねる。
恥ずかしさにおずおずと見上げると頬を大きな手で包まれる。綺麗な顔が目の前で艶かしく誘うように私を見ている。

「身体が辛かったら何もしない。ただ君を抱いて眠りたい……。」

こんなにも美しい顔の恋人に、そんな切ない顔で言われて断れる訳がない。
……何より私もそれを望んでる。

「………はい。」

私の答えに何とも甘やかに微笑んでくれる。

「ユーリ……大好き……」

一度口にしてしまえば今までの苦悩は何だったのかと言うほど素直にそう思える。

私の言葉に破顔する彼を見ていて思う。
こんな風に笑う人だっただろうか?

彼の笑顔にはいつも理性がつきまとっていて、こんなに険の取れた少年のような笑顔は初めて見る。

本当にずるい人。
一緒にいればいるほどあなたの事が好きになる。

「多分……すぐには行けないと思うから、先にベッドに入っていてくれていいからね。」

「?何か用でもあるのですか?」

「いや、用は無いんだけど……。まあ、あくまで多分だから。」

???
不思議そうに見上げる私に彼はそっと口づけを落とした。






夕食は揃って食べようとフランシス様が仰って下さり、食堂へ入るとそこにはユリシス様の“多分すぐには行けない”理由が並んでいた。

明らかに上等そうなラベルのワインが山ほど並んでいる。

そういえばオデットがこの辺りの名産はワインだと言ってたわね。でも何でこんなに?

「あっ!きたきた!マリーちゃんも今日はお祝いだから一杯飲もうね!」

「サーリー様。お祝いって一体何のお祝いですか?」

「やだなぁ、ユリシスの念願成就祝いと、マリーちゃんの開通記念祝………いてっっ!!」

サーリー様の後頭部にキレのある平手打ちが決まる。背後には昼間の笑顔が嘘のような恐ろしい形相のユリシス様が。

「お前のスカスカの頭でも人の祝い方の常識くらいは備わっていると思っていたけどな。」

「何だよ!?お前が浮かれまくってるから盛大に祝ってやろうっていう友の心遣いを何だと思ってんだ!」

「まだ浮かれてなどいない。マリーと結婚するまでは浮かれてなどいられるか。」


うそぉ…………。


先に来て席に着いていた殿下とお父様含め全員が、昼間のユリシス様の姿を思い返しているのだろう。言葉にしなくても同じ一言を考えているのは表情で見て取れる。

「さぁ、ユリシスもサーリー君も、皆座って。

今日は何はともあれ若き二人のお祝いだ。明日が最後の滞在となるし、今夜は楽しもう。」





「さ、さ、マリーちゃんどれがいい?一応女の子が好きそうなやつはこれかな~。」

サーリー様は私の前に数本のワインを置いてくれる。同じ赤ワインでもこんなに色の違いがあるなんてびっくりだ。

「これなんていいんじゃない?渋みは少ないし甘いよ?」

そう言って差し出されたのは色合いの淡い、赤紫色のワインだった。

「わぁ……綺麗ですね!でも私、お酒を飲むのは初めてで、どれがいいのかさっぱりわからなくて………。」

迷う私のグラスに、横からはちみつのようにとろりとした色の液体が注がれる。

「ユリシス様?」

「………んもぅ……婚約するまではその呼び方でもいいけど、婚約したらちゃんと呼んでくれないと許さないよ。」

あら、拗ねてるのかしら……それとも少しお酒が入っているせいかしら。いつもキリリとした目元が少し垂れ下がっているような………。

「サーリー、マリーにはこれ。
マリー、これならとても飲みやすいよ。極甘口のデザートワインだ。でも飲みやすいからって飲み過ぎちゃ駄目だよ。これもアルコールだからね。」

じぃっと私を甘い目で見つめてる……。
ドキドキして思わず下を向いてしまう。

サーリー様はやれやれと言うように、優しい笑みで自分の席へ戻って行く。

「マリー、飲まないの?大丈夫だよ。残しても私が飲んであげるから。」

そう言えば夜会でもシャルル様に止められて飲めなかったのよね……。
じゃあ、ちょっとだけ。


おそるおそるグラスに口をつけると、フワリと広がる芳醇な香りと甘い甘い味。

「うわぁ、美味しい………。」

思わずユリシス様を見れば、今口にしたワインよりもずっと甘い微笑みを返してくれる。

「ふふ、良かった……。でも……」


ユリシス様は私の耳元に唇を寄せる


「………私はワインよりももっと甘いマリーを食べたい………。」

「ふぁっ!」

ユリシス様の吐息がとても熱くて変な声が出てしまう。

「お願いだから、寝ないで待ってて………。」


私はゆっくりと頷いた。



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