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2章
21
しおりを挟む王妃様付きの侍女にユリシス様の待つ部屋へと案内されながら、先程の話を考える。
気性が激しいって本当に?
でも……出会った日から一度もそんなところは見たことがないわ。隠してるの?何故?
【あの子……マリーちゃんにだけは優しい人間でありたいのね。】
あれはどういう意味だったのだろう。
「こちらでございます。」
侍女が案内してくれたのは王家の紋章が彫られた扉の前だった。
「中でユリシス様がお待ちです。」
ユリシス様の執務室だろうか。厳かな佇まいの扉をノックすると中から返事が聞こえる。
「マリー。おかえり。」
わざわざ立ち上がって扉の前まで迎えに来てくれる。
「なかなか戻ってこないから心配したよ。何か変な事は言われなかった?」
大きな手に引き寄せられあっという間に広い胸の中に包まれる。ユリシス様の匂いに安心する。
ほら、やっぱりこんなに優しい。
「変な事なんて何も……とても素敵なお母様ですね……。」
正確にはほんの少し貴方様に関する妙な話を聞いたがそれは黙っておこう。
「本当? でも見た目と違って愉快な人だったでしょう。」
「愉快なんてそんな…。でもたくさんのお話を聞かせていただきました。ぜひまたお会いしたいです。」
「……そう言ってもらえると嬉しいよ。将来家族になるんだし、ね。」
か、家族って!まだ私お嫁に行くなんて一言も申し上げておりませんが!!
ユリシス様はもう決定事項と言わんばかりのニコニコ顔だ。
「じゃあ少し早いけどそろそろ行こうか。マリー、今日の手順はわかってるね?」
「はい。」
王妃様主催の夜会は普段陰に日向に夫と家を支える奥様方を労う目的で開かれているという。
着飾るご婦人達が各領地での新しい流行を持ち寄るため、そこでヒントを得た商人達が新しい商品を開発し市場を賑わせる事もあるそうだ。
奥様方は未婚の娘を同伴させ、各貴族への婚活アピールの場にもなっているとのこと。
ちなみに旦那様達はついては来るものの、主役は女性なのでほとんどがお酒と煙草に興じて終わるのを待つらしい。
シャルル先生曰く
【この夜会ほど恐ろしいものはないよマリー。女だらけの牽制祭りって感じでね……。
でも主役が女性のお陰で僕達は付きっきりでマリーを守れるから安心してね!】
だそうだ。
しかし女だらけの牽制祭りで二人の王子様に守られていたら私は無事で済むのだろうか。余計な弾まで被弾するような気がしてならないのだが、今は考えないでおこう。
王妃様が陛下と入場されたら次は私達の番だ。
参加者名簿にはフォンティーヌ公爵家のところに名前が載せてあるが、今日は婚約者候補としての御披露目も兼ねているため、入場は父達とではなくユリシス様と一緒だ。
「大丈夫。絶対に離れない。何か困った事があったら私の腕を強く握って教えてくれる?」
「困らなくても強く握ってしまいそうです。」
非常事態が起こる確率より緊張しすぎて握りっぱなしになる確率の方が高そうだ。
ユリシス様は楽しそうに笑うと
「マリー。今日は緊張しないおまじないはいらないの?」
そう聞いてきた。
ちょっと意地悪な笑みをしている。
ずるい……。
腕の中からユリシス様の顔を見上げると、綺麗な瞳が真っ直ぐに私を見ている。
「ユリシス様、髪の毛に何か付いてるみたい……。少しだけ屈んで下さいますか?」
「ほんと?ごめん。」
きっとわかってない。私がこんなことするなんて。
ユリシス様の両耳の上に手を当てて、綺麗な銀色の髪の中からちらりと見える可愛い旋毛にキスをする。
驚いたのかゆっくりと顔をあげるユリシス様の頬へ両の手をずらし、その唇に口付けた。
「……マリー……。」
ユリシス様の目元が熱を孕んでいるのがわかる。
「…そんなのでいいの……?」
唇が触れそうな距離でそう聞かれると、またずるいと思ってしまう。
何回も重ねた唇が、触れるだけでは寂しがる。
結局ユリシス様には勝てないのだ。
「……嫌…です……だからもう少しだけ…………。」
言い終わるとすぐに私の唇は彼のものになる。
「……っん……ユリシス様っ……もう行かなきゃ……っっん……」
「大丈夫……さっき言ったでしょ?少し早いけどって……。」
そしてユリシス様はじっくりと私におまじないをかけてくれた。
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