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2章

19ー12

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どれくらいここに座り込んでいるのだろう。
雨はやむどころか激しさを増していく。

雨粒が顔を打ち付けて痛い。

どうしよう……こんなに濡れて……また迷惑をかけてしまう。

でも立ち上がれないのだ。戻りたいのに。

何で外に出てしまったんだろう。あのまま、あの人の香りがするベッドの中にいれば良かった。


知りたいと思ってこの国に来たのに、知れば知るほど前に進めなくなる。

知れば知るほど…己の愚かさに気付かされる。

国を巻き込んで……ジュリアン様とその周囲をも巻き込んで、私は一体何をしているのか。

私一人の恋や愛への未練のために、国を率いる人にどれほどの迷惑をかけたのか。

それなのにフランシスへの気持ちなんてどこへ行ったのかジュリアン様の事ばかり……。

本当に馬鹿だ。
私は救いようのない大馬鹿者だ。



この雨がもっともっと降り続いて私をどこかに流してくれればいいのに………。












【今日はすごい雨だね。】




そう言えば………昔大雨の日に二人で窓の外を眺めた事があったわ。




【ねぇ聞いてよリュシー。子供の頃の話なんだけど、兄さんたら雨の日はすごい張り切って僕の部屋に来るんだ。】


雨の日に張り切るってどうして?
雨の日はとても憂鬱になるものじゃない?


【フランシス!窓開けるぞ!って言って部屋中の窓全部開けて扉まで開けちゃうんだ。】


何でそんな事するの!?


【そうするとね、雨を吸った土の匂いがここまで届くんだ。水溜まりに落ちる雨の音や、広がる波紋も見えて僕はとても楽しくって。】


そっか……フランシスはあまり外に出られないもんね。


【雨が上がったあとに運良く虹が出ると、兄さんが僕を背負って庭に連れて行って見せてくれるんだ。空にかかる大きな虹を初めて見た時は嬉しかったなぁ。】


虹、綺麗よね。私も大好き。


【うん。雨の日は暗くてジメジメして大嫌いだったのに、兄さんのおかげで大好きになったんだ。雨の日も晴れの日も、見え方が違うだけで同じだ!って言ってたよ。ふふふ、すごいよね。兄さんにかかると見るものすべてが一瞬で輝いちゃうんだ。】


すごいね。ジュリアン様は太陽みたいね。


【うん。だからリュシー、もし君が一人で解決出来ない事があって、僕も力になってやれない時は兄さんのところへ行くんだよ。兄さんなら必ず君を導いてくれる。君の辿り着きたい答えまでね。だから約束して。】


フランシスが私の力になれない時なんて、あるわけないじゃない。だって私たちこれからずっと一緒なのよ。


【そうだね。僕もそう思ってるよ。でもお願いだ。もしもが来てしまったら………約束して?リュシー。】


わかったわ。約束する。もし私が………








「約束する………もし私が一人で悩み苦しんだ時は、必ずジュリアン様に相談するって………」



あぁ、そうだ。

確かにあの時そう約束した。

フランシス……あなたが倒れた時がだったんだね……。




私達は二人でいても雨は雨にしか見えない。

辛い時は寄り添って慰め合う事しかできない。


二人でどんなにもがき苦しんだとしてもいつまでたっても進めないんだ。


太陽がいなければ。




フランシス……あなたはこれを伝えたかったの?


私があなたに寄り添ったとしてもどうなっていたか……あなたにはあの頃から見えていたの?







「リュシエンヌ!!!」





「………ジュリアン様………」



あぁ、こんな前も見えないような土砂降りの中でも私を見つけてくれるの。

やっぱりあなたは周りを照らしながら前へ進むのね。自分自身の足で。

今までずっとそうしてきたようにこれからも。




「何してるんだ!!こんなに濡れて……馬鹿か君は!!!」



……そうです。馬鹿なんです。


「みんなが心配してる……早く帰ろう。」


泥だらけの私を躊躇なく抱き上げようとする。


「………ジュリアン様………。」


「どうした?」



ずぶ濡れの胸に顔を埋め、その背に手を伸ばすと一瞬だけ驚いたように彼の身体が強張る。


「…っジュリアン様……ジュリアン様ぁ……!」



子供のように声を上げて泣く私を対面に抱いて、ジュリアン様も地面へ座る。


「本当に……君は困った子だよ……。」


ジュリアン様の背に伸ばした手でぎゅうっとずぶ濡れの服を握り締める。



「………それでも君が愛おしいんだリュシエンヌ……俺も大馬鹿者だよ………。」




あれほど激しかった雨はゆっくりゆっくりと、柔らかく私達を包み込むように収まっていった。




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