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2章
19ー9
しおりを挟む私を嘲笑うように去っていったあの翠色の瞳の持ち主は、きっと彼と寝所を共にしたのだろう。彼は私の身代わりに私と同じ色を持つ女性と関係を持っていたと聞いた。
もしかして毎夜遅くに部屋に戻るのは、今も誰かと過ごしているからではないのだろうか。
私の代わりと言いながら今まで何人の女性と関係を持ったのだろう。
胸の中が正体のわからないどす黒い靄に覆われたかのようだった。
*************
結局一晩中眠れなかった私は、侍女に断りを入れて部屋の中で一人過ごした。
……たかが寝不足ってだけで部屋で好きに過ごせるなんて、なんて甘えてるんだろう。
あの人はきっと病床でだって政務をするはず。
……フランシスの代わりはいても、あの人の代わりはどこにもいない。こんな言い方は良くない事だとわかってる。でも…あの人はずっと一人で受け止めて生きてきたのだ。
逃げる事は許されない人。
それに比べて私は何をしているんだろう。
今もこうして逃げている。何をすべきかもわからずに。
夕刻、隣の部屋へと繋がる扉をノックする音が聞こえる。
「…リュシエンヌ、起きてるかい?」
ジュリアン様だ。きっと侍女から私の様子を聞いて見に来たのだろう。私はまたこの人に迷惑をかけてしまっている。
入るよ、と一呼吸置いてから扉が開く。
合わせる顔がなくて、つい毛布を頭からかぶってしまう。
「一日部屋から出ていないと聞いたけど、具合でも悪いの?」
違う。眠れなかっただけ。
「そんなに深く毛布をかぶって…寒気がする?風邪でもひいてしまったかな……。」
そう言って私の額に手を当てる。大きくて、少し冷たい指が優しく触れる。
あの日……フランシスの元へと駆けたあの日、私はこの手とこの指先に触れられたのだ。
無理矢理だったけどひどいことはされなかった。優しくて、力強くて……。
心は切なかったけれど、もっと切なかったのは自分の身体が気持ちを…心を無視するかのようにこの人の求めに応えてしまった事だった。
何度も快楽の波に揺さぶられ、気を失った。
それを……それをあの女性も味わったのだ。
嫉妬で身を焼かれるようだ。
フランシスにすら抱いたことのない感情に混乱する。
どうして……私は気でも狂ってしまったのだろうか。あれほどにフランシスを愛していたのに、ここのところ気付けばいつもジュリアン様の事を考えている。
こんな、こんな事許されない。まるで壊れた物を取り替えるかのように男まで取り替えるなんて。
最低だ……。なんて薄汚い、醜い心なの…。
「リュシエンヌ…泣くほど辛いの…?私には話せない?」
優しくして欲しい………でも優しくしないで欲しい。わがままな気持ちが振り子のように揺れてしまう。
そして何も答えないで泣き続ける私を見かねたのか、彼はベッドの上に乗ってきて毛布ごと私を胸に抱いた。
彼の爽やかな香りに包まれて、安心してしまう。こんなこといけないのに。
「何もしないから安心して。理由はわからないけど、とても辛いんだろうね。大丈夫……大丈夫だよ。」
毛布越しにゆっくりと背を擦られると、涙だけではなく嗚咽まで漏れてしまう。
違う、違うの。
あなたが思うような理由じゃないの。
優しくされたい。他の女を抱かないで欲しい。
軽蔑されたくない。弱虫な私は何も言えず泣くしか出来なかった。
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