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2章

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リュシエンヌは口を開けて驚く俺を下から強く睨み付けている。怒りに震えているんだろうかドレスを強く握り締めている。


「…………どうしたの?」


あまりに長くそうしているものだから、こちらから声をかけてみたが………やはり半端じゃなく睨まれたままだ。


もしかして……俺を殺しに来たのだろうか。


最後に一思いにやってやろうとか……。


ありえる。心当たりもすごくある。


根気よく待ってはみたが、やはりいつまで経っても言葉を発しない。



「リュシエンヌ…君にしたことが許されるとはこれっぽっちも思っていない。一生をかけて償うつもりでいる。とはいえ君は俺の顔なんて見たくもないだろうから、これで永遠にさよならだ。」


リュシエンヌの顔が更に歪む。なんでだ。

俺と縁が切れてせいせいするだろうに。


「俺の事、殺したいほど憎いだろうが殺されてあげる訳にも行かないんだ。もうガーランドには俺しか王位を継げる人間がいない。」


もう一人くらい兄弟がいたらどうだったかな。俺はもう少し自由に生きれただろうか。


「フランシスの事は………俺が一人で決めた事だ。悪いがもう君に会わせる訳には行かない。あいつの事は忘れてくれ。君にとってもその方が幸せだ。


だが………あいつを愛して支えてくれた事、心から感謝する。」





「………………………嘘つき……」


「は?」


「……………嘘つき!!!」


「はぁ!?」


「嘘つきだって言ってるのよ!!あなたが!!この大嘘つき!!!」


好色男の次は嘘つきって………もういい加減勘弁してくれよ。


「あぁそうだね。俺は嘘つきだし女と見れば誰にでも手を出す好色だ。君の言う通りだよ。こんな最低な男の事も早く忘れて幸せになるんだよ。」


俺の言葉でリュシエンヌの怒りは限界を振り切ったらしい。


「何言ってるのよ!!!!」


あまりの声のデカさに俺の鼓膜が怯えている。
目の前にいる子はフランシスに愛を囁いていたあの子と本当に同一人物なのか。


「ちょっと落ち着きなさい。皆に丸聞こえだよ?君公女なんだから………。」


フーフー言いながら落ち着こうとするその様は威嚇合戦後の猫のようだ。


「何がそんなに……いやもう俺のすべてが気に入らないのはよくわかってるから。もう二度と会わないしこれで消えるから。だからといって国同士の繋がりは変わらない。約束する。」


「そうじゃない!!!」


「じゃあ何なんだよ!?はっきり言えよ!」


俺が怒鳴った事に驚いたのか、彼女が少し落ち着きを取り戻す。




「…………フランシスが私の前からいなくなったのはフランシスがあなたに頼んだんでしょ?…もう私に二度と会わないようにって………。」


「何でそれを…………。」


「……シモン様に聞いたの……全部。……あと……昨夜のミシュリーヌの事は侍女から………。」



シモン……あいつめ……いない!!いないけどそこら辺にいるな絶対!!


「何でそんな嘘付いたの…?そう言ってくれれば良かったのに……。」


「言ったら君はどうしてた?俺の言うことを素直に聞いてくれたかい?」


リュシエンヌは黙り込む。


「違うだろう?何がなんでもフランシスを探して自分の気の済むようにしただろうね。」


血眼になって探して困り顔のフランシスの隣に陣取る姿が容易に目に浮かぶ。


「俺もフランシスの言うことがすべて二人のためになるとは思わなかった。でもね、フランシスの気持ちになって考えてみたんだ。」


「……フランシスの、気持ち?」


「そう。シモンからフランシスがどんな状態だったか聞いたかい?」


リュシエンヌはコクリと頷く。


「俺たちからすれば、愛する人がそんな状態だったら尚更側にいたいと思うよね。

でも逆の立場だったらどう思う?」


俺の言葉を頭で反芻しているのだろう。難しい顔をしている。


「二人が添い遂げて命の終わりも近いような年齢だったとしたらフランシスの考えも違ったと思う。

でも君たちは違う。君はまだ若く美しい。そして二人は婚姻もしていない。

夫婦として何も始まっていないのに、君が伴侶として享受するであろう幸せ…愛し合い求め合う事や子を育む事。支え合って共に苦しみを乗り越えて行く事をすべて奪うんだ。

食事から……排泄までも人の手を借りなければ生きていけない。そのうち回復するかもしれないがそれもどこまでかは誰もわからない。」


実際、顔は動かせるようになったが半身の麻痺は取れない状態だと聞いている。


「…それでも自分が辛い時はすがりたくなるもんだよね。なのにフランシスは君の手を放そうとしたんだ。

何が正しかったのかはわからない。
物事は見る角度によって形を……その真実を変える。

俺は自分の事を一途な人間だと思ってたけど君から見たら好色男だったようにね。」


そう言うとばつの悪そうな顔で俺を見る。
結構根に持ってるから言ってやった。


「色んな事を言う奴がいると思うよ。

フランシスの決断を逃げだと思う奴もいるだろうね。自分の格好悪い姿を見せたくなかっただけだろうとか、寄り添う覚悟が足りないとか、君に対してあまりにも不誠実だ、とかね。

でもそれもすべて一つの真実から角度を変えて見た結果なんだ。そしてその真実はフランシスにしかわからない。



そして……フランシスの願いを叶えてやれるのが俺しかいなかった。それだけだ。」



黙って聞いていたリュシエンヌの目からは涙が溢れていた。


「君には本当に辛い想いをさせたね……でも、不謹慎だけど俺は幸せだった。どうせ聞いてるんだろうから言うけど、俺はずっと君を好きだったんだ。でも君にした事は許される事じゃない。どんな怒りも受け止めるよ。」


「…う…受け止めるって、あなた帰るんじゃない!!どうやって受け止めるのよ!!」


「……君の怒鳴り声ならガーランドまで届きそうだけどね……。」


「なっっ!!何ですって!?あなた本気で謝る気あるの!?」


あるよ。あるからこうして謝ってるんだろ。
しかも信頼してる側近に初恋ばらされたんだぞ。俺の気持ちも少しは思いやってくれ。


「……もう行くよ。何かあれば書面で寄越してくれ。誠実に対応する。」


もう埒が明かない。これで終わりにしよう。
そして彼女に背を向けると


「フランシスを愛してるの……」


か細い声が聞こえる。


「フランシスが自分独りで勝手に終わらせたから……私の中の想いが消えてくれないの……。」


そうだろうな。君は辛いままだ。


「……どうしたらいいの?こんなままでどうしたらフランシスやあなたが言うように幸せになれるの?………どうしたら………」


彼女は泣きながら地面へ座り込んだ。











「……おいで。」






リュシエンヌは差し出された俺の手を涙を拭いもせずぽかんとした顔で見ている。



「わからないならおいで。一緒に帰ろう。」


「…な……何言ってるの………」


「どうせここにいたって答えは出ないよ。それならうちにおいで。フランシスの暮らしたあの宮で、フランシスの生きてきた跡をなぞるようにして暮らしてみればいい。」


「フランシスの跡をなぞる……」


「そうしているうちにいつか君なりの答えが出るさ。それまで俺が君の風避けになる。」




彼女はしばらく考え込んでいたが、後方から聞こえてくる叫び声に顔を上げる。





「ちょっとお姉さま!!!何してるのよ!!ジュリアン様から離れなさいよ!!!」


侍女を引き連れて突進してくるミシュリーヌが見える。この声の大きさは家系なのか。

ミシュリーヌは座り込むリュシエンヌの腕を強く握って憎々しげに言う。


「こんな、こんなことしてまでジュリアン様にすがるなんて!!みっともないわ!!さっさとお部屋に戻って下さいませ!!」


「痛っっ!!」


捻り上げられた腕の痛みにリュシエンヌの顔が歪む。


「やめろ!!」


言うのと同時に身体が動いていた。
ミシュリーヌの腕を払いのけリュシエンヌの身体を抱き上げると、あの日と同じ甘い香りが鼻腔を蕩かす。




「リュシエンヌ、決めるのは君だ」




「……行きます!」




「シモン!そこら辺にいるんだろ!?いいか、後始末は任せたからきちんとしてこいよ!頼んだぞ!」


俺の言葉にシモンは馬車の裏からちょこんと笑顔を出す。こいつ、帰ったら覚えてろよ……。


「なっ!!ちょっと待ちなさいよ!!ジュリアン様ーーーー!!!」


未だうるさいミシュリーヌを無視して馬車に乗り込む。


「出せ!早く!!」



そして馬車は俺とリュシエンヌを乗せて走り出した。



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