上 下
12 / 35

12

しおりを挟む





 騎士団の稽古場から戻った私は、自室に籠もってひとり泣きました。
 ばあやたちは涙を流しながら帰ってきた私をとても心配して、退出する事を渋りましたが、申し訳ないと思いつつも出てもらいました。

 私は長椅子にもたれかかり、何度目かの溜め息をつきます。
 もう、これ以上どんな策があるというのでしょうか。
 
 「やっぱり、先見の力に逆らおうとしても無駄なのね……」

 心のどこかで理解はしていたのです。
 いつもこの力は、私たちにとって最善の未来を視せてくれますから。
 そもそも【先見様】として生まれた時点で、自身の幸せを願うなんて許されない話なのかもしれません。
 
 それでも、恋をした事のない私には、ほんの少し憧れてしまいます。
 エリアス王子が好みという訳ではありませんが、あのように優しく愛されて嫌な女性はいません。
 ですが……あの時クリューガー卿が放った言葉が頭を過ります。

 『そのお綺麗な笑顔にすっかり騙されたよ……まさかあんな事を企てていたとはな……』

 いったいエリアス王子が何を企んでいたというのでしょう。
 しかし、この未来も両国の同盟があってこそ。今はまだ不確定だという事なのでしょう。

 窓の外に目をやると、空にはもう一番星が輝いています。
 私は夜風に当たって頭を冷やそうとバルコニーに出ました。
 泣いて腫れぼったい顔に冷たい風が気持ちいいです。

 「アンネリーエ殿下」

 突如背後から聞こえてきた声に、全身が凍りつきました。
 なんと、いつの間にかすぐ後ろにクリューガー卿が立っていたのです。

 「ク、クリューガー卿!?どうしてここに?」

 「殿下、無礼は承知の上です。ですがどうしてもお聞きしたい事があって参りました。どうか私を中に入れて貰えないでしょうか」

 「な、中にですか!?それはいけません!」

 中には長椅子やら寝台やらがあるじゃないですか。
 クリューガー卿と長い台は、近付けたら駄目!危険です!

 「しかしここでは外回りの衛兵たちの目が……殿下、どうかお願いします。大切な話なのです」

 クリューガー卿の目は真剣です。
 確かに上も下も、外を見張る衛兵の目があります。万が一こんなところを見つかれば、彼は即刻捕らえられ、最悪の場合斬首の刑に処せられます。
 それをわかっていても尚このような行為に及んだという事は、相当重要な問題が起こったとしか考えられません。
 私は悩みましたが、彼を失う事はこの国にとって得策ではありません。
 
 「わかりました。どうぞ……お入りになってください」

 クリューガー卿を先に促し、中に入ると大窓とカーテンを閉めました。

 月の光が、窓際に立つクリューガー卿の顔を照らします。
 少し野性味のある整った顔立ち。そして紳士的な振る舞い。女性たちに人気があるのも頷けます。
 素敵な方なのでしょう。
 実際に私も今回の件を通して彼の人となりをほんの少し知りました。
 夫候補としても、何の過不足もない気がします。さえなければ……。

 「……殿下。私は早朝、リヴェニアに発ちます」

 「は、はいぃ!?」

 リヴェニアに発つ!?
 もう一度言いますけど、今あなたリヴェニアに発つっておっしゃいましたか!?

 「そんな、どうしてですか!?」

 今再びのパニックが私に巻き起こりました。
 止まった筈の涙がまた溢れ出し、頬を濡らします。
 
 「私に……私にもう少しだけ時間をください!!それで駄目なら諦めます!!諦めるから……っ!!」

 クリューガー卿の顔が苦しげに歪み、次の瞬間、私は彼の腕の中にいました。







 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

召喚に巻き込まれたけど人生諦めません!

牡丹
恋愛
騎士に守られながらも異世界でもがきながら生きいく話です。 突然、異世界に召喚された。 それも巻き添えで。 正当な召喚者のナオちゃんは聖女様と崇められ、巻き添えの私は城に住み込みの女中になれとは! ナオちゃんはお姫様の様な生活なのに。惨めよ馬鹿にしてる! 補償金と家をもらい街で暮らすけど、、平穏な生活は難しかった。 だけど、人生諦めません!

【R-18】愛されたい異世界の番と溺愛する貴公子達

ゆきむら さり
恋愛
稚拙ながらもこの作品📝も(8/25)HOTランキングに入れて頂けました🤗 (9/1には26位にまで上がり、私にとっては有り難く、とても嬉しい順位です🎶) これも読んで下さる皆様のおかげです✨ 本当にありがとうございます🧡 〔あらすじ〕📝現実世界に生きる身寄りのない雨花(うか)は、ある時「誰か」に呼ばれるように異世界へと転移する。まるでお伽話のような異世界転移。その異世界の者達の「番(つがい)」として呼ばれた雨花は、現実世界のいっさいの記憶を失くし、誰かの腕の中で目覚めては、そのまま甘く激しく抱かれ番う。 設定などは独自の世界観でご都合主義。R作品。ハピエン💗 只今📝不定期更新。 稚拙な私の作品📝を読んで下さる全ての皆様に、改めて感謝致します🧡

とろける程の甘美な溺愛に心乱されて~契約結婚でつむぐ本当の愛~

けいこ
恋愛
「絶対に後悔させない。今夜だけは俺に全てを委ねて」 燃えるような一夜に、私は、身も心も蕩けてしまった。 だけど、大学を卒業した記念に『最後の思い出』を作ろうなんて、あなたにとって、相手は誰でも良かったんだよね? 私には、大好きな人との最初で最後の一夜だったのに… そして、あなたは海の向こうへと旅立った。 それから3年の時が過ぎ、私は再びあなたに出会う。 忘れたくても忘れられなかった人と。 持ちかけられた契約結婚に戸惑いながらも、私はあなたにどんどん甘やかされてゆく… 姉や友人とぶつかりながらも、本当の愛がどこにあるのかを見つけたいと願う。 自分に全く自信の無いこんな私にも、幸せは待っていてくれますか? ホテル リベルテ 鳳条グループ 御曹司 鳳条 龍聖 25歳 × 外車販売「AYAI」受付 桜木 琴音 25歳

騎士と王冠(The Knight and the Crown)

けもこ
恋愛
皇太子アビエルは、レオノーラと初めて出会った日の情景を鮮やかに思い出す。馬を操る小柄な姿に、彼の心は一瞬で奪われた。その“少年”が実は少女だと知ったとき、驚きと共に彼女への特別な感情が芽生えた。彼女の内に秘めた強さと純粋な努力に、アビエルは深く心を惹かれ、次第に彼女をかけがえのない存在と感じるようになった。 アビエルは皇太子という鎖に縛られながらも、ただ彼女と対等でありたいと切に願い続けた。その想いは日に日に強まり、彼を苦しめることもあった。しかし、レオノーラと過ごす何気ない日々こそが彼にとって唯一の安らぎであり、彼女と共有する時間を何よりも大切にした。 レオノーラは、自分の置かれた立場とアビエルへの気持ちの間で揺れ動く。だが、彼女は気づく。アビエルがもたらしてくれた幸運こそが、彼女の人生を輝かせるものであり、それを受け入れ、守り抜こうと心に誓う。 #この作品は「小説家になろう」サイトでも掲載しています。そちらではすでに完結済みです。アルファポリスでは内容を整理しながら連載中です。

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

処理中です...