57 / 79
57 それぞれの朝④
しおりを挟む腹直筋……外腹斜筋……内腹斜筋……
アーヴィングは邪な意識を逸らすために、脳内で筋肉の部位の復唱を始めた。
しかし一向に収まらぬ胸の高鳴りと若さの象徴。まさかこんなことになるとは。一緒の夜を過ごせるようになるのだということが嬉しくて、下半身事情を考慮するのをすっかり忘れていた。
「んん……」
(シア、起きた?)
アナスタシアが声を漏らす度に目を開けて確認するのだが、その度に元気を取り戻す分身が恨めしいことこの上ない。
なんて可愛らしいのだろう。その姿を目に映すだけで胸の中で大きく膨らんだ烈情が破裂しそうになる。
(シア、シア、シア)
力の限り抱き締めて、めちゃくちゃにしてしまいたい。そんな衝動がもう何度身体を駆け巡ったか。
アナスタシアの瞳はやっぱり閉じられたまま。部屋の外からは少しずつ日常の音が聞こえ出していた。おそらく時刻は朝と昼の間くらいだろう。
(どうしよう……先に起きて待っていようか……)
このままアナスタシアと触れ合ったままだと彼女が目を覚ました時に色々気づかれてしまう。アーヴィングは名残惜しい気持ちでアナスタシアの頭が乗る腕を外そうとした。
「……アーヴィング……どこに行くの……?」
不安げな声。
離れようとしたアーヴィングの胸にアナスタシアは縋り付くように顔を寄せた。
「シア、起きたの?」
平静を装うも、心臓はバクバクだ。
「……うん……でももう少しだけこうしていたい……」
まるで重たい目蓋と格闘しているよう。
自分だけに見せてくれる無防備さが愛おしい。本当に可愛い人。
(よし、とにかく落ちつけ。深呼吸だ)
しかし深呼吸すると更に深く肺を満たす彼女の香り。おまけにアナスタシアはアーヴィングが一番気がついてほしくないところに気がついてしまう。
「アーヴィング……足がないわ……おばけになっちゃったの……?」
寝起きなのにそんなことにいち早く気づくとは恐るべしアナスタシア。
でも“おばけ”なんて、しっかり者のアナスタシアらしくなくて可愛い……って違う、そうじゃない。
「少し前に目が覚めて……だからシアが目覚めるまでストレッチしてたんです」
かなり苦しい言いわけだがなんとかこれで押し切るしかない。
「……離れているの、淋しいわ。もっとこっちにきて……?」
アナスタシアはか細い腕をアーヴィングの脇から背に回し、ぎゅうっと胸板に抱きつくようにして身体を寄せてきた。
(ま、まずいっ!!)
アーヴィングは急いでアナスタシアを仰向けにし、下半身をずらし、上半身を重ねるようにして抱き締めた。
「……アーヴィング……?」
「シア、愛しています……愛してる……」
首筋に顔を埋めて囁くと、背中に腕が回った。
お願いだからもう少しだけこのままでいて。
きっともうすぐ収まるはずだから。
けれどアナスタシアは、窮地を脱しようとしているアーヴィングのこの行為を少し……いや、かなり勘違いしてしまったようだ。
「私もよ……アーヴィング、愛してるわ」
アナスタシアは横を向き、鼻先でアーヴィングの頬に触れ、自分の方を向くように促した。
そして目が合うよりも先に、アーヴィングの下唇を食んだ。次に上唇も。
アーヴィングの苦悩は、まだまだまだまだ続く。
*
アーヴィングが煩悩との大戦に突入した頃。
王城の正門前は物々しい雰囲気に包まれていた。
停められた二台の黒塗りの馬車の側には、緊急招集された近衛騎士団が緊張の面持ちで整列していた。
「急な呼び出しですまないな」
姿を表したのは王太子ローレンスと第二王子ルシアン。そして二人のすぐ後ろには、イヴとハリーを抱いたイアンが控えていた。
騎士たちは主の出で立ちに息を呑む。
ローレンスもルシアンも正装だったからだ。
王族としての権威を示すその姿で出るということは、着いた先でその力を行使する可能性があるということ。
自分たちはただの護衛として駆り出されたわけではないのかもしれないという事実に、騎士たちの顔つきが変わった。
「これより王太子ローレンスは王都のラザフォード侯爵邸へ。そして第二王子ルシアンはアドラム伯爵邸へと向かう。君たちには道中の護衛を頼みたい」
ローレンスに続きルシアンも口を開く。
「なるべく物騒なことにはならないようにするから大丈夫だよ。でも、事と次第によっては手加減しなくていいからね」
馬車に乗り込むローレンスとルシアンの背中に向かって檄が飛んだ。
「みゃああっ!!」
「ぎゃわわわん!!」
0
お気に入りに追加
1,534
あなたにおすすめの小説
転生幼女。神獣と王子と、最強のおじさん傭兵団の中で生きる。
餡子・ロ・モティ
ファンタジー
ご連絡!
4巻発売にともない、7/27~28に177話までがレンタル版に切り替え予定です。
無料のWEB版はそれまでにお読みいただければと思います。
日程に余裕なく申し訳ありませんm(__)m
※おかげさまで小説版4巻もまもなく発売(7月末ごろ)! ありがとうございますm(__)m
※コミカライズも絶賛連載中! よろしくどうぞ<(_ _)>
~~~ ~~ ~~~
織宮優乃は、目が覚めると異世界にいた。
なぜか身体は幼女になっているけれど、何気なく出会った神獣には溺愛され、保護してくれた筋肉紳士なおじさん達も親切で気の良い人々だった。
優乃は流れでおじさんたちの部隊で生活することになる。
しかしそのおじさん達、実は複数の国家から騎士爵を賜るような凄腕で。
それどころか、表向きはただの傭兵団の一部隊のはずなのに、実は裏で各国の王室とも直接繋がっているような最強の特殊傭兵部隊だった。
彼らの隊には大国の一級王子たちまでもが御忍びで参加している始末。
おじさん、王子、神獣たち、周囲の人々に溺愛されながらも、波乱万丈な冒険とちょっとおかしな日常を平常心で生きぬいてゆく女性の物語。
ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。
ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。
しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。
その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!
異世界ゲームへモブ転生! 俺の中身が、育てあげた主人公の初期設定だった件!
東導 号
ファンタジー
雑魚モブキャラだって負けない! 俺は絶対!前世より1億倍!幸せになる!
俺、ケン・アキヤマ25歳は、某・ダークサイド企業に勤める貧乏リーマン。
絶対的支配者のようにふるまう超ワンマン社長、コバンザメのような超ごますり部長に、
あごでこきつかわれながら、いつか幸せになりたいと夢見ていた。
社長と部長は、100倍くらい盛りに盛った昔の自分自慢語りをさく裂させ、
1日働きづめで疲れ切った俺に対して、意味のない精神論に終始していた。
そして、ふたり揃って、具体的な施策も提示せず、最後には
「全社員、足で稼げ! 知恵を絞り、営業数字を上げろ!」
と言うばかり。
社員達の先頭を切って戦いへ挑む、重い責任を背負う役職者のはずなのに、
完全に口先だけ、自分の部屋へ閉じこもり『外部の評論家』と化していた。
そんな状況で、社長、部長とも「業務成績、V字回復だ!」
「営業売上の前年比プラス150%目標だ!」とか抜かすから、
何をか言わんや……
そんな過酷な状況に生きる俺は、転職活動をしながら、
超シビアでリアルな地獄の現実から逃避しようと、
ヴァーチャル世界へ癒しを求めていた。
中でも最近は、世界で最高峰とうたわれる恋愛ファンタジーアクションRPG、
『ステディ・リインカネーション』に、はまっていた。
日々の激務の疲れから、ある日、俺は寝落ちし、
……『寝落ち』から目が覚め、気が付いたら、何と何と!!
16歳の、ど平民少年ロイク・アルシェとなり、
中世西洋風の異世界へ転生していた……
その異世界こそが、熱中していたアクションRPG、
『ステディ・リインカネーション』の世界だった。
もう元の世界には戻れそうもない。
覚悟を決めた俺は、数多のラノベ、アニメ、ゲームで積み重ねたおたく知識。
そして『ステディ・リインカネーション』をやり込んだプレイ経験、攻略知識を使って、
絶対! 前世より1億倍! 幸せになる!
と固く決意。
素晴らしきゲーム世界で、新生活を始めたのである。
カクヨム様でも連載中です!
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~
クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。
だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。
リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。
だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。
あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。
そして身体の所有権が俺に移る。
リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。
よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。
お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。
お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう!
味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。
絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ!
そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!
愛することをやめた令嬢は、他国へ行くことにしました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私リーゼは、婚約者ダーロス王子が浮気していることを知る。
そのことを追求しただけで、ダーロスは私に婚約破棄を言い渡してきた。
家族からは魅力のない私が悪いと言われてしまい、私はダーロスを愛することをやめた。
私は家を捨てて他国へ行くことにして――今まで私が国に貢献していたことを、元婚約者は知ることとなる。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。
緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる