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 「ちょっともう!!なんなの!?」

 アナスタシアが叫ぶが、二人の耳には聞こえていない。
 
 「イアン!お前意地を張るのもいい加減にしろよ!」

 「意地なんて張ってない!お前こそもっとアナスタシア殿下の気持ちを考えたらどうなんだ!殿下はお前の所有物じゃない!」

 怒鳴り合う内容から、アナスタシア、アーヴィング、ルシアンの三人は、なぜローレンスとイアンの喧嘩が始まってしまったのかを悟る。
 アナスタシアは地の底に届きそうな深い深い溜め息をつき、アーヴィングは顔を顰めた。
 ルシアンに至っては人の振り見て我が振り直せ状態で、人の言うことも聞かずに激しく殴り合う二人の姿を見て、唐突に激しい羞恥に襲われた。
 ルシアンは馬乗りになっていたアーヴィングからのそのそと降り、兄たちの喧嘩の行方を見守った。なぜか正座で。

 「お前にならシアをくれてやってもいいっていってるんだぞ!?なにが不満なんだよ!」

 「アナスタシア殿下に不満があるんじゃなくてお前のそのどうしようもない頭の中身に不満があるんだよ!!殿下の人生を決められるのは殿下だけだ!いくらお前が殿下を愛していようがなんだろうが、家族といえど他人なんだ!他人の人生に口出しするなんて……ましてや勝手に決める権利なんてありはしないんだよこの大馬鹿野郎が!!」

 イアンは間違いなくローレンスに向かって言っているのだが、横で聞いているルシアンには、まるで我がことのようにグサグサと胸に突き刺さる。

 「あの……兄上もイアンもやめようよ……」

 さっきまで一番騒いでいた末っ子は、力なく二人に近づいた……のが余計いけなかった。

 「お前もいい加減にしろよルシアン!!」

 怒り狂ったイアンの標的が、劣勢に追い込まれたズタボロなローレンスから活きが良いルシアンに変わる。

 「なんで僕なのぉぉぉぉお!!」

 ヘッドロックされたルシアンは涙目で訴えるもイアンの怒りは止まらない。

 「お前も十五にもなって“シア姉さまシア姉さま”って、甘ったれてんじゃねーよ!どいつもこいつもアナスタシア殿下の気持ちを無視して自分の考えを押し付けて!少し反省しろ!」


 そ し て

 結果どうなったかというと、気の済むまで兄弟に鉄槌を下したところでイアンは我に返り、アナスタシアとアーヴィングに頭を下げた。そして半死に近いローレンスの首根っこを掴んで引きずり、魂が口から出かかっているルシアンを肩に担ぎ、部屋から出ていったのだった。

 時計の針が指すのは、いつもならもう眠っている時間だ。 
 片方外れた扉を放心状態で眺めるアナスタシアに、アーヴィングは恐る恐る声をかけた。

 「……シア、どうしましょう。これから移動となると、例え近場といえど時間的に危険です」

 「……仕方がないわね。移動は明日にしましょう。みんな、悪いけどアーヴィングの夜着をここに用意してくれるかしら?あとイヴとハリーのお水とブラシもね」

 「ええっ!?」


 *


 「ゴロゴロゴロ……」
 「はふはふはふん♪」

 寝台の上、仲良く並んでイヴとハリーのブラッシングをするアナスタシアとアーヴィング。
 ちなみにイヴはアーヴィング。
 ハリーはアナスタシア担当だ。

 「ルシアンだけかと思ったら、お兄様とイアンまで暴れるから、埃まみれになっちゃったわね。でも二人とも偉かったわよ」

 「みゃう!」
 「わふっ!」

 移動が明日になるのなら、王宮に世話になるのは申し訳ないとラザフォード侯爵邸に帰ろうとしていたアーヴィング。
 だが当然のごとくアナスタシアに引き留められ、それならせめて別室をという申し出もこれまた却下され、現在に至る。

 「さて、そろそろ寝ましょうか」

 「あ、あの。シア……?」

 「なに?」

 「本当に俺もここで寝るんですか?」

 「もうほとんど一緒に寝てるようなものじゃない。同じ上掛けの中に足だって入れてるし」

 「た、確かにそうなんですが……!」

 嬉しいような恥ずかしいような。なんともいえずむず痒い気持ちだ。
 だがアーヴィングは、さっきからずっと心に引っかかっていることがあった。

 「……あの……イアン殿は、シアのことを……」

 「ああ、あれ?お兄様が勝手にそう思っているだけじゃないの?本人からはなにも言われたことがないし、私もそんなに鈍い方じゃないから、もしそうならとっくに気づいていると思うわ」

 「……そうですか……」

 しかし、アーヴィングにはなぜかそうは思えなかった。出会いの時からこれまでのことを思い返してみると、イアンの行動はすべてがアナスタシア中心に回っている。
 そしてさっきの乱闘だってそうだ。
 ローレンスがアナスタシアの気持ちを無視して、自分のいいように事を運ぼうとしたことに腹を立て殴りかかった。
 これらのことから、イアンがアナスタシアを想っていないと考える方が不自然だ。

 もしイアンが本当にアナスタシアを愛しているというのなら、自分の気持ちをひた隠し、アナスタシアが選んだ男を守るのは、どれほどつらかったことだろう。
 アーヴィングはイアンの気持ちを思うと胸が痛んだ。

 「例えイアンの気持ちがどうだったとしても、私には応えてあげることはできないわ。私はアーヴィングを選んだの。あなたの代わりはどこにもいないわ」

 「わかっています。俺だって、シアの代わりなんてどこにもいません。これまでも、これから先も」

 イアンの気持ちを思って胸が痛むだなんて、思い上がった発言だ。
 イアンはただひたすらにアナスタシアの幸せだけを願っている。彼の愛し方を悲しく思う資格なんてアーヴィングにはない。
 (俺にできることは、シアを命懸けで守り愛することだけ)

 いつの間にか仲良くへそ天で寝てしまったイヴとハリー。アーヴィングとアナスタシアは、小さな二人にベッドの半分を譲ると、寄り添って横になった。

 「大変な一日だったわ」

 「はい」

 「でもいい日だったと思えるから不思議。きっと一日の終わりをあなたとこうやって一緒に過ごせるからね」

 アナスタシアはアーヴィングの胸に抱きついて、思いっきり息を吸い込んだ。

 「シ、シア!?」

 「……アーヴィング、愛してるわ……」

 「……俺もです」

 アーヴィングは前よりも少しだけ太く逞しくなった両腕で、アナスタシアを優しく包み込んだ。

 
 


 
 

 

 

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