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しおりを挟む「シャ──────ッ!!」
「キャンキャンキャン!!」
突然扉の外から飛び込んできた不審者に、イヴとハリーは臨戦態勢に入る。
しかし、数拍おいてその正体がわかるとすぐに鳴き止んだ。
「ルシアン!?あなた、いったいなにをしてるの!?」
ローレンスから投げ込まれたルシアンは、体勢を崩し、床の上に倒れ込んだ。
「いてて……」
「大丈夫ですか!?」
アーヴィングが急ぎ助け起こそうと近づく。
「触るな!!」
「ルシアン!!いい加減にしなさい!!」
アナスタシアの激しい口調にルシアンの肩がビクッと震える。
「アーヴィングは私の大切な人だと何回言ったら理解するの!できないならできないで構わないわ。だけどそれなら近づかないでちょうだい!」
「シア、そんな言い方は……」
アーヴィングの口から出た“シア”という呼び名にルシアンは衝撃を受けた。
それは家族しか呼ぶことの許されない特別な名前。それをなぜこの男が呼んでいるのだ。
「お前みたいな奴が軽々しくシア姉さまの名前を呼ぶんじゃない!!」
「ルシアン!!……っ」
「シア!!」
「シア姉さま!!」
アナスタシアの目は焦点が合っていない。
崩れ落ちそうになったアナスタシアの身体をアーヴィングが咄嗟に抱きかかえた。
「シア、大丈夫!?」
「……ごめんなさいアーヴィング……急に目の前が真っ白に……貧血かも……」
「今日はたくさん無理をさせてしまった……全部俺のせいです。本当にすみません……!!」
「ううん……私とあなた、二人の未来のことじゃない。だからそんなこと言わないで……」
アーヴィングはゆっくりとアナスタシアの身体をソファに横たえた。
そしていたわるように金の髪を梳くと、アナスタシアはそこに自分の手を重ね、安心したような表情をする。
ルシアンは悔しくて仕方なかった。
なんで姉もイヴも、おまけにずっと面倒を見てきたハリーまでアーヴィングを選ぶのだ。
(僕の方がずっと大事にしてるし、想っているのに……!!)
気持ちのやり場がなくなったルシアンが、再びアーヴィングに向かって罵声を浴びせようとした瞬間だった。
なんと、ハリーがソファの背もたれによじ登り、ルシアンに向かって特攻したのだ。
「ぎゃわん!!」
「いっっ!!」
突然の攻撃を真正面から食らったルシアンは後ろに倒れ込んだ。
そしてハリーはアーヴィングとアナスタシアの前に勇ましく立ち、ルシアンを威嚇したのだ。
「グルル……!!」
見つめ合う二人。
初めて見るハリーの険しい顔にルシアンの頭も少しずつ冷えてきた。
「……わかったよ……でもこのままじゃ僕の気が済まない!おいお前、勝負だ!いてっ!!」
アーヴィングを指差したルシアンの人差し指に、ハリーが齧りついた。
「ぎゃわん!!」
「いたいってば!!離してよハリー!!」
「あの……勝負とは?」
見かねたアーヴィングが割って入る。
「腕力勝負だ!!僕が勝ったらシア姉さまはどこにも行かせない!!」
ルシアンは剣の腕はからきしだったが、腕力だけは自信があった。
おそらく下手すぎて重い剣をあちこちに振り回していたせいだと思われる。本人は認めていないが。
アーヴィングは突然の申し込みにしばらく驚いたような顔をしていた。
(ふふん。どうせ自信がないんだろう)
絶対にアナスタシアは連れてなんか行かせない。
「……あの、殿下。腕力勝負とはどのような?」
「アームレスリングだよ。さあ、やるよ!」
ルシアンは意気揚々と腕まくりをし、ソファの前に置いてあるテーブルで構えをとった。
「……アーヴィング……そんなの、付き合わなくていいから……」
アナスタシアが力なく言う。
だがアーヴィングはルシアンの対面で腕まくりをし、同じように構えをとる。
ルシアンは知らなかった。
アーヴィングがマルデラで、筋肉のエキスパートに師事したことを。
アナスタシアに気に入られる肉体になりたい。
その一心で、いつかくるであろう瞬間をドキドキしながら妄想し、空き時間を使って日夜努力してきたことを。
ルシアンはアーヴィングと手を組み合わせた。
「よし、勝負だ!!」
結果、ルシアンは秒で負けた。
更に言えば、負けが信じられなくて勝負にいちゃもんをつけ、再戦を申し込みまた負けた。
無様とはこのこと。
茫然自失のルシアンに、アーヴィングは遠慮がちに声をかけた。
「ルシアン殿下。大変失礼なことを申し上げますが、アナスタシア殿下は物ではありません。御本人の気持ちを無視してこのようなことをすれば、心は離れる一方です。……それに、例え勝負に負けたとしても、私はアナスタシア殿下を諦めたりはしません。絶対に」
「うるさいな!!お前になにがわかるんだよ!?どうせシア姉さまの身体のことだってなんにも知らないんだろう!?」
「いいえ。存じ上げております」
「わかってるならシア姉さまを説得しろよ!!姉さまはここにいれば最高の環境で最高の医療が受けられるんだ!!」
ルシアンは、アナスタシアが王宮を出ることで起こり得る、ありとあらゆる危険性を必死で訴えた。
だがアーヴィングは、何度諭されても首を縦に振らなかった。
「お前、シア姉さまを殺したいのか!?」
掴みかからん勢いでルシアンはアーヴィングに迫った。
「アナスタシア殿下は生きるためにここを出るのです!未来を自分の手で紡ぐために、俺と共に生きると言ってくださったんです!その想いを踏みにじる権利は誰にもありません!例えルシアン殿下にだって……っ!!」
「ルシアン、やめなさい!!」
少しずつ視界がはっきりしてきたのか、アナスタシアは横たわりながらも必死でルシアンにやめるよう叫んだ。
だがルシアンは、その言葉を最後まで聞かずアーヴィングに殴りかかった。
しかしアーヴィングは逃げなかった。
そして、やられっぱなしだったこれまでの自分とも決別するように、殴られることも恐れず真っ直ぐにルシアンを見据えた。
「あなたは自分のためにシアをここに縛り付けようとしてるだけだ!シアを愛しているから!失いたくないから!なぜなら失ったら自分が苦しいからだ!全部自分自身のためじゃないか!!」
「うるさい!!うるさい────!!」
ルシアンはアーヴィングに飛び掛かった。
馬乗りになり、両手を振り上げた瞬間、凄まじい音と共に扉が開き、室内に何者かが乱入してきた。
あまりの衝撃に扉は半壊状態だ。
「兄上!?イアン!?」
ルシアンは目を剥いた。
なぜならそこには、アナスタシアや自分たちのことなどお構いなしに取っ組み合う、服はボロボロ顔はボッコボコなローレンスとイアンの姿があったからだった。
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