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 それからアーヴィングは、父が選んだ夜会に顔を出す度にキャロルと顔を合わせるようになった。
 
 「またお会いしましたわね」

 そう言って屈託のない笑顔を向けるキャロルに、アーヴィングもすっかり気を許していた。
 それというのもこのキャロルという女性は年の割にしっかりしていて、距離感を弁えていたからだった。
 顔を合わせれば挨拶をするし会話もするが、だからといって変に周りに親しさをアピールするようなことはしない。
 二言三言話をすると、また別の参加者の元へ行く。分け隔てない態度を貫いているのだ。
 これならば変な噂が立つ心配もないし、アーヴィングも彼女をきっかけに挨拶を交わす程度だが、徐々に知り合いが増えていった。

 アーヴィングは社交に精を出す傍らで、ラザフォード侯爵領の経営にも力を入れた。
 これまではラザフォードの領地経営をどこか他人事のように考えていた。しかしこれはマルデラの未来のための貴重な経験になると考えを改めたのだ。
 打って変わったようなアーヴィングの様子に周囲は驚きを隠せなかった。
 とりわけヴィンセントは、日に日に開いていくアーヴィングとの差に、鬱屈とした気持ちを募らせていた。

 *

 日々を忙しく過ごすアーヴィングの元に、王宮から一通の手紙が届いた。
 封蝋の印璽はアナスタシアのもの。
 アーヴィングは心を踊らせた。
 はやる気持ちで封を開けると中にはアナスタシアの直筆で、アーヴィングに次週開かれる夜会に出席し、父母に挨拶をして欲しいと書かれていた。

 「陛下と妃殿下に……」

 それは、婚約前のお披露目と同等の意味を持つことであると頭が理解するのにしばらくかかった。
 夜会の最中にアナスタシアと二人揃って陛下と妃殿下へ挨拶をする。
 二人の仲を貴族たちに周知させるということだ。
 嬉しいが、なぜこんなにも急なのだろう。
 グランベルでは王族との婚約が内定した場合、まずは国王陛下よりラザフォード侯爵家に宣旨が下り、それから当主と選ばれた本人が王宮に赴くのが一般的だ。お披露目はそれから。
 それなのにその手順を飛ばしていきなり夜会で挨拶とは。
 (なにかあったのだろうか)
 こんなにも事を急がなければならないようななにかが。
 会えない日々は不安との戦いだ。
 アナスタシアを信じている。
 けれど、早く会いたかった。会ってあの美しい笑顔でこの不安を笑い飛ばして欲しい。
 少し会えないくらいでこんなこと、情けないのはよくわかっている。けれどアーヴィングにはアナスタシア以外なにもない。
 怖かった。だがそれはこの先待ち受けている困難に対してではない。
 彼女を失って何も残らなくなった自分を考えると、地の底まで引きずり下ろされるような気持ちになるのだ。
 彼女と婚約すれば、結婚すればこの不安はいつか跡形もなく消えてくれるのだろうか。
 アーヴィングにはわからなかった。
 
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