37 / 79
37
しおりを挟む「ゴドウィン殿……帰ってきませんね」
「もしかして……殿下のご不興を買ったのでしょうか……」
アナスタシアに呼び出されたゴドウィンは、だいぶ時間が経つのにもかかわらず、執務室に戻ってこない。
アーヴィングは遅い昼食を取りに食堂へ行ってしまって、執務室には落ちつかないコーディとバイロンが二人で留守番をしていた。
「それにしてもなんなんですかこの本は。“ヒモと呼ばれて”って……君、アーヴィング殿を一体どうしたいの」
バイロンはコーディの選書した本を手に、眉間に深いシワを寄せた。
「馬鹿にしたらいけませんよ!この本には女性を虜にするすべてが書かれているんですから!」
これはコーディなりの思いやりだった。アーヴィングはどう考えてもアナスタシアに恋をしている。
しかしアナスタシアを見る限り、彼女はそんなアーヴィングを翻弄しているようにしか見えない。
真面目なアーヴィングでは太刀打ちできない小悪魔的魅力を持つアナスタシア。
だからコーディはあえてこの極端な本を選んだのだ。あとは単に自分がその本に書いてあるテクニックを駆使して、格上の嫁の婿養子になった経験から。
「あのね、あの純情なアーヴィング殿がそんなずる賢い手管で迫るなんてできるはずないでしょうよ。それよりこれです!【結局男の価値は☓☓☓だ!】」
「その伏せ字がもう駄目でしょう!!」
「何を言いますか、この伏せ字にこそすべてが詰まってるんですよ!!まずアーヴィング殿は適度な筋トレからですね」
「身体で籠絡ってのもなかなかに下衆いですよバイロン!!」
「なにをいいますか。アーヴィング殿はなんてったって造形が抜群にいいんです。そこにぶどうの房みたいな筋肉がついてご覧なさい。アナスタシア殿下といえど鼻血を噴き出して陥落すること間違いなし!彼の持続時間の長短は知りませんが、そこは若さでカバーできますから心配なし!」
「……あ、あの……」
「ひゃぁぁあ!!」
いつの間にか入り口に立っていたアーヴィング。コーディとバイロンは揃って悲鳴を上げた。
「この本……お二人が置いてくださったんですね。まだそちらの二冊は読んでいないのですが、これはとても素晴らしかったです」
アーヴィングは自身の机の上に置いていた【やればできるぜ!販路開拓~売るのはモノじゃない自分~】を手に取り微笑んだ。
「いえあのそれは……」
口を開いたのはコーディ。だがバイロンと二人顔を見合わせて困っている。
「これは、お二人が選んでくださったものではないのですか?」
すると観念したようにバイロンが息を吐いた。
「……それは、若い人向けに最近出版されたものなのですが、なかなか的を得たことが書いてあると……その、ゴドウィン殿が……」
「ゴドウィン殿が?」
アーヴィングは瞠目し、黙り込んだ。
「その……ゴドウィン殿は見た目ときつい口調で誤解されやすいのですが、そんなに悪い人ではありません」
決して庇っている訳ではないのですが、とコーディは付け加えた。
「……はい。それはなんとなくわかってました。初日のあの態度と今のゴドウィン殿は別人です。おそらく私のよくない噂などを耳にして、殿下をお守りしようと考えられたのだと思います。ですが今は私がどんな質問をしても明確な答えをくださる。さすが長い間この地を守ってこられた方です。私は彼と出会えたことを幸運に思います」
コーディもバイロンも、ゴドウィンとは長い付き合いだが、彼という人間を理解するのには時間がかかった。
それは、見た目や言動にとらわれて、素直な心で彼と向き合わなかったからだ。
だからこれはアーヴィングだからこそ言える言葉。
「あの……バイロン殿……」
するとなにやらアーヴィングがモジモジと恥ずかしそうにバイロンに話しかけた。
「なんですか?」
「その……先ほど話されていた“筋トレ”についてなのですが……その本を読めばわかりますか?」
これにバイロンはにんまりとした笑みを顔にのせた。
「ええ!それはもう、この本には色んな神秘が書かれておりますから!どうです、今夜飲みながら話しませんか?私どもも、色々お役に立てると思いますよ。ねえ、コーディ?」
「まずは私のヒモ論からです!これは譲れません!」
こうしてアーヴィングは思いがけず初体験への切符を手にすることになった。
【気心の知れた者同士で酒を酌み交わしながら語り合う】初体験だ。
0
お気に入りに追加
1,529
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
生まれたときから今日まで無かったことにしてください。
はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。
物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。
週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。
当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。
家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。
でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。
家族の中心は姉だから。
決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。
…………
処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。
本編完結。
番外編数話続きます。
続編(2章)
『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。
そちらもよろしくお願いします。
幼馴染みで婚約者でもある彼が突然女を連れてきまして……!? ~しかし希望を捨てはしません、きっと幸せになるのです~
四季
恋愛
リアは幼馴染みで婚約者でもあるオーツクから婚約破棄を告げられた。
しかしその後まさかの良い出会いがあって……?
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
【完結】最愛の人 〜三年後、君が蘇るその日まで〜
雪則
恋愛
〜はじめに〜
この作品は、私が10年ほど前に「魔法のiらんど」という小説投稿サイトで執筆した作品です。
既に完結している作品ですが、アルファポリスのCMを見て、当時はあまり陽の目を見なかったこの作品にもう一度チャンスを与えたいと思い、投稿することにしました。
完結作品の掲載なので、毎日4回コンスタントにアップしていくので、出来ればアルファポリス上での更新をお持ちして頂き、ゆっくりと読んでいって頂ければと思います。
〜あらすじ〜
彼女にふりかかった悲劇。
そして命を救うために彼が悪魔と交わした契約。
残りの寿命の半分を捧げることで彼女を蘇らせる。
だが彼女がこの世に戻ってくるのは3年後。
彼は誓う。
彼女が戻ってくるその日まで、
変わらぬ自分で居続けることを。
人を想う気持ちの強さ、
そして無情なほどの儚さを描いた長編恋愛小説。
3年という途方もなく長い時のなかで、
彼の誰よりも深い愛情はどのように変化していってしまうのだろうか。
衝撃のラストを見たとき、貴方はなにを感じますか?
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~
小倉みち
恋愛
元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。
激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。
貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。
しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。
ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。
ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。
――そこで見たものは。
ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。
「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」
「ティアナに悪いから」
「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」
そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。
ショックだった。
ずっと信じてきた夫と親友の不貞。
しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。
私さえいなければ。
私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。
ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。
だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる