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しおりを挟む朝の兄弟の様子から、即座にイアンに手紙を送ったアナスタシアの判断は正しかった。
アナスタシアの手紙が到着するのと兄弟からの使者が到着するのはほぼ同時であったからだ。
僅かに勝ったアナスタシアの手紙を読んだイアンは、玄関ホールでアーヴィングを出せとごねる使者をめった打ちにして追い返した。
アーヴィングが連れ帰った護衛という存在が気に食わなかったラザフォード侯爵家の面々だったが、平然と使者をしめ上げるイアンに怯え、打って変わったように大人しくなった。
そしてアーヴィングは、目の前で繰り広げられるイアンの鮮やかな技の数々に目を奪われていた。
「お前宛にだ」
一通りことが済むと、イアンはアーヴィングに白い便箋を差し出した。
どうやら急いだアナスタシアが、イアンの封筒の中にアーヴィング宛の手紙を同封したようだ。
上質な紙の上に、繊細で美しい文字が並ぶ。
それを見た瞬間、アーヴィングの脳裏になぜだかアナスタシアの白く細い手が浮かび、胸が騒いだ。
アーヴィングへ
昨日は会いに来てくれてありがとう。
来週、王家の直轄領に視察に行くのだけれど、あなたにも一緒に来てもらいたいの。
だから旅の支度をしておいてね
アナスタシアより
「りょ、旅行!?」
アーヴィングは慌てた。
結婚どころか婚約もしていない男女が旅行だなんて。それにアーヴィングは旅などしたことがない。
(なにをどう用意すれば……)
その前に、ラザフォードの家族が許すだろうか。
「浮足立つな。視察と書いてあるだろう。視察団の一行に男がいても不思議はない。それに王女殿下からの命令だ。これはお前の両親が口を挟める問題じゃない」
いつものように不安な気持ち丸出しの顔をするアーヴィングに、イアンが呆れたように口を開いた。
「旅に必要な物は俺が教える。お前は直轄領についての知識を頭に叩き込んでおけ」
「は、はい!」
*
昨日、イアンを連れ帰ったアーヴィングに継母とヴィンセントは激怒した。
『なんでお前ごときに護衛が!?』
特にヴィンセントは謁見すら許されなかった。門前払いを受けた屈辱をすべてアーヴィングにぶつけてきたのだ。
だがどんなに責め立てられても、アナスタシアから結婚を申し込まれたことを自分の口から言っていいのかどうかわからず、アーヴィングは口を閉ざすしかなかった。
しかしイアンはそんなアーヴィングを気にせず二人に言い放ったのだ。
『口を慎んでもらおうか。こいつはアナスタシア王女殿下の想い人だ。そのうち正式に陛下からの宣旨が下るだろう』
『なっ、なんですって!?』
声を上げたのは継母だけで、ヴィンセントは動揺し、声も出せない様子だった。
『でかした!!』
だがそんな二人とは対象的に、父親だけは諸手を挙げて喜んだ。
王族との縁組は貴族の悲願だ。
しかも目立たぬ次男坊に白羽の矢が立つなど夢にも思っていなかったのだろう。
小躍りせんばかりの勢いでアーヴィングの側により、肩を叩いた。
『イアン殿を連れ帰った時はまさかと思ったが……さすが儂の息子だ!!まさか王女殿下の心を射止めるとはな!』
上機嫌な様子の父親に、継母とヴィンセントの表情はどんどん険しくなっていった。
父はそれからすぐに屋敷の中でも見晴らしのいい客間をアーヴィングに使わせるよう使用人に指示し、荷物を運ばせた。
そしてこう言ったのだ。
『明日は職人を呼んで採寸をさせよう。王女殿下の隣に立つとなればそんな格好では失礼だからな!』
失礼とまで言い放ったこの服は、今朝ヴィンセントのクローゼットから持ってこさせた一張羅のはず。
ちらりとヴィンセントを盗み見ると、ぎりぎりと悔しそうに歯噛みする顔が見えた。
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