上 下
14 / 79

14

しおりを挟む




 朝の兄弟の様子から、即座にイアンに手紙を送ったアナスタシアの判断は正しかった。
 アナスタシアの手紙が到着するのと兄弟からの使者が到着するのはほぼ同時であったからだ。
 僅かに勝ったアナスタシアの手紙を読んだイアンは、玄関ホールでアーヴィングを出せとごねる使者をめった打ちにして追い返した。
 アーヴィングが連れ帰った護衛という存在が気に食わなかったラザフォード侯爵家の面々だったが、平然と使者をしめ上げるイアンに怯え、打って変わったように大人しくなった。
 そしてアーヴィングは、目の前で繰り広げられるイアンの鮮やかな技の数々に目を奪われていた。

 「お前宛にだ」

 一通りことが済むと、イアンはアーヴィングに白い便箋を差し出した。
 どうやら急いだアナスタシアが、イアンの封筒の中にアーヴィング宛の手紙を同封したようだ。
 上質な紙の上に、繊細で美しい文字が並ぶ。
 それを見た瞬間、アーヴィングの脳裏になぜだかアナスタシアの白く細い手が浮かび、胸が騒いだ。


 アーヴィングへ

 昨日は会いに来てくれてありがとう。
 来週、王家の直轄領に視察に行くのだけれど、あなたにも一緒に来てもらいたいの。
 だから旅の支度をしておいてね

         アナスタシアより


 「りょ、旅行!?」

 アーヴィングは慌てた。
 結婚どころか婚約もしていない男女が旅行だなんて。それにアーヴィングは旅などしたことがない。
 (なにをどう用意すれば……)
 その前に、ラザフォードの家族が許すだろうか。

 「浮足立つな。視察と書いてあるだろう。視察団の一行に男がいても不思議はない。それに王女殿下からの命令だ。これはお前の両親が口を挟める問題じゃない」

 いつものように不安な気持ち丸出しの顔をするアーヴィングに、イアンが呆れたように口を開いた。

 「旅に必要な物は俺が教える。お前は直轄領についての知識を頭に叩き込んでおけ」

 「は、はい!」


 *


 昨日、イアンを連れ帰ったアーヴィングに継母とヴィンセントは激怒した。
 
 『なんでお前ごときに護衛が!?』

 特にヴィンセントは謁見すら許されなかった。門前払いを受けた屈辱をすべてアーヴィングにぶつけてきたのだ。
 だがどんなに責め立てられても、アナスタシアから結婚を申し込まれたことを自分の口から言っていいのかどうかわからず、アーヴィングは口を閉ざすしかなかった。
 しかしイアンはそんなアーヴィングを気にせず二人に言い放ったのだ。

 『口を慎んでもらおうか。こいつはアナスタシア王女殿下の想い人だ。そのうち正式に陛下からの宣旨が下るだろう』

 『なっ、なんですって!?』
 
 声を上げたのは継母だけで、ヴィンセントは動揺し、声も出せない様子だった。

 『でかした!!』

 だがそんな二人とは対象的に、父親だけは諸手を挙げて喜んだ。
 王族との縁組は貴族の悲願だ。
 しかも目立たぬ次男坊に白羽の矢が立つなど夢にも思っていなかったのだろう。
 小躍りせんばかりの勢いでアーヴィングの側により、肩を叩いた。

 『イアン殿を連れ帰った時はまさかと思ったが……さすが儂の息子だ!!まさか王女殿下の心を射止めるとはな!』

 上機嫌な様子の父親に、継母とヴィンセントの表情はどんどん険しくなっていった。

 父はそれからすぐに屋敷の中でも見晴らしのいい客間をアーヴィングに使わせるよう使用人に指示し、荷物を運ばせた。
 そしてこう言ったのだ。

 『明日は職人を呼んで採寸をさせよう。王女殿下の隣に立つとなればそんな格好では失礼だからな!』

 失礼とまで言い放ったこの服は、今朝ヴィンセントのクローゼットから持ってこさせた一張羅のはず。
 ちらりとヴィンセントを盗み見ると、ぎりぎりと悔しそうに歯噛みする顔が見えた。


 


 


 
しおりを挟む
感想 209

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

【第二部連載中】あなたの愛なんて信じない

風見ゆうみ
恋愛
 シトロフ伯爵家の次女として生まれた私は、三つ年上の姉とはとても仲が良かった。 「ごめんなさい。彼のこと、昔から好きだったの」  大きくなったお腹を撫でながら、私の夫との子供を身ごもったと聞かされるまでは――  魔物との戦いで負傷した夫が、お姉様と戦地を去った時、別チームの後方支援のリーダーだった私は戦地に残った。  命懸けで戦っている間、夫は姉に誘惑され不倫していた。  しかも子供までできていた。 「別れてほしいの」 「アイミー、聞いてくれ。俺はエイミーに嘘をつかれていたんだ。大好きな弟にも軽蔑されて、愛する妻にまで捨てられるなんて可哀想なのは俺だろう? 考え直してくれ」 「絶対に嫌よ。考え直すことなんてできるわけない。お願いです。別れてください。そして、お姉様と生まれてくる子供を大事にしてあげてよ!」 「嫌だ。俺は君を愛してるんだ! エイミーのお腹にいる子は俺の子じゃない! たとえ、俺の子であっても認めない!」  別れを切り出した私に、夫はふざけたことを言い放った。    どんなに愛していると言われても、私はあなたの愛なんて信じない。 ※第二部を開始しています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~

小倉みち
恋愛
 元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。  激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。  貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。  しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。  ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。  ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。  ――そこで見たものは。  ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。 「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」 「ティアナに悪いから」 「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」  そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。  ショックだった。  ずっと信じてきた夫と親友の不貞。  しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。  私さえいなければ。  私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。  ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。  だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

処理中です...