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しおりを挟む「どうかしら……?」
自身が淹れた紅茶の味に対するアーヴィングの感想を、向かい合わせに座り、まるで判決を待つ被告のように上目遣いで待つアナスタシア。
「とても美味しいです……こんなに美味しいお茶をいただくのは初めてです」
それは嘘偽りのない本心だった。
そもそもアーヴィングは茶会に招かれたことがない。おそらく継母がアーヴィングを呼ばないよう手を回したのだろうと思われる。
侯爵家でも侍女はアーヴィングのために働きはしない。だから、淹れたてのお茶を飲むなんて……それも自分のためだけに、こんなに尊い身分の女性が淹れてくれたお茶なんて。
例えどんな味だろうと美味しいに決まっている。
「本当に!?」
アーヴィングの返事に大きな瞳を更に大きくしてアナスタシアは喜ぶ。
そして自身もようやくカップに手をつけた。
「……………………なにこれ……………………」
自分で淹れたお茶を口に含んだ瞬間、まるで地獄の底を覗いてきたかのような表情をしたアナスタシア。
だがそれがなぜなのかアーヴィングにはわからない。だって本当に美味しいから。
「ア、アーヴィング!淹れ直すからそれは飲まないで」
再び立ち上がり、アーヴィングのカップをソーサーごと下げようと手を伸ばすアナスタシア。
しかしアーヴィングはカップの周りを大きな両手で囲うように隠して死守した。
「アーヴィング?」
「お、俺はこれが……これが……!」
──これがいいです。だって、あなたが自分のためだけに淹れてくれたお茶だから
素直な気持ちを言葉にすることはできなかったが、今の自分にできる精一杯の意思表示だった。
「……本当にそれでいいの?」
大きな青い瞳が不安そうにアーヴィングを覗き込むから、何度も何度も頷いた。
座り直したアナスタシアは、てっきり侍女に茶を淹れ直させると思ったのに、時折愉快な顔をしながら自身の淹れたものを飲みきった。
アーヴィングに気を遣ってくれたのかもしれない。
「アーヴィング、甘い物はあまり好きじゃなかった?」
テーブルにはティースタンドや小花柄の可愛らしい皿に、所狭しと菓子が並んでいる。
少しくらい手を付けなければ失礼だろうか。
茶会に呼ばれた経験のないアーヴィングには、どう振る舞うべきなのかがわからない。
それに、これまで菓子などほとんど食べたことがなかった。だから目の前の菓子がどんな味がするのかが想像できなくて、どれを選んだらいいのかもわからない。
「そうね……どれもおすすめなんだけど……そうだわ、ドナ、あれを持ってきて」
ドナと呼ぼれた侍女は小さく返事をすると、給仕用のワゴンに乗っていた箱型の銀の容器から、硝子の器になにかを盛り付けて持ってきた。
雪のように白いそれは、氷菓だった。
「これなら今の時期にぴったりだし、男の人も苦手な甘さじゃないから大丈夫だと思うわ」
アナスタシアも同じものを持ってこさせ、なかなか手を付けようとしないアーヴィングに気を遣ったのか先にスプーンでひとすくいし、口に運んだ。
「んん~!冷たいけど美味しいわ」
くるくると変わるアナスタシアの表情は、とても眩しく、魅力的だった。
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