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フランツ⑬

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 この国では貴族・庶民に関わらず、子どもが三歳を迎える日、ここまで無事に育ったことを祝うのが一般的だ。
 マルセルが三歳を迎える少し前、リゼルから宴をひらくことを聞いた。
 私にも出席してほしいと。
 自分が参加させてもらえるなんて思ってもいなかったから、リゼルの申し出にとても驚いた。
 その日は親族一同が集まるはず。
 そんな中夫として、そしてマルセルの父親として側にいさせてくれるなんて。
 もちろん二つ返事で承諾した。


 けれど、前日に再び殿下から呼び出された。
 しかし明日の宴には間に合うだろう。
 私はいつものように殿下の私室に向かおうとしたが、殿下からよこされた案内役の侍従はいつもと違う方向へ歩いて行く。
 どこに行くのか聞いても、侍従は答えるどころかこちらを振り返りもしない。
 黙って付いていくと、案内されたのは王城横に建つ尖塔だった。
 
 『殿下はこの上でお待ちです』

 入口でそう告げると、侍従は俺を先に行くよう促した。
 薄暗く不気味な螺旋階段を、小さな明り取りの窓の光を頼りに進む。
 たどり着いた先には扉のついた部屋が。
 中に入った瞬間、扉が閉まり、ガチャガチャと重い鍵のかけられる音がした。
 
 ──しまった

 そう思った時は既に遅く、扉の先には誰もいない。侍従が軽快に階段を下りていく音だけが響いていた。
 部屋は長い間使われていないのだろう、家具と呼べるようなものはなにもなく、備品を入れるのに使われる箱が雑多に積まれ、埃をかぶっている。
 まさか、マルセルの祝いの宴が終わるまで、私をここに閉じ込めておくつもりか。

 リゼルは両親を亡くしたあと、目の回るような忙しさに加え、マルセルが生まれてからはつきっきりで世話をしていた。
 もう長いこと王城にも足を運んでいない。
 だがマルセルが三歳になるのを機に、久し振りに陛下たちにマルセルも連れて顔を見せに行くのだと言っていた。
 だから今回の宴に王家の人間は……ダミアン殿下は招かれていない。
 
 ──油断していた

 まさか、こんな手段を使うなんて。
 殿下は今何をしているんだ?
 ただ私を閉じ込めるだけが目的なのか。
 それなら宴に出ることを禁じればいいだけだろうに。
 普段の私なら決して逆らわず、この仕打ちにも従順に従ったはずだ。
 だが今回は明らかに何かが違う。
 殿下は私に対しこんなまどろっこしい手を使う人間じゃない。
 直接上から捻じ伏せるはず。
 なぜならそれが、彼の自我を保つ唯一の方法だから。

 今までに感じたことのない胸騒ぎが襲う。
 もしも、殿下が宴に出席するつもりなのだとしたら?
 邪魔な私がいないほうが都合がいいだろう。
 リゼルの側で夫のように振る舞える。
 だが、リゼルの側にはマルセルがいる。
 
 私に瓜二つのマルセルが──

 まさかの事態が脳裏に浮かび、全身が総毛立つ。
 万が一殺されることになっても構わない。
 ダミアン殿下がこの城にいるということがわかればそれでいい。
 どんな罰も甘んじて受け入れよう。

 私は部屋の中に唯一ある窓に近づき、下を見た。
 窓を割り、飛び降りるのはとても無理だ。
 だが幸いなことにここは騎士団の屯所とも隣接している。
 勤務の交代は一日二回。
 私は根気強く待った。
 仲間が下を通るその時を。

 夜の帳が下りる頃、外から騒がしい声が聞こえてきた。
 暗闇の中目を凝らすと、幸運なことにそこには自分の部下のパウルたちの姿が。
 必死で窓を叩いた。
 これで駄目なら多少騒ぎにはなるだろうが割って叫ぼうと思っていた。
 しかし彼らは気づいてくれたのだ。

 パウルたちはすぐさま塔の階段を上り、大きな錠前のついた扉ごと壊し、私を出してくれた。
 幸いなことに脱出は不可能だと油断したか、それとも私が逆らうはずはないと思っているのか、見張りはいなかったそうだ。

 私はこのことは決して他言しないようにパウルたちに言い聞かせた。
 彼らを巻きこむワケにはいかない。
 しかし彼らはそれでは引かなかった。
 何があったのかまでは聞かないが、せめて自分たちになにかできることはないのか。
 そう言って聞かなかった。
 
 それならと私は一つだけ頼み事をした。
 ダミアン殿下の所在を掴めるかと。
 
 パウルたちは笑顔で頷いてくれたのだった。



 
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