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フランツ⑨

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 リゼル嬢と私の結婚式は、王城ではなくローエンシュタイン公爵城で執り行われた。
 元王弟殿下の愛娘の結婚式。聖堂には錚々たる面々が揃っていた。

 純白の花嫁衣装を纏うリゼル嬢は、まさに真珠そのもののような美しさだった。

 『フランツ・ロイスナー。汝は幸せな時も困難な時も、新婦と共に助け合い、感謝の気持ちを忘れずお互いを思いやり、明るく希望に満ちた家庭を築いていくことを誓いますか?』

 司祭の声が響く。
 
 『誓います』

 唇が、震えた。

 『リゼル・ローエンシュタイン。汝は幸せな時も困難な時も、新郎と共に助け合い、感謝の気持ちを忘れずお互いを思いやり、明るく希望に満ちた家庭を築いていくことを誓いますか?』

 『……っ、はい……』

 同じく震えるような返事がして横を向くと、リゼル嬢の瞳からは一粒の涙が。
 
 ──その涙には、どんな意味があるの

 そう聞けたらどんなにいいだろう。
 けれど、背後から送られる殺気にも似た圧がそれを阻む。
 ダミアン殿下だ。
 まさか、結婚式に彼が出席するなんて思わなかった。
 だがそれもきっと私を見張るためと、牽制するためだろう。
 
 リゼル嬢の顔にかかる白いベールを上げると、そこから現れた潤む青色の瞳の中に、表情のない私の顔が映っていた。
 ダミアン殿下と同じ冬の空のような澄んだ青。
 そっと触れるだけの口づけは、酷く甘く、そして苦かった。

 
 今夜から過ごすために用意された夫婦の寝室。
 きっとそこに、リゼル嬢の姿はないだろうと思っていた。
 “形だけの夫”
 それはおそらく、夫婦の営みについてもそうであれということだと思っていた。
 けれど案内された部屋の奥にある寝台に、リゼル嬢は緊張した面持ちで座っていた。
 膝の上に置かれた手は、夜着を握りしめている。
 彼女は入室した私に気づくと顔を上げ、まるでどうしたらいいのかわからないとでも言うように、心細そうな視線をよこした。

 ──まさか、私に抱かれるつもりなのか

 それは義務だから?それともダミアン殿下への想いを断ち切るため?

 けれど、そんなことどうでもよかった。
 彼女の心の内を深追いしても、結局私にはどうすることもできないのだから。

 黙ったままリゼル嬢の隣に座り、躊躇いがちに抱き寄せると、ダミアン殿下と同じコロンが香った。
 悲しくて、胸が張り裂けそうだった。
 彼ともこんな風に抱き合ったのだろうか。
 そして彼の前にすべてを晒して啼いたのだろうか。
 
 華奢な身体をゆっくりと寝台に横たえると、彼女はまったく抵抗しなかった。
 黙ったまま私の瞳をずっと覗く彼女に、この醜い心の中を見透かされるのが怖くて、逃げるように唇を塞いだ。

 やわらかくて、温かな身体は私のすべてを吸い込んでいった。
 
 首に手を回し、愛らしい声で啼く彼女を私は一晩中、夢中で愛した。
 



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