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回顧①
しおりを挟む十年前。
十八歳のあの日、私は時間が止まったかのような錯覚に見舞われた。
長身で細身なのに、無駄のない筋肉に覆われた完璧な肉体。
そしてこの国ではとても珍しい青みを帯びた艶やかな黒髪。けれどもっと珍しいのはその瞳だ。
紫。
私は、こんなにも美しい瞳の色を知らない。
先の戦争を勝利に導いた男、フランツ・ロイスナー。
彼がその功績を称えられ、国王陛下から叙勲を受けるその日。
体調を崩してしまった父の名代として式典に参加した私は、彼の姿をひと目見て恋に落ちてしまった。
これが悲劇の始まりだ。私じゃなく、彼の。
式典が終わるなり、私は急いで王都の屋敷に帰り、病床の父の元へ駆け込んだ。
そして『彼と結婚したいの!』と、父親に向かって興奮気味にまくしたてた。
時折頷きながら静かに聞いていた父だったが、期待を込めた瞳で待つ私に返ってきた答えは『駄目だ』のひと言だった。
ローエンシュタイン公爵家は、父が初代当主という歴史の浅い家ではあるが、その立ち位置はどの家門より上だ。
なぜなら父はこのラングハイム王国の元第二王子殿下であり、現ラングハイム国王アロイスの弟だからだ。
父は臣籍降下したあと、交通の要衝であり、第二の首都と呼ばれるローエンシュタイン公爵領に城を構えた。そして離れた地から、兄王の御代をしっかりと支えている。
そんな父だが、私に対しては世間で言うところの“親馬鹿”の類に入る優しい父親だった。
それまではたいていのわがままなら許されてきたから、フランツのことだって二つ返事で了承してくれると思っていたのだ。
だが父はいくら娘に甘くても、決して愚かな人ではない。
フランツがいくら戦争の英雄といえど、公爵家を継ぐに値する人物かどうかはまた別問題だ。
もし彼が次期ローエンシュタイン公爵に相応しい人間であったなら、きっと父も首を縦に振ってくれたはず。
しかし何度頼んでもそうはならなかったということは、フランツはなにかしらの理由があって、父のお眼鏡には適わなかったのだろう。
諦めきれない私に父は幾日も時間をかけ、何度も『彼は駄目だ』と私を諭した。
けれど初めての恋に夢中になり、周りが見えなくなっていた私は、ショックで水も食事も喉を通らなくなってしまった。
日一日と痩せていく私。
それを見かねた公爵家お抱えの医師が、“このままでは死んでしまう。許してやってはどうか”と父に進言したことにより、ことは解決に向かう。
娘の命より大切なものはないとようやく諦めた父は、ローエンシュタイン公爵家は一人娘の私が継ぐことを条件に、ロイスナー子爵家へフランツと私の結婚の打診をしたのだった。
数日のうちにロイスナー子爵家から我が家の申し出を承諾する旨の書状が届いた。
この時の私は、彼もこの結婚に乗り気なのだと信じて疑わなかった。
本当に、人生最高の気分だった。
だからすっかり忘れてしまっていたのだ。
我が家の申し出に逆らえる家門が、この国に存在しないことを……
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