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第三章

26 置いてきたの?

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 エクセルは鉱山を落としたあと、第一騎士団と共に王都へ入り、ローラン王城を包囲した。
 あくまで無血開城を望んだエクセルに対し、ローランの王は徹底抗戦の構えを見せた。
 しかし圧倒的な戦力の差を見せつけられ、最後は全面降伏した。
 全面降伏という屈辱的な行為に納得が行かないローラン国王を説得したのは、彼の長男であり、もう一つの未来ではクロエの夫であった第一王子だったという。
 

 **
 

 「……地震かしら……」

 朝方から小刻みに地面が揺れている気がする。
 エレンディールで地震はそんなに珍しいものではないが、こんなに微振動が続くことなんて今まで記憶にない。

 「アマリール様!殿下がお見えになりましたわ」

 同じく朝方からの振動を怖がっていたタミヤの顔が少し安心しているように見える。
 やはり男性が側にいてくれるとこういう時安心できるものだ。きっとルーベルもそのつもりで来てくれたのだろう。
 
 「殿下!」

 心細かったアマリールは、ルーベルの顔を見るなり勢いよく抱きついた。

 「お前にしては珍しく熱烈な歓迎だな」

 ルーベルはアマリールを抱き上げた。

 「殿下、天変地異の前触れかもしれません。微細だけれど、大地がこんなに揺れ続けるなんて普通じゃありません!」

 安全を考え避難せねば……と、大真面目なアマリールだったが、それを見たルーベルはなんだか面白い顔をしている。

 「殿下?どうされたのです。早く皇宮の者たちに指示を……」

 そこで、ついに堪えきれなくなったルーベルは吹き出した。

 「ははははっ!」

 「殿下!なにがおかしいのです!?」

 人が真面目に言っているのに笑うなんてひどい。

 「落ち着けアマリール。これは天変地異なんかじゃない。どちらかと言えば人災に近い」

 「人災?一体どういうことですか殿下?」

 「アドラーが帰って来たんだ。昨夜遅くにな」
 
 「アドラー公子が!?……え、でも第一騎士団の皆様は……」

 確か混乱を収めるためと、治安維持のためにまだローランに駐留しているはず。

 「待ち切れなかったんだろ。一人で帰ってきたらしい」

 「ひ、一人で!?」

 信じられない。いくらローランが全面降伏したからといって、エレンディールに恨みを持つ残党がいないとは限らない。
 徒党を組まれ、襲われでもしたらどうするつもりだったのだ。

 「全部薙ぎ払って帰って来るつもりだったんだろう」

 ではこの揺れは……考えたくない。いや考えてはいけない問題だ。
 クロエ様は無事だろうか。いや、振動が続いている間は無事だということなのだろう。
 触らぬ神に祟りなし。お若い二人の船出だ。ここは平常心を総動員して乗り切ろうとアマリールは心に決めた。

 「……もう、アドラー公子もそんなにクロエ様のことが好きならもっと早くにそうしていればよかったのに……」

 「お前はわかってないな」

 「?」

 「待つ時間が長ければ長いほど人は焦がれるものなんだ。そしてその想いがようやくアドラーの重い腰を上げさせた一因でもある。お前、その様子だと俺の気持ちもわかってないだろ」

 「殿下の気持ち?」

 ルーベルがアマリールを抱いたまま長椅子に座ると、タミヤたち侍女は静かに部屋の外へと出て行った。
 静かな室内に近すぎる距離。透き通る金色の瞳がじっと自分を見つめている。

 「……少しあてられたかもしれない」

 少しだけ目元が赤く、いつもより熱を含んだ優しい眼差しにアマリールの胸がドクンと跳ねる。

 「早く俺に追い付いてくれアマリール……あの二人が羨ましくてたまらない」

 「殿下……」

 珍しく素直なルーベル。近しい人の幸せは、その周りも幸福にしてくれるし、その幸せを自分も享受したいと思わせる。
 大切な姉の幸せなら尚更だろう。

 「私はあまり早く追い付きたくありません」

 アマリールの言葉にルーベルは眉間に皺を寄せる。

 「だって、今とても幸せだから。殿下の側にいればずっと幸せだから、ゆっくり、一秒でも長くその幸せを感じていたいから」

 焦らなくてもその時はくる。
 でも身体を繋げる前の、この待ち遠しくて胸がジリジリするように焦がれる時間はもう二度とやって来ない。
 そしてそんな時期が未来の自分たちの足元をしっかり支えてくれる基盤になる。

 「お前、そんなこと言ってると大変なことになるぞ」

 「大変なこと?」

 「姉上の二の舞いだ」

 「うっ!」

 それはその……この状況が自分にも訪れるっていうことですよね。

 「……そんなにするのですか?」

 確かにルーは激しかった。けれどさすがにここまでではなかった。だがルーと殿下は同じだけど別の人。備えあれば憂いなしだ。

 「ん?俺がなにをするんだ?」

 「!?」

 「教えてくれアマリール。俺がお前になにをそんなにするんだ?」

 (こ、この意地悪天邪鬼……!!)
 
 「知りません!!」

 ぷいっとそっぽを向いたアマリールにルーベルは笑いながら謝った。

 「悪かった。こっちを向けアマリール」

 「いやです!」

 「ほら……」

 大きな手で頬を包まれて、振り向かされた途端唇に柔らかいものが触れた。

 「ありがとう」

 ルーベルの発した言葉に耳を疑う。
 (ありがとう?殿下がありがとう?)

 「全部お前のおかげだ……お前はすごい女だよ」

 「そんな……私はなにも……」

 「お前の存在が、俺たちを導いてくれる」

 それは知っているからだ。未来で起こる悲劇を知っていたからこそできたことで、自分自身にはなんの力もない。

 「私はただ……殿下を幸せにしたいだけです」

 幸せになって欲しい。
 ただその一心でやってきた。

 「そうか。なら俺が幸せになるためには大勢の人間が同じく幸福になる必要があるんだろうな」

 確かにその通りなのかもしれない。クロエ様にアドラー公子、ハニエル様にローザ様……ルーベルを取り巻く一人一人が真に幸せを掴んだその先に、彼の幸せがあるのかも……

 「お前が幸せになるためにはなにが必要だ?」

 「私が幸せになるために……?」

 そんなの考えるまでもない。

 「私が幸せになるためには殿下が幸せになることが必要なのです」

 私の人生に関わった人はすべて彼にも関係している。殿下が幸せになることはその人たちも幸せになること。そしてそれが私の幸福に繋がる。

 「ならお前は幸せになるために自分だけでなく数多の人間の人生を切り開かなければならない。難儀だな」

 そんなことできるだろうか。
 自分一人幸せになることだって難しいのに。
 でも

 「でも殿下が側にいて下さいます。それにさっきも言いましたが、私は殿下が側にいて下されば、それだけでもう幸せなのです」

 「そうか……」

 まだ幼いアマリールの身体がルーベルの広い胸にすっぽりと包まれる。

 「……もっと欲張りになれアマリール。お前が望めばたくさんのものが手に入るだろう」

 「……なにもいりません……殿下がいればそれでいいの……」

 「まったく……」

 けれど彼の声は嬉しそうだった。


 これから少し後、皇女クロエはアドラー公爵家長男エクセルの元へ降嫁した。
 皇宮を出る時の彼女の顔は、これまで見たどの顔よりも美しく気高かったが、なにより幸せに満ち溢れた笑顔だった。
 

 そして時は流れ、アマリールは十五歳の誕生日を迎える。




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