115 / 125
第三章
22 告白③
しおりを挟む俺はそれからしばらく皇宮へ行くのをやめた。会いたくなかった訳じゃない。俺の中での彼女の存在がはっきりと色を変えたからだ。
それからの俺は自分に言い寄って来る女性を選り好みせず片っ端から手を出した。“女”というものを知るために。
『アドラー様……』
俺を見るなり含みのある鼻にかかったような声で近付いて来る女達に身体を開かせるのは簡単だった。
そのほとんどが俺の地位と将来性。そして無駄にいいこの容姿に惹かれた者ばかり。だがその中にほんの一握りだけ、心から俺を恋い慕う者がいた。
そういう子を抱くと必ずと言っていいほど見せる表情がある。そこには俺の顔と子種が狙いの女達のような演技など存在しない。俺に愛されるその瞬間のためならまるで命をも差し出しそうなほどの純粋な想い。彼女達の切ないようで満たされるような眼差しは心を動かされるほどに官能的だった。
愛する男だけに見せる表情。
“こんな表情をあなたは他の男に見せるのか”
そう思った途端身体が、心が、まるで業火に焼かれるようだった。
そんな事は許さない。だってあなたは俺の……俺の……!!
「……その時嫌と言うほど思い知った。自分がどれほどあなたの事を愛しているのかを……」
「エクセル……!」
クロエの声は震えていた。
自分はもうローランへ嫁ぐ覚悟を、他の男に抱かれる覚悟を決めたのだ。それなのにどうして今更。
憎たらしい。なんてずるい男。今すぐその頬を引っ叩いてやりたい。
今まで散々他の女を抱いておいてそれは私を知るためだったなんてどうかしてるとしか思えない。
「行くな。」
エクセルはじりじりと少しずつ歩み寄り、クロエを壁際に追い詰めた。
「そんな事出来る訳ないじゃない!どうして今頃になってそんな事言うのよ!?」
「出来る。あなたが一言俺に言えばいい。“ローランへは行きたくない”と。」
「駄々をこねたら行かなくて済むって?あなた正気?」
「俺がローランを落としてくる。」
あまりに衝撃的な言葉にクロエは大きな目を限界まで見開いた。
「ローランを落とす……?一体何を言ってるのエクセル……」
「陛下が一番好むやり方だ。俺が一言そう言えば喜んでローランへ行かせてくれるだろう。」
「本当にあなたどうかしてるわ!私のわがままのために大勢の人の命を奪うというの!?」
「なるべく血は流さないようにする。女子供には絶対に手は出させない。」
「何言ってるのよ!出来る訳ないわ!!」
「俺なら出来る!」
そしてエクセルはクロエの両手首を掴んで壁に押し付けた。
クロエは逃れようと必死で身動ぎするが、男の力には到底敵わない。
「離して!離してよ!!」
「離さない!あなたをローランになど……他の男になど絶対に渡さない!」
「んっっ………!!」
クロエの唇をエクセルが塞ぐ。
この男にとっては何万回としてきた行為の一つだろうが自分にとっては生まれて初めての事。
これで無理矢理言う事を聞かせようとでも言うのか。クロエは悔しかった。
思い通りになんてなってやるもんか。クロエは思い切りエクセルの唇を噛んだ。
割り込んだ彼の舌を伝って血の味がクロエの口内に広がる。けれどエクセルは唇を離す事はなかった。
怒りにも似た気持ちはやがて胸を握り潰すような切なさに変わり涙が溢れ出した。
力の抜けた身体が膝から崩れ落ちる。エクセルは片手でそれを支え二人で床に座り込んだ。
やがて名残惜しそうにゆっくりと唇を離すとエクセルはクロエの身体を自分の胸に引き寄せ
小声で囁いた。
「……キスしたのは初めてだ……」
「は!?」
思いがけずドスの効いた声が出た。
「嘘ついてんじゃないわよ!!あれだけ取っ替え引っ替え女を抱いておいてキスが初めてですって!?」
しかしエクセルは大真面目だ。そして顔は恥ずかしそうに赤く染まっている。
「……本当なの……?」
クロエの言葉にエクセルは下を向き小さく頷いた。
「何でよ……何でそんな……」
男女の営みについては書物や講義でしか詳しい事は知らないが、キスは恋人同士が初めてする性行為な事くらいは知っている。
なのに……
「出来なかったんだ……唇だけは……。」
何てどうしようもない馬鹿なのだろう。
それなら最初から素直に愛を伝えてくれれば良かったのに。そしたらきっともっと幼い頃に婚約して今頃は夫婦になっていたはず。
しかしエクセルはそれを否定する。
「元々忠実な公爵家にくれてやるほどあなたの価値は低くない。どのみちこれは避けられない事なんだ。だから……だからあなたを手に入れるために俺はこの手でそれ以上の獲物を陛下に捧げなければならない。ローランと言う国を丸ごとだ。」
「そんな……そんな事言えない……」
「言うんだクロエ。」
だからどうしてこんな時に初めて自分の名前を呼んでくれるの。
クロエの顔は泣きじゃくる子供のようにくしゃくしゃに歪む。
「俺が誰よりも強い力を授かって生まれたのはすべてこの時のためだ。必ず生きて戻る。だから言ってくれ。俺のために言ってくれ。」
「私に……皇宮中の女と寝た男を夫にしろと言うの?」
「違う。皇宮中……帝国中の女を抱いても満足出来なかった男をクロエが落としたんだ。自慢していい。」
「ふふっ…ふ……バカじゃないのあなた。」
「俺が馬鹿なのはよく知ってるだろう。」
知ってる。あなたの事なら何でも。
そして誰よりも愛している。
そしてクロエはエクセルの上着を握り締め震える声で言った。
「お願いエクセル……あなたを愛してるの。ローランなんかには行きたくない……!!」
0
お気に入りに追加
2,752
あなたにおすすめの小説
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R18】不埒な聖女は清廉な王太子に抱かれたい
瀬月 ゆな
恋愛
「……参ったな」
二人だけの巡礼の旅がはじまった日の夜、何かの手違いか宿が一部屋しか取れておらずに困った様子を見せる王太子レオナルドの姿を、聖女フランチェスカは笑みを堪えながら眺めていた。
神殿から彼女が命じられたのは「一晩だけ、王太子と部屋を共に過ごすこと」だけだけれど、ずっと胸に秘めていた願いを成就させる絶好の機会だと思ったのだ。
疲れをいやす薬湯だと偽って違法の薬を飲ませ、少年の姿へ変わって行くレオナルドの両手首をベッドに縛りつける。
そして目覚めたレオナルドの前でガウンを脱ぎ捨て、一晩だけの寵が欲しいとお願いするのだけれど――。
☆ムーンライトノベルズ様にて月見酒の集い様主催による「ひとつ屋根の下企画」参加作品となります。
ヒーローが謎の都合の良い薬で肉体年齢だけ五歳ほど若返りますが、実年齢は二十歳のままです。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。
白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【R18】彼の精力が凄すぎて、ついていけません!【完結】
茉莉
恋愛
【R18】*続編も投稿しています。
毎日の生活に疲れ果てていたところ、ある日突然異世界に落ちてしまった律。拾ってくれた魔法使いカミルとの、あんなプレイやこんなプレイで、体が持ちません!
R18描写が過激なので、ご注意ください。最初に注意書きが書いてあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる