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第三章

22 告白③

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 俺はそれからしばらく皇宮へ行くのをやめた。会いたくなかった訳じゃない。俺の中での彼女の存在がはっきりと色を変えたからだ。

 それからの俺は自分に言い寄って来る女性を選り好みせず片っ端から手を出した。“女”というものを知るために。

 『アドラー様……』

 俺を見るなり含みのある鼻にかかったような声で近付いて来る女達に身体を開かせるのは簡単だった。
 そのほとんどが俺の地位と将来性。そして無駄にいいこの容姿に惹かれた者ばかり。だがその中にほんの一握りだけ、心から俺を恋い慕う者がいた。
 そういう子を抱くと必ずと言っていいほど見せる表情がある。そこには俺の顔と子種が狙いの女達のような演技など存在しない。俺に愛されるその瞬間のためならまるで命をも差し出しそうなほどの純粋な想い。彼女達の切ないようで満たされるような眼差しは心を動かされるほどに官能的だった。
 愛する男だけに見せる表情。
 
 “こんな表情をあなたは他の男に見せるのか”

 そう思った途端身体が、心が、まるで業火に焼かれるようだった。
 そんな事は許さない。だってあなたは俺の……俺の……!!

 「……その時嫌と言うほど思い知った。自分がどれほどあなたの事を愛しているのかを……」

 「エクセル……!」

 クロエの声は震えていた。
 自分はもうローランへ嫁ぐ覚悟を、他の男に抱かれる覚悟を決めたのだ。それなのにどうして今更。
 憎たらしい。なんてずるい男。今すぐその頬を引っ叩いてやりたい。
 今まで散々他の女を抱いておいてそれは私を知るためだったなんてどうかしてるとしか思えない。

 「行くな。」

 エクセルはじりじりと少しずつ歩み寄り、クロエを壁際に追い詰めた。

 「そんな事出来る訳ないじゃない!どうして今頃になってそんな事言うのよ!?」

 「出来る。あなたが一言俺に言えばいい。“ローランへは行きたくない”と。」

 「駄々をこねたら行かなくて済むって?あなた正気?」

 「俺がローランを落としてくる。」

 あまりに衝撃的な言葉にクロエは大きな目を限界まで見開いた。

 「ローランを落とす……?一体何を言ってるのエクセル……」

 「陛下が一番好むやり方だ。俺が一言そう言えば喜んでローランへ行かせてくれるだろう。」

 「本当にあなたどうかしてるわ!私のわがままのために大勢の人の命を奪うというの!?」

 「なるべく血は流さないようにする。女子供には絶対に手は出させない。」

 「何言ってるのよ!出来る訳ないわ!!」

 「俺なら出来る!」

 そしてエクセルはクロエの両手首を掴んで壁に押し付けた。
 クロエは逃れようと必死で身動みじろぎするが、男の力には到底敵わない。

 「離して!離してよ!!」

 「離さない!あなたをローランになど……他の男になど絶対に渡さない!」

 「んっっ………!!」

 クロエの唇をエクセルが塞ぐ。
 この男にとっては何万回としてきた行為の一つだろうが自分にとっては生まれて初めての事。
 これで無理矢理言う事を聞かせようとでも言うのか。クロエは悔しかった。
 思い通りになんてなってやるもんか。クロエは思い切りエクセルの唇を噛んだ。
 割り込んだ彼の舌を伝って血の味がクロエの口内に広がる。けれどエクセルは唇を離す事はなかった。
 怒りにも似た気持ちはやがて胸を握り潰すような切なさに変わり涙が溢れ出した。
 力の抜けた身体が膝から崩れ落ちる。エクセルは片手でそれを支え二人で床に座り込んだ。
 やがて名残惜しそうにゆっくりと唇を離すとエクセルはクロエの身体を自分の胸に引き寄せ
小声で囁いた。

 「……キスしたのは初めてだ……」

 「は!?」

 思いがけずドスの効いた声が出た。
 
 「嘘ついてんじゃないわよ!!あれだけ取っ替え引っ替え女を抱いておいてキスが初めてですって!?」

 しかしエクセルは大真面目だ。そして顔は恥ずかしそうに赤く染まっている。

 「……本当なの……?」

 クロエの言葉にエクセルは下を向き小さく頷いた。

 「何でよ……何でそんな……」

 男女の営みについては書物や講義でしか詳しい事は知らないが、キスは恋人同士が初めてする性行為な事くらいは知っている。
 なのに……

 「出来なかったんだ……唇だけは……。」

 何てどうしようもない馬鹿なのだろう。
 それなら最初から素直に愛を伝えてくれれば良かったのに。そしたらきっともっと幼い頃に婚約して今頃は夫婦になっていたはず。
 しかしエクセルはそれを否定する。

 「元々忠実な公爵家にくれてやるほどあなたの価値は低くない。どのみちこれは避けられない事なんだ。だから……だからあなたを手に入れるために俺はこの手でそれ以上の獲物を陛下に捧げなければならない。ローランと言う国を丸ごとだ。」

 「そんな……そんな事言えない……」

 「言うんだクロエ。」

 だからどうしてこんな時に初めて自分の名前を呼んでくれるの。
 クロエの顔は泣きじゃくる子供のようにくしゃくしゃに歪む。

 「俺が誰よりも強い力を授かって生まれたのはすべてこの時のためだ。必ず生きて戻る。だから言ってくれ。俺のために言ってくれ。」

 「私に……皇宮中の女と寝た男を夫にしろと言うの?」

 「違う。皇宮中……帝国中の女を抱いても満足出来なかった男をクロエが落としたんだ。自慢していい。」

 「ふふっ…ふ……バカじゃないのあなた。」

 「俺が馬鹿なのはよく知ってるだろう。」

 知ってる。あなたの事なら何でも。
 そして誰よりも愛している。

 そしてクロエはエクセルの上着を握り締め震える声で言った。


 「お願いエクセル……あなたを愛してるの。ローランなんかには行きたくない……!!」

 
 
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