上 下
94 / 125
第三章

1 四年の歳月

しおりを挟む





 やり直しの人生を始めてから四年の月日が経った。
 初めて会ったあの日以来ずっとハニエル様は私に対し何の興味も示さない。
 何もないに越した事はないのだが、構えていた分何だか肩透かしを食らったような気分だ。
 私は皇宮と侯爵邸を行き来しながら皇太子妃となるための日々を送り、もうすぐ十一歳になる。そして来月は殿下の十六歳の誕生日。成人の儀が取り行われる日がやってくる。


 「また帰るのか?」

 政務が終わって私の部屋にやって来た殿下は、侯爵邸へ帰る準備にいそしむ私にそうボヤいた。

 「はい。殿下の成人の儀に我がクローネ侯爵家から贈らせていただくお祝いの品の確認をしなければなりませんから。」

 「わざわざお前が行かなくてもクローネ卿が完璧に準備するだろう?」

 殿下は今も昔も変わらず一言多い性格のまま成長している。
 
 「駄目です!私だってちゃんと殿下のお祝いに参加したいんです。」

 殿下は“ふん”と溜め息をつく。

 「ただ十六になるだけで別にめでたくも何ともない。」

 (もう……可愛げがないんだから。)
 ルーベルとアマリールの仲は良好だ。
 この四年の月日の中で何度も会話して喧嘩して仲直りをした。
 だからなぜ今彼がこんなにも可愛げのない態度をとるのかもアマリールはよく知っていた。
 アマリールは支度の手を止めルーベルの側へ寄る。

 「殿下……そんなに私が帰るのが淋しいのですか?」

 アマリールの問い掛けにルーベルはふいっと目を逸らす。
 (逃げたわね。)
 そう。彼は自分に都合の悪い質問には全力で逃げるしか手は無いのだ。なぜならあの日私と約束したから。
 “決して嘘はつかない”と。

 「淋しいなら淋しいと言ってくれればいいのに。」

 もともと高かった殿下の背はこの四年で更に伸び、身体つきも少年から大人のものへと変わり始めている。
 (椅子に座っていてくれてよかったわ)
 そしてアマリールは目の前のひねくれ者を小さな身体で抱き締める。
 (……殿下……また逞しくなった……)
 日に日に大人の男性へと変わって行く彼を見ているとどうしてもルーを思い出してしまい、どうしようもないくらいに切なくてたまらなくなる時がある。

 「そんなにきつく抱き締めてどうした……お前の方が淋しいんだろう?」

 悔しいけどその通りだ。
 でも私は殿下とは違ってそれを恥ずかしがったり隠したりしないの。

 「……うん……淋しいです……。」

 私が素直にそう言うといつも彼は満足したように抱き締めてくれる。

 「そうか……。気を付けて行けよ。いつも通りアドラーを付けるから。」

 「……嫌です……。」

 「何でだ。」

 「何で私がそう言うか殿下だって知ってるでしょ?」

 出発前に必ずと言っていいほど情事の残り香をプンプンとさせてくる世界一教育によろしくない男。それがアドラー公子だ。
 誰彼構わず女に手を出す男は嫌われて然るべきだが、彼は不思議なほど憎めない男である。
 それは彼が……相手の心に私欲があろうが無かろうが、一度自分に向けられた愛はもれなくすべて拾い上げ、最終的に煩悩と呼べるものをすべて昇華させて来る見事なお手前だからだ。
 それに彼の忠義は本物で、色々お世話になってきたからこそ恩義も感じている。
 がしかし、たかが十一歳の私を下半身の事情で色々悩ませないでいただきたい。

 「……あいつが一番強い。だから行かせる。」

 アマリールは盛大に溜め息をつく。
 しかしそれも実はルーベルを喜ばせている事をアマリールは知らない。
 アドラーに心惹かれない女などいない。
 それをよく知っているアドラー自身もルーベルの目の前で冗談とはいえ何度もアマリールに甘い言葉を囁いた。
 しかしアマリールはそれに見惚れるどころか歯牙にもかけない。むしろ遠ざけようと自分に懇願してくるのだ。

 「お前の身の安全のためだ。我慢しろ。」


 アマリールからは見えなかったが、ルーベルの顔は優しく微笑んでいた。
 

 

 
 
 
 
 


 

 





 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【完結】堕ちた令嬢

マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ ・ハピエン ※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。 〜ストーリー〜 裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。 素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。 それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯? ◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。 ◇後半やっと彼の目的が分かります。 ◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。 ◇全8話+その後で完結

処理中です...