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第二章
37 仮病人
しおりを挟む皇后陛下のお茶会にはいくつか種類がある。
一つ目は定期的にサロンで開催される文学、哲学、音楽や芸術、更には政治を議論する教養人の集まるもの。
二つ目は殿下のお妃候補を選抜するために上級貴族の娘を集めたもの。
三つ目が今回私が呼ばれたお茶会。題して“エレンディールの将来を担うであろう貴族の若者達の集まり”である。
これは年齢問わず出仕前の子供達が集められるため、なかなか賑やかな集まりだ。
(……確か幼いハニエル様はその賑やかさが嫌で抜け出して……それで迷子になってしまったのよね……)
茂みの側で泣いていた可愛い天使のような子だった。差し出した手を躊躇うことなく取ってくれて、その温かくむにむにとした柔らかい手の感触に思わず私は笑顔になってしまった。
……大切な人だった……。
けれどもう彼には関わらない方がいい。私と出会いさえしなければきっとハニエル様が殿下に嘘を吹き込む事もない。
「……皇后陛下のお誘いを断るのは大変な事だけど、何とかするしかないわね……。」
そして私はお茶会を欠席するための言い訳を必死に考えたのだった。
**
そしてやってきましたお茶会当日。
けれど私は一昨日体調を崩した事にして、マデリーン様には昨日丁寧なお断りの文章と首都で流行りのお菓子などをお贈りさせていただいた。
卑怯な手かもしれないが、やはりこれしか思い付かなかった。
支度がないおかげで思いがけず穏やかな朝を迎えた私は久しぶりに自室でのんびりしようとララにお茶を頼もうとしたのだが……
「……ララ?下が騒がしいけどどうしたの?」
「そ、それが実は……先程皇宮から……あの……ゴニョゴニョ……がいらしたみたいで……」
「皇宮から!?」
一部分が聞き取りづらかったが、“いらした”と言う事はおそらく使者が来たのだろう。昨日の今日で一体何の用事があると言うのか。
(……もしかしてお見舞いの品でも贈って下さったのかしら……。)
事故に遭った時もマデリーン様からは手厚い見舞いの品々をいただいたと聞く。
「私は出られないけどお礼を言っていたと伝えて貰える?」
「そ、それがあの………」
ララが気まずそうにドアの方へ視線を向けた。
「何?どうしたのララ?」
するとララは目を閉じて祈るようにして天を仰いだ。
「お前、母上の誘いを仮病で断るとはいい度胸だな。」
「で、で、で、殿下!!!」
突然姿を現した殿下。いつもの仏頂面でカツカツと靴音を鳴らしながら、レディーの部屋へ遠慮なく入って来る。
「何でここにいるんですか!?」
「仮病人を迎えに来てやったんだ。どうだ、目の覚めるような体験が出来て幸せだろう?」
「はあ!?」
殿下はドサッと私のベッドの上に腰を下ろし、部屋の中を見回している。
「ちょ、ちょっと、女の子の部屋をそんなにジロジロ見ないで下さいよ……!」
「安心しろ。ここよりは豪奢な作りだ。」
「は?何がですか?」
「お前が暮らす部屋だ。」
「はぁ!?」
「今日まで待たされてさぞ淋しかった事だろう。だが安心しろ。今夜からは毎日俺の顔が見れるぞ。」
「何…何言ってるんですか?」
この人……私に腹が立ちすぎてついに頭がおかしくなったのかしら。
しかし訝しげな顔の私に構わず殿下は続ける。
「今日の茶会の後に案内する。感謝しろよ?俺が内装を決めてやったんだから。」
「そ、そんな事いきなり言われても無理です!!用意もしてないし……お父様だって……!!」
「クローネ卿からはとても色よい返事を貰ったよ。そうだよね?クローネ卿?」
するといつの間にか扉の側には父の姿。
(……涙目だわ……)
きっと真綿で首を締めるような優しい恫喝にあったに違いない。
「残念だがもうあまり時間がない。言いたい事はたくさんあるだろうがそれは馬車の中でしよう。」
今まで見たこともないような品の良い笑顔が私の首を縦に振らせたのだった…。
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