23 / 125
第一章
22 逢いたい人
しおりを挟む彼は昼間は比較的穏やかだった。
だけどいつの間にか嗜むようになっていたお酒を飲んだ時と、夜の閨の中で豹変した。
「ねぇ…どこでそんな事覚えたの?」
そして今夜も尋問が始まる。
「そんな誘うような顔して自分から腰を振って…はしたないねアマリール…!!」
そんな事してないのに。
求めてくれたから、それに精一杯答えたいと思っただけなのに。
なのに今日も彼は私を打つ。僅かに残る矜持と理性が暴力の手前の力加減に彼を抑えてくれているのだろう。けれど女の柔肌が男の力で毎日打たれて平気なはずはない。日を増す毎に表情が無くなっていく私と青紫色の頬。最初は心配してくれていた使用人達も主の狂気に気付いたのか今では何も言わなくなった。
「ねぇアマリール…わかるだろう?僕だって苦しいんだ…。これも全て君を愛してるからなんだよ?」
ギリギリとゆっくり絞め上げられた首に声も出ない。舌が浮き、潰された蛙のような声が漏れる。
「…あぁ凄い…こうされるのが好きなの?こんなに僕を締め付けて…いやらしいねアマリール。」
「…ぁ゛……ぅ゛………」
酸素が足りなくなった頭がぼうっとして、悲しくもないのに涙が頬を滑り落ちる。いっそこのまま殺してくれたらいいのに。そんな風に思えるほど私の心は少しずつ死んで行った。
***
「……様……アマリール様?」
いつから名前を呼ばれていたのか。気付けばバルコニーで海を眺めていた私の側に侍女が立っていた。初めて見る顔だ。
「お茶をお持ちしました。」
侍女がチラリと目線を下にやった。
おそらくこの首の痣でも見たのだろう。
「…ありがとう。そこに置いて下さい。」
今日はハニエル様はご実家に用があると行って朝から出掛けられた。私をこの部屋に閉じ込めて。
【君のためなんだ。わかってくれるよね。】
いつの間に取り付けたのだろう。彼はそう微笑んで扉の外から鍵を掛けた。
この部屋でただ彼に抱かれて、傷つけられて生きる日々。どうしてこんな事になってしまったのだろう。私はただ愛されたかっただけ…。だから愛をくれる人についてきただけなのに。
差し出された手を取れば幸せになれると思って握り返すとそれは遠ざかって行く。
侍女が用意した紅茶の横に、苺の盛られた皿があった。何故だろう…いつもは焼き菓子なのに。
可愛らしい小振りの果実を一粒摘まんで噛ると、甘い香りそのままの味が口に広がる。殿下の宮で食べた時はまだ酸味の多い時期だった。
殿下……。
私はどうすれば良かったのだろう。
殿下の手を取れば幸せになれた?
…ううん、それはきっと違う。
ただ黙って手を取るだけじゃきっと駄目なんだ。だって彼らはきっとわかってる。そこに私の愛が無い事を。
ハニエル様は何も悪くない。ハニエル様の愛に彼を愛してもいないくせに答えた私がいけないんだ。
殿下だってきっと私の考えている事くらい見抜いていただろう。だから…だから自分を真実愛してくれるローザ様に……。
「アマリール様!?」
侍女は驚き声を上げた。
いきなり私の顔がぐしゃぐしゃと醜い皺を作ったからだ。さぞかし見苦しいのだろうが本当に見苦しいのは顔じゃない、私だ。誰かに頼らないと生きていけない私自身の弱い心だ。
涙は次から次へと溢れ出る。
「…ルー………!!」
愛でもない。恋とも違う。
けれど逢いたかった。私とは違う、強い強い心を持ったあの人に。
「アマリール様、どうかお心を強くお持ち下さい…!大丈夫、もう大丈夫です…!」
一体何が大丈夫だと言うのだろう。
明日の夜にはまた無理矢理抱かれて殴られて、最後に首を絞められるのだ。【全部君のせいだ】と。
永遠に明日が来なければいいのに。
穏やかな海に夕日が全て飲み込まれた後も、私はその場から動く事が出来なかった。
0
お気に入りに追加
2,752
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】堕ちた令嬢
マー子
恋愛
・R18・無理矢理?・監禁×孕ませ
・ハピエン
※レイプや陵辱などの表現があります!苦手な方は御遠慮下さい。
〜ストーリー〜
裕福ではないが、父と母と私の三人平凡で幸せな日々を過ごしていた。
素敵な婚約者もいて、学園を卒業したらすぐに結婚するはずだった。
それなのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう⋯?
◇人物の表現が『彼』『彼女』『ヤツ』などで、殆ど名前が出てきません。なるべく表現する人は統一してますが、途中分からなくても多分コイツだろう?と温かい目で見守って下さい。
◇後半やっと彼の目的が分かります。
◇切ないけれど、ハッピーエンドを目指しました。
◇全8話+その後で完結
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる
一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。
そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる