32 / 71
32
しおりを挟む休まず馬を走らせ、ようやく宿場に辿り着いた時にはもう夜中だった。
宿屋の入り口は既に施錠されており、明かりも消えている。
(ルツィエルは到着しているのだろうか)
敵が帝都付近で暗殺に及ぶとは考えにくい。
狙われるとしたら宿屋か、人気のない街道だろう。
(万が一姿を消した奴らが追手だとしたらまずいな)
コートニー侯爵家の騎士は精鋭揃いだが、私の私兵にはおそらく及ばない。
ラデクを始め、この隊に属するものには騎士道などという概念は捨てるよう言ってある。
例え汚い手を使おうとも、生き残ることがすべて。
だから自ずと戦い方も変わってくる。
私は部下を呼び、近くに停めてあるはずの馬車を確認するよう急がせた。
この宿は安全面においては宿場の中でもかなり信頼が置ける。
しかし万が一敵が善人を装い、客として潜伏していたとしたら、その安全性は逆手に取られてしまう。
入り口の扉に付けられた叩き金を鳴らすも、中からは返事がない。
(仕方ないな)
剣の刃先を扉と鍵の間に差し込み、無理矢理破壊する。
鍵が落下するのと同時に、馬車の確認に行かせた部下が戻ってきた。
「殿下、やはりコートニー侯爵家の馬車が停まっていました」
「そうか、確認のため中に入るぞ。中の構造は理解してるな?二人一組で動け」
宿屋の中に足を踏み入れる。
中は奇妙なほどに静まり返っていて、気を付けていないと歩を進めるたびにギシギシと床が鳴る音が響く。
(おかしい)
確かに夜中ではあるが、この時間ならまだ店主は仕事をしているはず。
私はラデクと共に宿屋の中を進んだ。
曲がり角に差し掛かり、僅かに顔を出してその先を見る。
すると奥の角部屋に、黒装束の男が二人立っていた。
彼らの足元には、コートニー侯爵家の制服を着た騎士が、血を流し倒れている。
そして一人は今まさにドアノブに手を掛け、中に入ろうとしていた。
黒装束の男たちを見たラデクが、驚いたように口を開いた。
「あれは……間違いない、離反した奴らです!」
「ならあそこにルツィエルがいるのは間違いないな。ラデク、外の奴は頼んだぞ。できれば生かしてすべて吐かせろ」
言い終わる前に、私は走り出していた。
扉の前の男は、突然現れた同じ黒装束の私たちを見て、仲間かと思ったのだろう。
対応が遅れた男は大きく後ずさった。
ラデクが男と対峙している隙に部屋の中に入ると、男が床に座り込むルツィエルに向かって、今まさに抜き身の剣を振り上げようとしているところだった。
「いや……いやだ……エミル殿下……!!」
久し振りに聞いた声が、まさか自分に助けを求め、名前を呼ぶものだなんて。
その瞬間私は、自分でも恐ろしいほど正確に、男の心臓を貫いていた。
男が絶命し、床に崩れ落ちると、その先にはずっと会いたかったルツィエルの姿が。
窓から漏れる月の光を浴び、大きな瞳を涙で濡らした姿に胸が張り裂けそうになった。
今すぐ抱き締めて、真実をすべて話して聞かせてやりたい。
きっと声を上げて泣くだろう。
だから涙が止まるまで、目元に、頬に、唇に、何度も何度も口づけて慰めたい。
「ル──」
思わず名前を呼びそうになったが、僅かに残る理性が頭の中でガンガンと警鐘を鳴らした。
──妖精は人殺しなんてしない
(そうだった……私は妖精)
それなのに、目の前で思いっきり殺ってしまった。
しかもルツィエルは両腕で自身の身体を抱き、私を見上げながらぷるぷると震えているではないか。
(ものすごく怖がられている)
これはまずい。
私は抱き締めたくなる衝動を必死で抑え、平静を装いながら剣に付いた血を払った。
26
お気に入りに追加
3,444
あなたにおすすめの小説
「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
業腹
ごろごろみかん。
恋愛
夫に蔑ろにされていた妻、テレスティアはある日夜会で突然の爆発事故に巻き込まれる。唯一頼れるはずの夫はそんな時でさえテレスティアを置いて、自分の大切な主君の元に向かってしまった。
置いていかれたテレスティアはそのまま階段から落ちてしまい、頭をうってしまう。テレスティアはそのまま意識を失いーーー
気がつくと自室のベッドの上だった。
先程のことは夢ではない。実際あったことだと感じたテレスティアはそうそうに夫への見切りをつけた
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する
cyaru
恋愛
幼い頃から仲睦まじいと言われてきた侯爵令息クラウドと侯爵令嬢のセレティア。
18歳となりそろそろ婚約かと思われていたが、長引く隣国との戦争に少年兵士としてクラウドが徴兵されてしまった。
帰りを待ち続けるが、22歳になったある日クラウドの戦死が告げられた。
泣き崩れるセレティアだったが、ほどなくして戦争が終わる。敗戦したのである。
戦勝国の国王は好色王としても有名で王女を差し出せと通達があったが王女は逃げた所を衛兵に斬り殺されてしまう。仕方なく高位貴族の令嬢があてがわれる事になったが次々に純潔を婚約者や、急遽婚約者を立ててしまう他の貴族たち。選ばれてしまったセレティアは貢物として隣国へ送られた。
奴隷のような扱いを受けるのだろうと思っていたが、豪華な部屋に通され、好色王と言われた王には一途に愛する王妃がいた。
セレティアは武功を挙げた将兵に下賜されるために呼ばれたのだった。
そしてその将兵は‥‥。
※作品の都合上、うわぁと思うような残酷なシーンがございます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※頑張って更新します。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる