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第4話

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 ──騎士たちと関係改善を図る
 そう心に決めたエミリアンは、数日おきに第三騎士団を訪れるようになった。

 初日に感じたように、騎士団内はとても環境がよく、アベルたちに聞いてもこれといった問題点はなかった。
 これまでの無関心の罪滅ぼしに、設備の増強や装備品の支給なども考えていたのだが、現状それは必要ないと言われる始末。

 「殿下!」
 「エミリアン殿下!」

 廊下を歩くエミリアンを見つけると、その都度団員たちは訓練を止め、礼を取る。
 嬉しいことなのだが、訪問のたびに邪魔をしているようでなんだか気が引ける。

 「殿下、お待ちしておりました」

 「あ、エドモンさん。こんにちは」

 「何度も申し上げておりますが、どうぞ“エドモン”と呼び捨ててください」

 呼び捨てたくても凄まじい肉柱オーラがそうさせてくれないのだ、とは口が裂けても言えない。

 「あ、そうだ!ちゃんと続けてますよ、筋トレ」

 「それは素晴らしい。もう少し慣れたら次のメニューに入りましょう」

 初日に筋肉を褒め称えたことがきっかけで、今ではすっかり打ち解けたエドモン。
 三十代の彼は平民出身で、城下町に妻子と暮らす家がある。第三騎士団でも数少ない通い組だ。
 騎士団の訓練に参加したいというエミリアンの指南役を買って出てくれたのはいいのだが、彼が教えたかったのは剣術ではなかった。
 あれは訓練初日のことだ。

 『いいですかエミリアン殿下。まずは筋トレです。一に筋トレ二に筋トレ、三、四も筋トレ五に筋トレです』

 『あのそれ……ちょっと違うんじゃないでしょうか……』

 (確か“三、四はなくて”のはずだよな……って、問題はそこじゃないけど)
 思わず自分自身にも突っ込んでしまった。

 『いいえ。まずはなにをおいても筋肉です。筋肉は万能です。筋肉さえつけておけば間違いなし。病弱な我が子も筋肉のお陰で健康になりました』

 言葉だけ聞いていると、筋肉至上主義者のように聞こえるが、彼が筋肉を崇拝するのは理由があった。
 エドモンは早婚だったそうで、エミリアンと歳の変わらない息子がいるのだとか。
 
 『標準よりも小さく、とても身体の弱い子で……しょっちゅう病気をしていました』

 もしかしたらエドモンには、青白くひょろひょろとしたエミリアンが、昔病弱だったという息子と重なって見えたのかもしれない。
 その日は厳しい訓練を想像していたのだが、意外にも手軽に始められる筋トレのメニューだった。
 本当にこれで身体を鍛えることができるのかと疑問だったが、翌日軽く悲鳴をあげた筋肉に、エドモンの指導力を実感した。
 最初の二、三日こそ筋肉痛に苦しんだが、それからは身体が軽くなったというか、とにかく体調が良い。そして夜もぐっすり眠れるのだ。
 そのことを報告するとエドモンはとても喜んで、今また新たな筋トレメニューをあれこれと考えてくれているらしい。
 
 「そうだ、エドモンさんは第三騎士団内の改善点や、こうして欲しいなどの要望はありませんか?」

 「ありませんね」

 気持ちがいいくらいの即答が返ってきた。

 「どうかそう言わず。些細なことでも構わないので……!」

 「騎士にとって欠かせないのは肉体作りと訓練。次に剣などの装備品とそれらの手入れですが、必要なものは団長がすべて揃えてくださってますから」

 「そうですか……でも、なにかあればすぐ教えてくださいね」

 
 *
 
 
 今日の訪問でエミリアンは、第三騎士団のために自分ができることは現状なにもないのだということを痛感させられた。

 「……すまないね、フランクール団長」

 帰り道、途中から団内の視察に付き合ってくれたアベルに謝罪すると、彼は僅かに目を見張った。
 初日のように胡乱な目を向けられることはなくなったが、その代わりというか、エミリアンがなにか言葉を発するたびに、驚いたような視線が返ってくる。
 
 「なぜ謝られるのですか」

 「それは……あなたが私の無関心にも腐らずに、団員たちを導いてくれていたからです。これまで大変な迷惑をかけてしまいました」

 「我ら第三騎士団の存在意義は、殿下に誠心誠意尽くすことにあります。謝られる必要はございません」

 文字通り、エミリアンと運命を共にするのが第三騎士団だ。
 そもそもエミリアンの存在がなければ、彼らが王子直属の騎士という立場に成り上がることもなかった。
 感謝されることはあっても、することはない。理屈はわかる。
 
 「それでも皆、夢があるでしょう」

 王子の騎士となったなら、主が王になる日を必ず一度は夢見るはず。
 それなのに肝心の主がエミリアンでは、夢すら見ることができなかっただろう。
 こんな風に騎士団のことを思いやったことなど、これまでの人生で一度もなかった。
 ただ生き残る事に必死で、自分のことしか考えられなかった。
 そのことが今はひどく悔やまれる。

 「おい!謝れよ」

 「ぶつかってきたのはそっちの方だろ!?」

 出入り口に差し掛かった時だった。
 少し先の方で上がった声に視線を向けると、そこには第三騎士団の制服を着た青年が、青色の騎士服の男二人と言い争いをしていた。
 (青……ディオン兄上の騎士か)
 青色は、エミリアンの実の兄、第二王子直属の騎士団の色だ。
 男たちのやり取りに耳を澄ますと、どうやら青年の肩がぶつかったとかで、男二人が謝罪を求めているようだ。
 しかし通路は人が行き交うのに十分な幅がある。ここで肩がぶつかるなんて、よほど混雑をしているか、わざとでなければ有り得ない。
 (言いがかりか)
 男たちは青年を馬鹿にするような下卑た笑いを浮かべていた。
 エミリアンは、男たちの蔑むような口調や表情に見覚えがあった。
 彼らの主である実兄ディオンが、よくああやって周りの者に接しているのだ。
 それは時に弟であるエミリアンにさえ。
 絡まれた青年は突如因縁をつけられたにもかかわらず、冷静に対処している。
 内心やり返したい気持ちはあるはずだ。しかしそういった感情のコントロールも、アベルたち上官からきちんと仕込まれているのだろう。
 これは自分のせいだ。
 王子から関心を得られなかったこれまでの第三騎士団は、他の騎士団から蔑まれ、おそらく何度もこういった事態に遭遇したはず。
 エミリアンが長い間第三騎士団を放置してきたせいで、辛酸を舐めた者がどれほどいるか。
 それはきっとアベルも。

 「殿下、見苦しいものをお見せしました。ここは私が収めますので──」

 「いえ、私が行きます。フランクール団長はどうか口を出さないでいてください」

 「しかし……!」

 「おねがいします」

 ここでアベルが出れば、団長間の問題に発展してしまう。
 最悪の場合、ディオンからアベルが叱責されるかも。
 この状況では自分が前に出るのが最善なのだ。
 エミリアンは竦む足を心の中で叱咤する。
 (これしきのことで怯んでいるようじゃ、騎士たちの信頼なんて取り戻せない)
 これは誰の騎士団だ。自分だ。
 それなら自分が守らなければ。

 「き、君たち!ここでなにをしているんだ!」

 
 
 
 
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