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第二章

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    エストリアから来ていた王族は、第三王子のサシャ殿下と聞かされた。
    扉を開けて初めてその姿を見た瞬間、びっくりして何も言えなくなってしまった。

    だってだってだって!
    すっごく綺麗だったの!

    でもサシャ殿下は私の反応に少し困ったような顔をする。

    「ごめんね…不愉快だったかな?これは生まれつきで仕方なくて……。」

    申し訳なさそうに謝る殿下に正気に戻る。

    「ち、違うんです!!あなたがあんまり綺麗だからびっくりしてしまって……うわぁ…近くで見るともっともっと綺麗……」

    青みがかった薄いグレーの瞳は硝子玉がはめ込まれているように透き通っていて美しい。

    「…気持ち悪く無いの?こんな色無しの僕が……」

    サシャ殿下は生まれつき色素の足りない身体だった。肌は雪のように白く髪も白髪。

    「うわぁ…まつ毛も白くて長いわ。なんて綺麗なの!!」

    綺麗綺麗とはしゃぐ私をサシャ殿下は驚きの表情で口を開けて見ていた。

    急用が出来てしまったお父様が去り際に要点だけ説明してくれたが、サシャ殿下はこの症状のせいで奇異の目で見られ、色々傷付く事があったらしい。幸いと言うべきなのか第三王子であったため、あまり表に出る事なく王宮の奥で静かに暮らしてらっしゃるのだそう。

    「この病気のせいなのか、目が良くなくてね。今回は魔道具での視力矯正の相談に来たんだ。」

    「そうなのですね。あ!私ったら挨拶もせずにすみません。今さらですけど初めましてサシャ殿下。第一王女のエルフィリアです。」

    「サシャでいいよ。私もエルフィリアと呼んでいい?」

    敬称無しは親しい間柄の証拠だ。
    でも不思議とサシャ殿下は嫌な感じがしない。

    「ええ。よろしくお願いします、サシャ様。」

    サシャ殿下は照れ臭そうに微笑んだ。




             ************




    昼間の事があったからさすがに帰国しただろうと思っていたが、ギャレットはまだグレンドールへ居座っているという。
    あの黒髪は確かにこの大陸では見ない髪色だ。黒に近い茶色の髪ならいるが、彼の持つ黒は漆黒。何も混ざらないそれはとても珍しい。
    だとするとギャレットはシャグランの民の血を引いていると言う事なのだろうか。以前アンリ様の幼少期を夢で見た時にギャレットの侍女達がしていた噂話。


    【ギャレット様が本当は母君のカテリーナ様の不義の子だっていうあの噂?】

    【そうそう!だって髪の色が黒なのはおかしいわよ!カテリーナ様は祖先に黒髪がいたせいだって言ってるらしいけど…。】


    真実を知るにはやはりアンリ様の力が必要だ。
    私…何から何までアンリ様に頼ってばかり。
    それなのにあんな風に逃げて……。
    逢いたいのに逢いたくない。
    彼の目に今私はどう映っているんだろう。
    勝手な子だと思ってるかもしれない。
    わがままな子だとも。

    「…嫌われちゃったらどうしよう…。」

    人を好きになると世界が変わる。
    輝いたり、嵐がきたり、土砂降りの雨の中に立ったりして忙しい。
    でも…苦しいのはいつも、アンリ様に本当の気持ちを言えない時だ。
    どうしてあんなに悲しかったのだろう。
    アンリ様がファルサと愛し合ったから?
    確かにそう。でもそれだけじゃない。

    …アンリ様が私以外の女性に触れたのが嫌だったんだ。

    ファルサだけじゃない。私以外の誰にも触れて欲しくない。不思議だ。好きになるって…その人のすべてを自分だけのものにしたくなるんだ。そんな事いけないのに。アンリ様は誰のものでもない。アンリ様自身のものなのに。
    こんな気持ち…一体どうやって打ち明けろって言うの……?
    でも時計の針はどんどん進んで行ってしまう。早くしなきゃ。アンリ様が苦しんでるかもしれないのに。

    「ぶにゃっ!」
    「ぶにゃにゃっ!!」

    その時、おでぶちゃん二匹が私の太股にモフッと前足を乗せグリグリした。まるで“早く行けにゃ”と言うように。

    「会いたいけど…怖いのよ。」

    すると二匹はフンフン言いながら私の身体によじ登るようにしがみついた。

    「……もしかして、ついて来てくれるの?」

     “おうよ!”とでも言いそうな男前な顔で私を見ている。
    アンリ様も連れて来ていいと言ってくれていた。

    「ありがと。すっごく心強いよ。」


    私は二匹をきゅっと抱き締め転移の魔法を詠唱した。







    「ぶ、ぶにゃん!!」
    「ぶにゃにゃん!!」

    いつもより重みがある分ベッドに落ちると派手に跳ねた。
    目の前には驚いて後ずさったのだろうアンリ様。
    (……すこし顔色が悪いわ……)
    早く来なかった事にズキリと胸が痛んだ。

    「…エルフィリア…お帰り。」

    いつもの優しそうな笑顔だけど、ほんの少し淋しそうなのは気のせいじゃない。私のせいだ。

    「ぶにゃっ!」
    「ぶにゃにゃっ!!」

    “早く行けよ”と二匹が私の背をぐいぐいと頭で押してくる。

    でもアンリ様の顔を見たら何も言えなくなってしまった。申し訳なくて、悲しくて、色んな気持ちが色んな角度から私を責めている。

    「おいでエルフィリア。」

    アンリ様は両手を開いて差し出す。
    きっと無理矢理じゃなく、私の気持ちが追い付くのを待ってくれてるんだ。
    それでも身体は動いてくれない。
    なんでこんな時だけこんなに強情になってしまうんだろう。素直に飛び込めばいいのに。こんなに大好きなのに。それなのに涙は次から次へと溢れて止まらない。私は一体どうしちゃったのだろう。こんな変なの私じゃない。

    いつまでたってもその場から動けない私をアンリ様はそっと、少しずつ少しずつ自分に引き寄せた。



    


    
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