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第一章

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    父の部屋の前へ着くといつも父の側にいる護衛の騎士達が慌てた。

    「姫様っ!!どこへ行ってらしたんですか!?陛下の機嫌が悪くて悪くて…って、そちらの方は?」

    護衛はアンリ様を不思議そうに見ている。

    「この方は私の大切な方なの。お父様に大事な話があるから中に入れてくれる?」

    護衛がヒュッと息を飲む。目は驚きでなのか限界まで開いていて怖い。レニーといいこの護衛といい、その反応は一体何なのだ。

    「まずい…まずいですよ姫様!!このタイミングでお相手の方を連れてくるなんて!!」

    「何がまずいの?お父様が怒ってるなら尚更早く話した方が良いでしょ?」

    「いや……姫様「何事だ!!」

    扉の奥からお父様の声がする。
    声の様子からしてかなりお怒りでいらっしゃる。まずい。護衛の言う通りかもしれない。

    「開けていただけますか?訳あって今は名を明かす事ができませんが、私は決して怪しい者ではありません。」

    アンリ様は丁寧な口調で護衛に話し掛ける。

    「アンリ様…やっぱり止めたほうが良いかも……。」

    「大丈夫だよエルフィリア。ちゃんと話せばわかって貰えるはず。私達の未来のためにもきちんとしないと。」

    「アンリ様……。」


    この時、護衛達は盛大に勘違いしていた。
    幼い頃より見守ってきた可愛い可愛い姫様が、一晩姿を消して朝帰りならぬ昼帰りをした挙げ句相手の男を連れて帰ってきた。しかも相手は正装だ。そしてなどと言っている。間違いない。結婚の許しを貰いに来たに違いない。そして二人は昨夜………

    「姫様ぁぁぁぁぁ~~~!!!」

    何!?何なの!?
    護衛達は何故だか悔しそうに涙を流し始めた。

    「我らは…我らは何があっても姫様の味方です!……っ、でもやっぱりまだ我らの可愛い姫様でいて欲しかったぁぁぁ~~!!!」

    大の大人がえぐえぐとむせび泣く。
    何だかよくわからないがとりあえず私を大切に思ってくれている事はわかった。しかし今は他国の王子様の前だ。これ以上の奇行は止めて貰いたい。


    「一体何をやっておる!!」

    その時だった。痺れを切らしたお父様が勢いよく扉を開け、アンリ様を見付けた途端やっぱり目を見開いて絶句した……。




                ************





    「突然の訪問をどうかお許し下さい。私はローゼンガルドの第一王子。アンリ・シャルディン・ド・ローゼンガルドと申します。」

    アンリ様を見た瞬間、お父様は彼が誰なのか何となく予想していたのだろう。その証拠に彼の身分を聞いてもお父様は眉一つ動かさなかった。

    「…今朝は心配かけて本当にごめんなさい。あのね、お父様……」

    言いかけた私をアンリ様が止めた。
    彼は首を横に振り、私と少し見つめ合った後お父様に向かって口を開いた。

    「エルフィリア姫と私は昨夜からずっと一緒にいました。無断で外泊させてしまった事は本当に申し訳ありません。全て私の責任です。」

    「そんな…!ダメよアンリ様!私がアンリ様の所に自分から行ったのよ?アンリ様には何の責任もないわ!」

    「それは違うよエルフィリア。あなたに帰って欲しくなくていつまでも起こさなかった私が悪い。お父上に信用してもらうためにもちゃんと本当の事を話さないと。」

    私達のやり取りにお父様は目を閉じたまま天を仰ぎ、薄く開いた入り口の向こうからは『ぐうぅぅぅぅ!!!』と先ほどの護衛達が何かを堪え泣くような声がする。
    何なのよ皆!?私がうっかり寝落ちした話をしてるだけでしょ!?
    これから始まる大切な話のために鼻息荒く入り口の扉を閉めた。“聞き耳禁止よ!”と付け加えて。

    そして私は以前予知夢だと説明した父に覚悟を決めて本当の事を話すことにした。私が未来で死んで、戻って来たのだという事実を。


    「お父様、そういう訳で私が転移魔法でローゼンガルドへ行けたという事がどういう意味かわかるでしょう?今の私はローゼンガルドへ行った事が一度も無いわ。でも行けたの。アンリ様の所へ。未来の私の記憶の通り念じたら。」

    お父様はまだ目を閉じて黙っている。

    「彼女の話は本当です。その証拠になるかどうかはわかりませんが、今のローゼンガルドで起こっている全てをこれからお話します。」
   
    

    最初は真っ直ぐに自分を見て話すアンリ様から視線を逸らしていたお父様だったが、話が進むにつれ真剣な面持ちで向き合うようになっていた。


    「…まさかローゼンガルドが十二年も前からそんな事になっていたとは……。」

    「…全て私の責任です…。私の身勝手で大勢の人を巻き込んでしまった。そして未来でも…」

    …まだアンリ様は自分のせいだと思ってる。
    そうじゃないのに。アンリ様は何も悪くないのに。一体どうしたら有りもしない責任から解放されてくれるんだろう。

    「アンリ殿、今神殿の動きはどうなっているのだね?」

    「…私が泣いて縋るのを待っているのか、それとも瀕死の状態に陥った所へ無理矢理踏み込みファルサに救わせるか…機を見ているといったところでしょうか…。」

    「しかしエルフィリアによってその機が訪れない事を知られれば娘はどうなる?」

    アンリ様は表情を硬くする。

    「貴殿は娘を守り切れるのか」

    アンリ様は膝に置いた手に力を込める。
    
    「…それは…「やめてよお父様!!」

    お父様とアンリ様が驚いた顔で私を見る。

    「何で一番最初にアンリ様を責めるの!?アンリ様だって自分の人生を奪われてしまった犠牲者なのよ!」

    それに…私は自分の身を守りたくてアンリ様に会いに行ったんじゃない。

    「お父様、私が未来で見てきた事聞いたでしょ!?たとえ今アンリ様と関わる事を止めたからって何になるの?未来の私は連れ去られるまでアンリ様の事知らなかったのよ?」

    たとえ関わりを断ったとしてもこのままじゃ同じ未来がいつか必ずやってくる。

    「“正しき心で力を使え”って私に教えたのはお父様でしょ!?だから目の前で苦しむアンリ様に力を使うの。これは正しくない事なの?」

    父は固く口を閉じたまま私を見る。

    「未来のアンリ様は今よりもっとひどい身体だったわ…。それでも何とか私を救おうとしてくれていたのよ。その時の私は気づけなかったけど………。」

    でもアンリ様は諦めずに何度も何度も根気強く語りかけてくれた。

    「グレンドールが滅ぼされたのもアンリ様のせいじゃない。私達の国も変わらなければならないのよ。この力を隠すんじゃない。この力で守るの。自分達の国だもの。
    だから私はその方法を探す。そしてこれからもアンリ様の元へ飛ぶわ。たとえ国を追い出されても。」

    「……エルフィリア……。」

    アンリ様の目は少し潤んでいる。
    興奮した私を落ち着かせるようにアンリ様は私の手に優しく触れ、擦ってくれた。

   それからお父様は深いため息を一つついた。
   顔はいつもの穏やかな顔に戻っている。

    「…すまなかったねアンリ殿。娘の言う通りだ。」

    「陛下………。」

    「この子が産まれた時は驚いた。赤子なのに信じられないほどの力を宿していてね。だから育てるのはとても苦労したよ。何せ赤子だ。言葉もわからず力の使い方もわからぬものだから、毎日城の者が変な魔法をかけられてしまってね。」

    言いながらお父様は微笑んでいる。

    「だが娘が大人になるにつれてこの子の持つ力を知られてはならないと思う気持ちが強くなっていった。必ずそれを利用しようとする輩が現れるはずだと…。けれどどんなに隠したところで国を滅ぼされ連れ去られたと言うのなら、それは間違いだったのかもしれんな……。」

    お父様が私の事をどれだけ慈しんで育ててくれたのか痛いほど感じる。そして今から背を押そうとしてくれている事も。

    「我がグレンドールはあなたの味方となろう。アンリ殿、娘をどうかよろしく頼みます。」  

    「お父様………あ、ありがとう!!」

    「う゛っっ!!」

    勢い良くタックル…いや抱き付いた私に蛙のような鳴き声を返し、お父様はぎゅっと抱き締め返してくれた。
    
    「陛下…ありがとうございます…。」

    深々と頭を下げるアンリ様に、これだけはどうしても聞かねばならんとばかりにお父様は言う。

    「アンリ殿…それでその……娘とはどういう事になってるんだね?」

    アンリ様の頬が真っ赤に染まる。

    「何言ってるのお父様?どういう事って?どういう事も何もないわよ?」

    「「え!?」」

    私の言葉にお父様とアンリ様は同時に反応した。何だ一体。

    「何もないってエルフィリア…昨夜はアンリ殿と一晩一緒にいたんだろう!?」

    「アンリ様に力をあげてる最中に寝ちゃっただけよ。変な事言わないでよお父様!アンリ様に失礼でしょ!?」

    「………アンリ殿………?」

    「…はい。私は本当に本気で…そのつもりなのですが彼女はまだ………。」

    「そうか……。」

    二人が何を言っているのかさっぱりわからない。お父様は嬉しそうな残念そうな、アンリ様に同情するような顔を見せているし、アンリ様はアンリ様で真っ黒い曇天を背負ったような雰囲気だ。

    「いつか正式にそのお話もさせて頂けたらと思っております。まずはこの状況の回避が先ですが。」

    「わかった。それと、何かあればすぐこの子と共にグレンドールへ逃げて来なさい。君と私達はもう一蓮托生だ。遠慮はいらない。」

    「はい陛下……ありがとうございます。」

    父の言葉にアンリ様は嬉しそうに微笑んだ。


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