徒花の彼

砂詠 飛来

文字の大きさ
上 下
49 / 60
色彩の彼

二、

しおりを挟む
「うち、煙草はいいですけど、酒はダメです!」

 俺のまわりには酒癖の悪い人が多くて困る。先生はもちろんだが、こいつだって大学の合格祝いに先生と潤一さんと四人、この部屋で祝杯をあげたとき、とんでもない酔いかたをして大惨事を起こしやがった。

 食べたものをあたりに吐き散らかし、水を飲ませて落ち着かせようとしたが、その飲んだ水すら吐き出してしまい、かなりの時間トイレに籠って潤一さんにも、なによりも先生に大迷惑をかけたのだ。そのときの記憶がいまだにこびりついている。また同じことを起こしたくない。

 潤一さんは悪酔いするイメージは無かったが、アルコールが入ると説教を始めるという、わりかし面倒な人だった。ひたすら先生と俺に謝罪する傍ら、便器に顔を突っ込んで嘔吐えずいている橋本結城の背中をさすり、頭ごなしに日々の愚痴とともに説教を続けていた。

 そんなふたりを、酔っぱらった先生はけらけらと楽しそうに笑って見ていた。オレンジジュースを飲んでいた俺だけが、ずっと胃がキリキリと痛む思いで見ていた。

「なに言ってんだ、俺はもう成人するんだ。酒くらいいいだろ」

「まだ未成年ですよね」

「ごちゃごちゃうるせぇな。レンジ借りるぞ」

 煙草もそうだが、年齢確認が必要なこのご時世、どうやって購入しているのか。よっぽど歳相応に見えないのか、この男は。

「お前、食うか」

「いえ、要りません」

「じゃ、あとで食ってくれ」

 弁当をひとつ電子レンジに入れ、もうひとつを冷蔵庫にしまう。その手つきが妙に慣れていて腹が立つ。ここはあなたの家じゃない。

「酒は別にいいですけど、この部屋で飲むのはやめてくださいって、それだけなんです。だからどうか――」

「じゃあ、俺になにかしてくれたらそのお願い、聞いてやってもいいけど」

「は?」

 電子レンジがまわる低い音に、カチリ、と酒のビンの蓋が開いた音が重なった。

「なぁ。最近、先生とはどうなの」

 橋本結城は、煙草に火を点けたのに、ほとんど吸わずに灰皿のなかでただ短くしている。

 俺は、リビングのソファでそんな奴の隣にぴったりと寄り添って座って――いや、座らされ、肩に手をまわされて抱き寄せられている。

 さきほどのピンクのかき氷よろしく、橋本結城の頬は見事に色づいている。こんな奴、ほんとうに厭なら追い出すことはいくらでもできるはずなのに、どうして俺はお人好しなのか。

「先生は、引っ越ししたんです」

「それは俺も知ってる」

 アルコール度数四十は軽く超える酒を、すっかり飲みほしてしまっている。一気飲みに近かったが、よくぶっ倒れないものだ。そんなことに感心している暇などなく、いつ、あたりにぶちまけられるかが心配だ。

「溜まったりしないの」

「なにがですか」

「いや、若いんだから溜まんないわけねぇな」

 あはは、とひとりで笑い、おもむろに俺のズボンに手を伸ばしてきた。咄嗟に立ちあがろうとしたが、俺の肩を抱く奴の力が強くて動けない。

「やめてください、俺、そういうの無理ですから‥‥!」

「なにそれそういうのって。潤一にフラれたからって、親子くらい歳の離れた男にいくかよ、普通」

 呂律がまわっておらず、どうもふやふやしているが、俺に言い放つ言葉は鋭く刺さってくる。

 俺のベルトを外し、ジッパーをおろしたところで、橋本結城はぐったりと俺の胸に顔をうずめた。とくになにかするわけでもなく、静かに呼吸している。――まさか。

「吐くならトイレ行ってください! 何時間でも籠ってていいから、ここで吐くのはやめて」

「‥‥いいだろ、吐くくらい」

「いやホント勘弁してくだ‥‥」

 橋本結城は泣いていた。奴の息と、伝う涙が俺の服を濡らす。

「愚痴くらいさぁ、吐かせてくれよ‥‥」

「‥‥‥」

 耳の先まで赤く色づいている。酒のせいなのと、きっともっとほかの感情もあるんだと思う。

「潤一と同じ大学に通えて、一緒に住めるってなって、俺、人生でいちばん幸せだなって思ってたんだよ。

 この先もずっと変わらないでいけるのかな、いけたらいいなってさ。でもさ、そう思ってたのは俺だけで、潤一は違ったんだよ。ちゃんと勉強するために大学を選んで、自分のためなんだよな、ぜんぶが。

 俺は潤一のことしか考えてないから、どうしても同じ学校に行きたかったし、実家も出てみたかったから一緒に住むことを提案したんだけどさ。違ったんだよ、潤一は。

 バイトもサークルも、俺の知らないところで俺の知らない奴らと俺の知らない表情をしてるんだよ。知らない奴がさ、宮下とお前同じ学校だったんだな、宮下ってこんな奴なんだなって言ってくるんだけどよ、そんな潤一を俺は知らないんだよ。

 俺は、潤一のぜんぶを知ってるつもりだったのにさ。だから、俺はこう思ってるって潤一に話すんだけど、そのたびに喧嘩になってさ‥‥俺が馬鹿を言ってるって判ってるから、だからあの部屋には居られなくなってさ‥‥」

「‥‥ここは、あなたの逃げてくる場所じゃありません」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

処理中です...