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昔歳の彼
七、
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「ねぇ、先生ってどんな人なの」
店長から貰ったチョコレートの包みを解く僕の問いに、リョウタくんは答えてくれる。
「さっき言ったじゃないですか」
「君は歳のわりにずいぶんとクールだね」
「悪いですか」
僕がココアのおかわりを淹れて帰ってくると、リョウタくんは明らかに不機嫌そうだった。
「チョコ食べながらココアですか」
「ダメ? 紅茶とかがいいのかな。コーヒーとか。でも僕コーヒー苦手なんだよね」
包みからは、真っ赤な小さい箱が出てきた。ぱか、と蓋を開ける。薔薇の形をしたミルクチョコレートとホワイトチョコレートがぎっしり詰まっていて、花束のようだった。
「コーヒー苦手なんですか‥‥?」
「うーん。なんかダメ。ココアが好き。甘いもの全般が好き。リョウタくんは?」
僕はミルクとホワイトひとつずつを彼に差し出す。リョウタくんは受け取りながら、じっと僕の顔を見つめてくる。
「なにかついてる?」
両頬に手を添えておどけてみせるが、どうにも彼の表情は晴れない。僕がすこし席を外しているあいだになにかあったのか。それとも、いつまでも解放してくれない僕に腹を立てているのか。
「いえ‥‥ただ‥‥いや、なんでもないです」
「なにそれ。そんな言い方されると気になる。そうだ、テレビでも観る?」
僕はリモコンを探しに、テーブルの上に視線を泳がせる。
「テレビって、あれですか?」
リョウタくんは、対峙するように置かれているグレーの四角い箱を指差した。上に置いた時計や写真立てに埃が積もっていて、掃除していないことがバレる。
「そうだよ。テレビデオになってるから、デッキは要らないんだ。楽で良いよねぇ」
「はぁ‥‥ずいぶん分厚いんですね」
「え? これでも軽いほうだよ。学校で使ってるパソコンだってあんな感じでしょ」
どこか腑に落ちない表情のリョウタくんは、テレビは観ません、と静かに断ってきた。
「あの。みっちゃんさんは、大学を出たらどうするんですか」
「いきなりどうしたの。えーと、そうだなぁ‥‥実家には戻りたくないから、こっちにこのまま残ってなにか仕事するかな」
「どんな仕事を?」
「えー‥‥聞いてどうするの」
会話しているあいだも、リョウタくんは僕をじっと見つめていた。若い子に見つめられるのも悪くないと思ったが、なんだか様子が変だ。
「そういえば、先生からなにか連絡は? 電話とかしたんでしょ」
「え、はい。今日会う約束だったんですけど、向こうから電話もメールもこないし、僕もここに居るし‥‥」
ふと時計を見ると、21時をまわっていた。男の子とはいえ、未成年をいつまでも引き止めておけない――が、僕はまだ彼を放したくなかった。‥‥なぜこんなことを思うのだろう。
彼の想い人から連絡があれば、すぐにでも解放してあげる。でも、まだなにもきていない。だったら、まだ彼と一緒に居てもいいだろう、と邪な考えが僕を支配する。
「学校の先生なんか、どうですか」
「へ?」
リョウタくんの言葉に、頬張っていた白い薔薇が飛び出そうになった。
「大学卒業後に、学校の先生になるのはどうかなって」
慌てて噛み砕き、強引に飲み込んだ。
「史学科を出ただけじゃあ、なれないかな教師って。教員免許を取らなきゃ」
「あー‥‥そうなんですね」
言いながらリョウタくんは、ポケットから〝すまほ〟とやらを取り出してなにやら操作し始めた。僕が渡したチョコは食べてくれなかった。
「あの。写真を撮ってもいいですか」
「え? なんの」
「あなたの」
「え! なんで?」
「えっと‥‥その、俺の‥‥その‥‥先生に似てるんですよ、あなたが」
なにか言いづらそうに、きょろきょろしている。お店での彼を思い出す。
「僕が?」
「はい」
「男なのに?」
ここまで言ったときリョウタくんは、しまったとばかりに顔をひきつらせた。
「あっ。ああ‥‥そう、なんですよ‥‥」
すまほを持つ手が幽かに震えている。きょろきょろに加え、まばたきが多くなっている。僕はハッと思い当たり、彼の気持ちも考えずに問うていた。
「もしかして、君の好きな先生って男?」
店長から貰ったチョコレートの包みを解く僕の問いに、リョウタくんは答えてくれる。
「さっき言ったじゃないですか」
「君は歳のわりにずいぶんとクールだね」
「悪いですか」
僕がココアのおかわりを淹れて帰ってくると、リョウタくんは明らかに不機嫌そうだった。
「チョコ食べながらココアですか」
「ダメ? 紅茶とかがいいのかな。コーヒーとか。でも僕コーヒー苦手なんだよね」
包みからは、真っ赤な小さい箱が出てきた。ぱか、と蓋を開ける。薔薇の形をしたミルクチョコレートとホワイトチョコレートがぎっしり詰まっていて、花束のようだった。
「コーヒー苦手なんですか‥‥?」
「うーん。なんかダメ。ココアが好き。甘いもの全般が好き。リョウタくんは?」
僕はミルクとホワイトひとつずつを彼に差し出す。リョウタくんは受け取りながら、じっと僕の顔を見つめてくる。
「なにかついてる?」
両頬に手を添えておどけてみせるが、どうにも彼の表情は晴れない。僕がすこし席を外しているあいだになにかあったのか。それとも、いつまでも解放してくれない僕に腹を立てているのか。
「いえ‥‥ただ‥‥いや、なんでもないです」
「なにそれ。そんな言い方されると気になる。そうだ、テレビでも観る?」
僕はリモコンを探しに、テーブルの上に視線を泳がせる。
「テレビって、あれですか?」
リョウタくんは、対峙するように置かれているグレーの四角い箱を指差した。上に置いた時計や写真立てに埃が積もっていて、掃除していないことがバレる。
「そうだよ。テレビデオになってるから、デッキは要らないんだ。楽で良いよねぇ」
「はぁ‥‥ずいぶん分厚いんですね」
「え? これでも軽いほうだよ。学校で使ってるパソコンだってあんな感じでしょ」
どこか腑に落ちない表情のリョウタくんは、テレビは観ません、と静かに断ってきた。
「あの。みっちゃんさんは、大学を出たらどうするんですか」
「いきなりどうしたの。えーと、そうだなぁ‥‥実家には戻りたくないから、こっちにこのまま残ってなにか仕事するかな」
「どんな仕事を?」
「えー‥‥聞いてどうするの」
会話しているあいだも、リョウタくんは僕をじっと見つめていた。若い子に見つめられるのも悪くないと思ったが、なんだか様子が変だ。
「そういえば、先生からなにか連絡は? 電話とかしたんでしょ」
「え、はい。今日会う約束だったんですけど、向こうから電話もメールもこないし、僕もここに居るし‥‥」
ふと時計を見ると、21時をまわっていた。男の子とはいえ、未成年をいつまでも引き止めておけない――が、僕はまだ彼を放したくなかった。‥‥なぜこんなことを思うのだろう。
彼の想い人から連絡があれば、すぐにでも解放してあげる。でも、まだなにもきていない。だったら、まだ彼と一緒に居てもいいだろう、と邪な考えが僕を支配する。
「学校の先生なんか、どうですか」
「へ?」
リョウタくんの言葉に、頬張っていた白い薔薇が飛び出そうになった。
「大学卒業後に、学校の先生になるのはどうかなって」
慌てて噛み砕き、強引に飲み込んだ。
「史学科を出ただけじゃあ、なれないかな教師って。教員免許を取らなきゃ」
「あー‥‥そうなんですね」
言いながらリョウタくんは、ポケットから〝すまほ〟とやらを取り出してなにやら操作し始めた。僕が渡したチョコは食べてくれなかった。
「あの。写真を撮ってもいいですか」
「え? なんの」
「あなたの」
「え! なんで?」
「えっと‥‥その、俺の‥‥その‥‥先生に似てるんですよ、あなたが」
なにか言いづらそうに、きょろきょろしている。お店での彼を思い出す。
「僕が?」
「はい」
「男なのに?」
ここまで言ったときリョウタくんは、しまったとばかりに顔をひきつらせた。
「あっ。ああ‥‥そう、なんですよ‥‥」
すまほを持つ手が幽かに震えている。きょろきょろに加え、まばたきが多くなっている。僕はハッと思い当たり、彼の気持ちも考えずに問うていた。
「もしかして、君の好きな先生って男?」
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