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昔歳の彼
二、
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「ごめん、無理」
傷んだ茶髪を指で巻きながら、濃い化粧の女が言った。
大学のラウンジ。冷めたコーヒー。乾いたサンドイッチ。ランチだった。
「なんで。なにが」
「そういうところが」
僕と向かい合って座るその女は、キーホルダーやストラップがじゃらじゃらとぶら下がっている携帯電話を開き、画面を見せてきた。
「あたしほかに彼氏できたから」
「は? 彼氏? 好きな人とかじゃなくて?」
「好きな人が彼氏になるとは限らないでしょ。あんた童貞?」
いますぐに女の顔面を殴ってやりたい衝動にかられたが、それをぐっと我慢して携帯電話を奪った。
「お前、僕に散々ホテル代を払わせておいてその言い方はないだろ。それで? こいつがお前の彼氏だっていうのかよ」
「男がホテル代を払うの当たり前でしょ」
僕は女を一瞥し、携帯電話に視線を落とす。画面には、この女と身体を密着させて笑う、男とのプリクラが表示されていた。
「こいつが彼氏っていうなら、僕はなんなの」
「昔の男」
「‥‥判ったよ」
僕はすっと立ちあがると、コーヒーを手に取った。その手にぎゅっと力を入れ、女の顔の前に差し出す。
「なにしようっての」
女は座ったまま僕を見あげている。もし僕に勇気があるのなら、この液体をぶっかけてやりたい。だが僕は、そのままコーヒーを一気に飲み干し、乱暴にカップを置いた。
「せいぜいその男にもホテル代を払ってもらうんだな」
自分でも意味が判らないことを言ったと思う。それでも、これが精いっぱいの虚栄心だった。
そうして僕は、女――恋人にフラれたのであった。それが、2月13日。バレンタインのチョコを期待していないと言ったら嘘になる。付き合ってる女から貰わなければ、ほかにくれるような人もいない。
よく考えると、女にとって僕は恋人じゃなく、ただのお財布だったのかもしれない。
優しい人が好き。そう言って告白してきたのはこの女のほうだ。この悪魔の言葉はいろんな男に囁かれているのだと、いまなら判る。
好きな人が彼氏になるとは限らないと女は言ったが、それは男にも言えることなのかもしれない。それなりに見目が良い女から告白されれば、たとえ好きという感情を抱いていなくとも、付き合うことを了承してしまうものだ。
ラウンジをあとにした僕は、午後の講義をサボり、無意識のうちにバイト先に来てしまっていた。もうバレンタインの戦争は始まっている。すこしでも店の売上に貢献し、すこしでも給料を上げてもらわないと。
コーヒーの苦みか、フラれた悔しさか、厭な後味がずっと残っていた。
だからコーヒーは嫌いだ。
傷んだ茶髪を指で巻きながら、濃い化粧の女が言った。
大学のラウンジ。冷めたコーヒー。乾いたサンドイッチ。ランチだった。
「なんで。なにが」
「そういうところが」
僕と向かい合って座るその女は、キーホルダーやストラップがじゃらじゃらとぶら下がっている携帯電話を開き、画面を見せてきた。
「あたしほかに彼氏できたから」
「は? 彼氏? 好きな人とかじゃなくて?」
「好きな人が彼氏になるとは限らないでしょ。あんた童貞?」
いますぐに女の顔面を殴ってやりたい衝動にかられたが、それをぐっと我慢して携帯電話を奪った。
「お前、僕に散々ホテル代を払わせておいてその言い方はないだろ。それで? こいつがお前の彼氏だっていうのかよ」
「男がホテル代を払うの当たり前でしょ」
僕は女を一瞥し、携帯電話に視線を落とす。画面には、この女と身体を密着させて笑う、男とのプリクラが表示されていた。
「こいつが彼氏っていうなら、僕はなんなの」
「昔の男」
「‥‥判ったよ」
僕はすっと立ちあがると、コーヒーを手に取った。その手にぎゅっと力を入れ、女の顔の前に差し出す。
「なにしようっての」
女は座ったまま僕を見あげている。もし僕に勇気があるのなら、この液体をぶっかけてやりたい。だが僕は、そのままコーヒーを一気に飲み干し、乱暴にカップを置いた。
「せいぜいその男にもホテル代を払ってもらうんだな」
自分でも意味が判らないことを言ったと思う。それでも、これが精いっぱいの虚栄心だった。
そうして僕は、女――恋人にフラれたのであった。それが、2月13日。バレンタインのチョコを期待していないと言ったら嘘になる。付き合ってる女から貰わなければ、ほかにくれるような人もいない。
よく考えると、女にとって僕は恋人じゃなく、ただのお財布だったのかもしれない。
優しい人が好き。そう言って告白してきたのはこの女のほうだ。この悪魔の言葉はいろんな男に囁かれているのだと、いまなら判る。
好きな人が彼氏になるとは限らないと女は言ったが、それは男にも言えることなのかもしれない。それなりに見目が良い女から告白されれば、たとえ好きという感情を抱いていなくとも、付き合うことを了承してしまうものだ。
ラウンジをあとにした僕は、午後の講義をサボり、無意識のうちにバイト先に来てしまっていた。もうバレンタインの戦争は始まっている。すこしでも店の売上に貢献し、すこしでも給料を上げてもらわないと。
コーヒーの苦みか、フラれた悔しさか、厭な後味がずっと残っていた。
だからコーヒーは嫌いだ。
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