徒花の彼

砂詠 飛来

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裏庭の彼

六、

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 自分で言うのもなんだが、僕はモテる。もちろん、女子からだ。

 かわいい

 女の子みたい

 守ってあげたい

 こんなことをよく言われる。恋愛的なものじゃなくて、僕をハムスターかなにか、愛玩動物を愛でるように持て囃す。だから、好きだとか言われるのは慣れていたはずなのに。

 三日前の原瀬くんからの告白は、意外にも堪えているらしい。どういうつもりでの好意なのかを訊いておけばよかった。

 僕は、ほかの男子よりも背が低めだし、染めているわけじゃないのに髪は明るめの茶色だし、それこそ不良なんかに目をつけられそうなのにそういうことも無い。

 高校に入学したときに買ったカーディガンはいまでも着られるくらいに体型はあまり変わっていない。こんな見た目を、女子たちはきゃいきゃいと可愛いと言う。阿呆らしい。

 放課後、いつものように生活係の教室へ向かう。正直、あまり行きたくない。原瀬くんが居るからだ。なるべく彼を傷つけないようにお断りしたけれど、懲りずに僕に構ってくる。どうにか好きになってもらえるように頑張っているらしい。

 健気だ。僕も、原瀬くんみたいに行動できたらどんなに良いだろうか。そんな恨めしさもあって、彼と顔を合わせたくない。本当なら僕は、同じような気持ちで悩む同志ができたと喜びたいくらいなのに。

「潤一さん。俺あれから考えたんですけどね」

「なにを」

 西陽が差し込む教室。原瀬くんとふたり机に向かって、生徒会の資料をホチキスで留める作業。

「潤一さんが俺のことを絶対に好きにならない理由なんですけど、俺に問題があるんじゃなくて、潤一さんには、ほかに好きな人がいるのかなって」

「―――」

「だから、俺なんかどうでもいいのかなって」

「そう、だね。君は賢い」

 めくられる紙と、パチパチと留められる音。窓の向こうからは部活動のかけ声。

「誰なんですか、潤一さんの好きな人。会ってみたい。付き合ってるんですか?」

 そんなわけない。まともに顔も見ていない。たまに校内で見かけるけど、あいつは僕の姿を見るとどこかへ居なくなってしまう。追いかける隙も無い。

「君には関係ないよ。僕のことなんか諦めな」

「厭です。こんなに可愛いのに、放っておけない」

 ああやはり。原瀬くんも女子たちと変わらないじゃないか。

 僕は眼鏡を外し、椅子の背もたれに寄りかかる。ぼやけた世界のまま天井を仰ぐ。

「君が羨ましいよ」

「どうしてですか」

「そういうところが、だよ」

 原瀬くんも手を止めたようで、パチパチという音が止んだ。

「あの、須堂先生に聞いたんですが、もうひとりの幽霊委員なんですけど」

 僕は慌てて背を起こし、眼鏡をかけなおした。

「なにを、聞いたの」

「俺、どんな人かは知らないんですけど、たぶんこの人じゃないかなって」

「知ってるの? 結城を?」

「あ、やっぱり橋本結城だ」

 フルネームを、原瀬くんが知っている、なんて。

「入学式の日に、変なところで煙草を吸ってる人を見かけたんです。それから、毎日です。同じところでぼんやり座ってるだけなんですけどね」

「毎日? え、ていうか煙草?」

 煙草を吸ってるなんて、僕は知らない。僕の知らない結城のことを、原瀬くんが知っている。

「ええ。須堂先生に確認したので、たぶんその人だと思います。ちょうどいいから委員会に顔を出すように声をかけてこいって先生に言われたんですけど、なんか怖い雰囲気の人だったんでなかなか言い出せなくて」

「ちょっと、待って。結城が毎日どこに居るって? 学校?」

 始業式を迎えてから、僕は結城の姿を見ていない。なのに、原瀬くんは毎日見ている――

「知りたいですか」

 僕が身を乗り出すと、原瀬くんはいやらしく笑んだ。

「なに」

「あの人が、潤一さんの好きな人?」

「――それを訊いてどうするの」

「詳しく教えてくれたら、俺もあの人が毎日どこに居るのか教えてあげますよ」

 取引するつもりか。

「いや、いい。この学校のことなら、君よりも僕のほうが遥かに詳しいからね」

 自分で探してやる。毎日、どこかで煙草を吸っているなんて、隠れそうな場所を探してみるしかない。

「‥‥ちぇ、乗ってこないんですね。そういうずる賢いところも可愛くて好きですけどね」

 やっぱり、気に入らない、こいつは。

「あのさ、原瀬くん。あんまり簡単に好きだとか口にしないほうがいいよ。そういうの、良くない」

 僕は再びホチキスを手に取る。

「じゃあ、どうしたら好きになってくれるんですか」

「言ったよね、好きにならないって」

「じゃあ、橋本結城って人はなんなんですか。どうして委員会に来ないんですか。学校には来てるのに。煙草なんか吸って不良なくせしてそれを須堂先生も知りながら咎めないなんて。どうかしてますよ」

「‥‥!」

 原瀬くんの言葉にたまらなくなって、持っていたホチキスを机に叩きつける。なにを知ったようなことを言うんだ。

「潤一、さん‥‥」

 破片を飛び散らせて床に落ちたホチキスを、原瀬くんが拾う。

「‥‥っ、ごめん」

「いえ‥‥」

 原瀬くんは僕の足元に飛んできた破片を拾い集める。告白されたときみたいな、このアングル。どうして僕はいつもこうなんだろう。

「割れちゃいましたね」

「ごめん‥‥生徒会から新しいやつもらってくる‥‥」

 早くこの状況から抜け出したくて、僕は乱暴に立ちあがった。そして一歩を踏み出したとき、原瀬くんに手首をつかまれた。

「なに」

「大丈夫ですから、ここに居てください」

「どうして。まだ終わってないよ。ふたりでやらなきゃ」

「‥‥ここに居てください。戻らないつもりなんでしょう」

 正直、どきりとした。そんなつもりはなかったけれど、この部屋を飛び出したら僕は、きっと戻ってこなかったかもしれない。ふたりきりになるのが苦しくて、戻ることを拒んだかもしれない。それを、彼に見透かされている。

「頼むから、僕をそんな目で見ないで」

 原瀬くんの目は、わずかに潤んでいる気がした。僕になにを求めるの。僕も好きだよ、ってうわべの言葉で君は僕を解放してくれるの。君の望むものを、僕は与えられないのに。君は、あいつの代わりにはならない。

「いっそ、嫌ってください。俺のこと」

「好きになってほしいんじゃないの」

「本当はそうです。でも、俺と喋ってる潤一さんは苦しそうです。原因が俺なのは判ってます。だけど、俺だって苦しいんです」

「手を、離して」

 振り払おうとするが、彼の手は温かく、力強い。こんな手から逃れられるのだろうか。

「―――」

 原瀬くんは逡巡し、ゆっくりと僕の手を離してくれた。名残惜しそうに拳を握りしめる彼に、僕は声をかけてあげられない。原瀬くんの言うとおり、嫌いだ、って言ってしまえば楽なのに、なかなかどうして僕にはそんな非情なことはできない。ふわふわといまのまま顔を合わせることのほうが、彼にとっては非情で苦しいことなのかもしれないけれど。

「好きなんです、潤一さん」

「僕に何度好きだって言っても、無駄だよ」

 ――君からの愛情なんて、要らないんだから
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