水難ノ相

砂詠 飛来

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一、呪いの言葉

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 街中の、大通りに面する洒落た喫茶店である。

 昼をちょっと過ぎた店内は、さまざまな客層で賑わっている。

「あんた、水難の相が出てる――3日後に死ぬよ」

 低く、しかし、どこか愉しそうにその若い女は、自分の正面に座る男に言った。

 言われた男――赤井次晴あかいつぎはるは、表情も身体も固まったまま動けないでいる。

「慌てなくても3日あるんだから、その間に身のまわりの整理でもしときなよ」

 そう言って若い女は立ちあがり、テーブルの上にコーヒー代を置いて去ってしまった。

 次晴は去る女の背を追うこともできず、その女が座っていた場所を見つめたままでいる。

「ちょっと、大丈夫?」

 次晴の隣に座っていた亜桜あさくらが心配そうに声をかける。

 亜桜は次晴の彼女である。

 次晴は予備校の講師で、亜桜はその生徒――36歳と18歳の恋人同士である。

 気弱な次晴のどこに惚れたのか、亜桜は半ば強引に告白の返事をもらい、二人は付き合ったのだった。

「次晴くん、大丈夫?」

 亜桜は次晴の肩を揺らす。

「うん? うん、だ、大丈夫――」

 そう答えはしたが、次晴はまだ混乱しているようである。

浅野あさのちゃんの占い、よく当たるって評判だけど‥‥さすがにいまのは冗談だよ!」

 慰めるように次晴の肩をさする亜桜。

 浅野とは、先ほどコーヒー代を置いて去った若い女のことで、亜桜の知り合いである。

 浅野は、人の相を見るのを得意とし、たまに小遣い稼ぎに相を見て、あれこれと言っている。

 今回は、亜桜が、次晴との相性を無償で見てもらったのだ。

「知り合いだからタダにしてって、あたしが言ったのを怒って、いい加減なことを言ったのかな」

「そんな人には見えなかったけど‥‥まさか、もしそうだったら、わざわざコーヒー代を置いていかないだろう」

「うーん」

 亜桜はひとつ唸って、自分のドリンクを飲む。

 ストローを咥える彼女を見ながら、

「水難ってことは‥‥水辺に近づかなきゃいいってことだよね?」

 次晴が訊いた。

「水辺?」

「海とか川とか‥‥プールとか」

「いま10月だよ? そういうところに行くの?」

「じゃあ‥‥風呂?」

「浅野ちゃんが言ったことが怖くてお風呂に入らないつもり? 次晴くん汚いよー」

「え、ちが、そうじゃなくて! 注意しろってことでしょ?」

「はいはい。次晴くん、もう行こう。浅野ちゃんの言ったこと、気にするのやめよう」

「でも‥‥彼女、よく当たるんだろ?」

 渋る次晴の腕を、亜桜が強引に取る。

「あたしの言ったことよりも、あんなオバサンの言うことを信じるの?」

「オバサンって‥‥彼女はまだ28でしょ。彼女がオバサンだったらぼくはもうオジサンじゃないか」

「どうでもいいじゃん、そんなこと! そんなに水が怖いんだったらあたしが傍に居てあげるから! ほら、もう行こう!」

「うん――」

 亜桜に連れられ、次晴は店を後にした。
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