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砂詠 飛来

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追いかけてきたもの

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 昭和十九年の真夏のことだ。

 祖母は当時、十二歳だった。

 近所の神社では近隣の子どもたちを募って勉強会が開かれており、祖母も幼馴染の女の子と連れ立ってよく参加していた。

 神主さんやその奥さんが優しくしてくれたし、お茶菓子も出してくれたし、たくさんの友だちと勉強できるのがなによりも嬉しかったという。

 戦時中という不安定な空気感のなか、その神社での勉強会は大きな心の拠り所だった。

 お昼ご飯を手早く済ませては、いつもの待ち合わせ場所で幼馴染と落ちあい、肩を弾ませて神社に向かう。

 真夏の照りつける日差しも、まとわりつく熱気も、やかましい蝉の声さえも気にならなかった。

 昼過ぎから始まる勉強会は、夕方の涼しくなる時間帯まで続いた。ときには陽がとっぷり暮れるまで子どもたちが帰らない日もあった。

 ある日のことだった。明日からお盆が始まる、という晩のことだ。

 その日は勉強もそこそこに、陽が傾きあたりが薄暗くなってくると、鉛筆を走らせる手が止まり気がつけば誰ともなしに怪談を語り始めていたという。百物語とはいかないまでも、怖い怖くないは置いといて、神主さん夫妻も含めひとり二周ほどして、お開きになった。

 神社を出るころにはもう真っ暗だった。昼間あんなに騒がしかった蝉も静かになり、どこに潜んでいるのか姿の見えない虫たちの鳴き声がする。

 街灯などあるはずもなく、月明かりを頼らなければ歩けない。その頼りの月も高いところで糸のように細く浮いている。

 ふわ、と吹いた風が妙に生ぬるく、すこし鳥肌がたった祖母は幼馴染と手を繋いで帰ることにした。

 いままでお化けなんて見たこともないし、信じるとか信じないとかそんなことすら考えもしなかったが、みんなが話したなんてことない怪談が脳裏にこびりついて離れない。

 すこし怖がっているのは幼馴染も同じらしく、いつもより早足で家路を急ぐ。繋いでいる手が汗ばんでくる。

 いつもはなんてことない道だけど、つい目を凝らしてしまってやけによく明るく見える気がする。

 次の十字路がふたりの待ち合わせ場所で、そこを過ぎてしまうとそれぞれひとりきりで帰らなければならない。

 十字路を越えた先には地域の共同墓地があり、さらにその先に自宅がある。

 怖いけれど、進むしかない。これまでも幾度もこの道を通ってきたのに、どうして今日ばかりこんなに怖く感じるのか。

 そろそろ別れなければーーというところまで来たとき、先ほどとは違う冷たい風が頬を撫で、足元を通っていった。

 自分の背後、そして頭上になにかを感じてハッと振り返ると、自らが淡く薄く照らされていることに気がついた。

 月明かりよりも近く、もっと真上から青白いような丸いものがふわふわと漂っていた。

 火の玉‥‥のように見えるが、至近距離なのに熱を感じない。ーーもしかして人魂か、と思っていると、その青白い丸い玉は祖母の頭の上を二、三周してふわぁっと墓地のなかへ消えてしまった。

 たったいま見たことを幼馴染に訊ねてみたが、彼女はなにも見ていないと言う。幼馴染は、また明日ね、と言い残してそしてそのまま家のほうに走って行ってしまった。

 祖母も帰ろうとして、ふいに来た道を振り返ってみた。真っ暗でなにも見えない。おかしい、さっきまではあんなに足元が明るく見えたのに。‥‥今日の帰り道がやけに明るく見えたのは、さっきの人魂があとをついて来て照らしてくれていたのかもしれない。そう思ったらそれまでこびりついていた恐怖心は不思議と消えてなくなった。なにか悪いものや害をなすものには思えなかった。

 大叔父が亡くなったという報せが届いたのは三日後の朝のことだった。

 大叔父は祖母が生まれてからずっと可愛がってくれて、盆になると家へ泊まりに来て遊んでくれたという。きっと、あの人魂は大叔父だったのだ。今年の盆は会えなくなったからと、青白く姿を変えて会いに来てくれたのではないか、祖母はそう思った。暗い夜道を危なくないように照らしてくれていたのだ。だから、怖さが消えたのではないか、血縁者である自分にしか見えなかったのではないか、祖母はそう話した。

 令和になって幾年か過ぎた今年、九十一歳で亡くなった祖母の唯一の心霊体験である。
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