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Glaube
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鈍く艶を放つ西洋甲冑に身を包んだ男。
香が薫きこめられた十二単衣を着た男。
すこしくたびれた袈裟を身にまとう女。
それぞれ男と女の身体をしているが、彼らには性別が存在しない。
西洋甲冑の男は、鉄兜をしっかりと被っているため顔は見えないが、重い剣を持ち、その声から男だと判る。
十二単衣の男は、木犀の香が薫きこめられた煌びやかな袿を襲ね、手に扇を持っているが、顔立ちは男のものである。
袈裟の女は、しっとりと艶のある黒髪を肩のあたりで揺らしているが、細い指先に数珠を絡め、反対の手で警策を持っている。
三人はそれぞれ石垣に腰かけ、金屏風付きの薄縁に座し、茣蓙の上に結跏趺坐している。
真っ白な空間に三人は向かい合っていて、足元からすこし下へ目線を落とすと、米粒ほどの大きさに見える人間たちが日常を送っているのが見える。
「人間をすべて滅ぼそうと思う」
西洋甲冑の男が言った。
「またそれか」
答えたのは十二単衣の男。
「懲りない人ですね」
袈裟の女が加わる。
「奴らはなにも判っていない! 我らをなんだと思っている!」
西洋甲冑は声を荒げるが、鉄兜のせいでくぐもって聴こえる。
表情は見えないが、相当、頭にきているようだ。
「ぼくたちのこと? 神に決まってる」
「簡単なことです」
だよな、そうですよね、と十二単衣と袈裟が顔を見合わせて頷く。
「神! そんなことは俺だって判ってる。俺たちは神だからな」
「だったらいいじゃないか。なにをそんなに騒ぐことがある?」
十二単衣は閉じた扇を膝の上でとんとん叩きながら、西洋甲冑を見やる。
「俺たちは神だ。人間が崇め奉る存在だ。各々の信仰の形は違えど、抱える悩みは同じとみた」
「それがどうした。一体お前はなにを悩んでいる」
二人の男のやりとりを、袈裟は黙って聴いている。
「人間ときたら、ことあるごとに〝神頼み〟だ。十字架の前で祈りの歌を歌う。それだけで平穏無事な生活が送れると思っている。復活だなんだと騒いで卵を赤く染める。それらは本当に神である我らのことを考えてやっているのか?」
「賽銭とかいう小銭でなんでも叶えてもらおうともするしな。だが金額は問題ではない。ぼくたちに銭はなんの意味も為さないからな」
「そう。歌や銭など問題ではない。重要なのは我々に対する思いだ。どうも最近の人間たちは、形式的に行事を行うことに重点を置きすぎて、自分たちさえ満足すれば神への気持ちなど、どうでもいいと思っているように感じる」
ガシャン、と身体を鳴らして西洋甲冑は立ちあがる。
「人間すべてが、神なんかどうでもいいと思っているとは限りませんがね。ですが、甲冑さんの言いたいことは判りますよ」
袈裟が言った。
「そうだろう?」
「ではお前は、人間たちにどうしてほしいんだ?」
声を弾ませて女のほうを向いた西洋甲冑に、十二単衣が訊いた。
「儀式や祭が当たり前になってきている。気持ちが伝わってこない」
「それが?」
「儀式も祭も、行なってくれるのは嬉しい。だが、それは俺の名前を使っているだけに過ぎん」
「だから?」
「だから――本気で我らのことを考えてもらおうとして、この前――」
「その剣で地と海を掻き混ぜ、大災害を起こしたと?」
「心の底から我らに願う人間が増えれば、被害は減らしてやるつもりだった」
「―――」
十二単衣は黙し、西洋甲冑の次の言葉を待った。
「その前の大戦だって、同じ人間同士が血を流し争うのは醜く愚かであることだと、改めて認識させるために‥‥起こした」
「‥‥神が愚かだから、それを信仰する人間も愚かになるのだ」
「だから! 人間の愚かな姿を見ていたくなくて」
「すべて滅ぼしてしまえと?」
お前こそ本当の愚か者だ、と扇で欠伸を隠しながら十二単衣は言った。
十二単衣がすこしでも動くと、薫きこめられた木犀の香がほのかに香る。
「け、袈裟の君はどう思う?」
西洋甲冑は場を繕うように、袈裟に訊いた。
「私も単衣さんと同じです。甲冑さんが愚かだと思います――それにですね」
反論しようと口を開いた西洋甲冑に警策を向けて制し、袈裟は続ける。
「滅ぼすのは簡単です。大災害でも世界大戦でも起こせばいい。ですけどね、この文明を創りだした時の苦労を思いだしてみなさい。簡単に壊せますか?」
袈裟は立ちあがり、西洋甲冑の鉄兜を警策でパチン、と叩いた。
女に諭され、なにも言えなくなる。
西洋甲冑はようやく声を絞りだし、
「でも、だって、さっき袈裟の君は俺の言うこと判るって‥‥」
「判る‥‥確かに言いました。ですがね、理解はしましたが、同意はしていませんよ」
パチン、とまた叩かれる。
「まぁまぁ、袈裟の君。あなたにそうやって説得されれば甲冑も判ってくれるでしょう。そうだろう?」
十二単衣は袈裟に言ってから、西洋甲冑を見やる。
「う‥‥わかっ‥‥た‥‥」
「でもまぁ、進歩したよ、お前」
言いながら、十二単衣は西洋甲冑の前まで来る。
袈裟が一歩、退いた。
「この前、戦争だの災害だのを起こした時は、ぼくたちになんの相談も無かったからな」
「――あの時も、袈裟の君に怒られたからな」
「今回も怒られるのを承知で?」
「いや、なんというか、頭に血がのぼっていてそこまで考えてなかったというか‥‥」
「本当か? 怒られたくて言ったとかじゃないのか」
「な、なにを言うんだお前!」
「嘘嘘、悪かったよ」
「――っ」
ギシギシと音を立て、西洋甲冑は俯く。
溜息を吐き、十二単衣は扇で西洋甲冑の鉄兜をカチン、と叩いた。
「でも、よかったではありませんか」
袈裟が言った。
西洋甲冑と十二単衣は同時に女を見る。
「甲冑さんがなにも起こさず、私の言うことを聞いてくれて、思いとどまってくれてよかったです。人間すべてを滅ぼすということは、私たちの消滅も意味しますからね」
「は?」
「え?」
西洋甲冑と十二単衣は同時に驚いた。
「だって、神というのは人間の願いや望みによって生まれたもの。神がいるから人間がいるのではなく、人間がいるから神がいるのです。人間が信仰するのになにか判りやすい器をと思い、神――私たちが生まれたのです。信仰してくれる人間がいなくなっては、私たち神もいなくなってしまいますよ?」
袈裟の手の数珠が、かちりと鳴る。
「あら? それを前提に人間を滅ぼすなどとおっしゃっていたのでは?」
女の声に、ぎし、と軋み、木犀がほのかに香った。
了
香が薫きこめられた十二単衣を着た男。
すこしくたびれた袈裟を身にまとう女。
それぞれ男と女の身体をしているが、彼らには性別が存在しない。
西洋甲冑の男は、鉄兜をしっかりと被っているため顔は見えないが、重い剣を持ち、その声から男だと判る。
十二単衣の男は、木犀の香が薫きこめられた煌びやかな袿を襲ね、手に扇を持っているが、顔立ちは男のものである。
袈裟の女は、しっとりと艶のある黒髪を肩のあたりで揺らしているが、細い指先に数珠を絡め、反対の手で警策を持っている。
三人はそれぞれ石垣に腰かけ、金屏風付きの薄縁に座し、茣蓙の上に結跏趺坐している。
真っ白な空間に三人は向かい合っていて、足元からすこし下へ目線を落とすと、米粒ほどの大きさに見える人間たちが日常を送っているのが見える。
「人間をすべて滅ぼそうと思う」
西洋甲冑の男が言った。
「またそれか」
答えたのは十二単衣の男。
「懲りない人ですね」
袈裟の女が加わる。
「奴らはなにも判っていない! 我らをなんだと思っている!」
西洋甲冑は声を荒げるが、鉄兜のせいでくぐもって聴こえる。
表情は見えないが、相当、頭にきているようだ。
「ぼくたちのこと? 神に決まってる」
「簡単なことです」
だよな、そうですよね、と十二単衣と袈裟が顔を見合わせて頷く。
「神! そんなことは俺だって判ってる。俺たちは神だからな」
「だったらいいじゃないか。なにをそんなに騒ぐことがある?」
十二単衣は閉じた扇を膝の上でとんとん叩きながら、西洋甲冑を見やる。
「俺たちは神だ。人間が崇め奉る存在だ。各々の信仰の形は違えど、抱える悩みは同じとみた」
「それがどうした。一体お前はなにを悩んでいる」
二人の男のやりとりを、袈裟は黙って聴いている。
「人間ときたら、ことあるごとに〝神頼み〟だ。十字架の前で祈りの歌を歌う。それだけで平穏無事な生活が送れると思っている。復活だなんだと騒いで卵を赤く染める。それらは本当に神である我らのことを考えてやっているのか?」
「賽銭とかいう小銭でなんでも叶えてもらおうともするしな。だが金額は問題ではない。ぼくたちに銭はなんの意味も為さないからな」
「そう。歌や銭など問題ではない。重要なのは我々に対する思いだ。どうも最近の人間たちは、形式的に行事を行うことに重点を置きすぎて、自分たちさえ満足すれば神への気持ちなど、どうでもいいと思っているように感じる」
ガシャン、と身体を鳴らして西洋甲冑は立ちあがる。
「人間すべてが、神なんかどうでもいいと思っているとは限りませんがね。ですが、甲冑さんの言いたいことは判りますよ」
袈裟が言った。
「そうだろう?」
「ではお前は、人間たちにどうしてほしいんだ?」
声を弾ませて女のほうを向いた西洋甲冑に、十二単衣が訊いた。
「儀式や祭が当たり前になってきている。気持ちが伝わってこない」
「それが?」
「儀式も祭も、行なってくれるのは嬉しい。だが、それは俺の名前を使っているだけに過ぎん」
「だから?」
「だから――本気で我らのことを考えてもらおうとして、この前――」
「その剣で地と海を掻き混ぜ、大災害を起こしたと?」
「心の底から我らに願う人間が増えれば、被害は減らしてやるつもりだった」
「―――」
十二単衣は黙し、西洋甲冑の次の言葉を待った。
「その前の大戦だって、同じ人間同士が血を流し争うのは醜く愚かであることだと、改めて認識させるために‥‥起こした」
「‥‥神が愚かだから、それを信仰する人間も愚かになるのだ」
「だから! 人間の愚かな姿を見ていたくなくて」
「すべて滅ぼしてしまえと?」
お前こそ本当の愚か者だ、と扇で欠伸を隠しながら十二単衣は言った。
十二単衣がすこしでも動くと、薫きこめられた木犀の香がほのかに香る。
「け、袈裟の君はどう思う?」
西洋甲冑は場を繕うように、袈裟に訊いた。
「私も単衣さんと同じです。甲冑さんが愚かだと思います――それにですね」
反論しようと口を開いた西洋甲冑に警策を向けて制し、袈裟は続ける。
「滅ぼすのは簡単です。大災害でも世界大戦でも起こせばいい。ですけどね、この文明を創りだした時の苦労を思いだしてみなさい。簡単に壊せますか?」
袈裟は立ちあがり、西洋甲冑の鉄兜を警策でパチン、と叩いた。
女に諭され、なにも言えなくなる。
西洋甲冑はようやく声を絞りだし、
「でも、だって、さっき袈裟の君は俺の言うこと判るって‥‥」
「判る‥‥確かに言いました。ですがね、理解はしましたが、同意はしていませんよ」
パチン、とまた叩かれる。
「まぁまぁ、袈裟の君。あなたにそうやって説得されれば甲冑も判ってくれるでしょう。そうだろう?」
十二単衣は袈裟に言ってから、西洋甲冑を見やる。
「う‥‥わかっ‥‥た‥‥」
「でもまぁ、進歩したよ、お前」
言いながら、十二単衣は西洋甲冑の前まで来る。
袈裟が一歩、退いた。
「この前、戦争だの災害だのを起こした時は、ぼくたちになんの相談も無かったからな」
「――あの時も、袈裟の君に怒られたからな」
「今回も怒られるのを承知で?」
「いや、なんというか、頭に血がのぼっていてそこまで考えてなかったというか‥‥」
「本当か? 怒られたくて言ったとかじゃないのか」
「な、なにを言うんだお前!」
「嘘嘘、悪かったよ」
「――っ」
ギシギシと音を立て、西洋甲冑は俯く。
溜息を吐き、十二単衣は扇で西洋甲冑の鉄兜をカチン、と叩いた。
「でも、よかったではありませんか」
袈裟が言った。
西洋甲冑と十二単衣は同時に女を見る。
「甲冑さんがなにも起こさず、私の言うことを聞いてくれて、思いとどまってくれてよかったです。人間すべてを滅ぼすということは、私たちの消滅も意味しますからね」
「は?」
「え?」
西洋甲冑と十二単衣は同時に驚いた。
「だって、神というのは人間の願いや望みによって生まれたもの。神がいるから人間がいるのではなく、人間がいるから神がいるのです。人間が信仰するのになにか判りやすい器をと思い、神――私たちが生まれたのです。信仰してくれる人間がいなくなっては、私たち神もいなくなってしまいますよ?」
袈裟の手の数珠が、かちりと鳴る。
「あら? それを前提に人間を滅ぼすなどとおっしゃっていたのでは?」
女の声に、ぎし、と軋み、木犀がほのかに香った。
了
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