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いきなりミッション失敗?
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真夜中、ぬいぐるみで飾り付けられた間接照明の薄明りの中で2つの黒い人影が動く。
それは子供部屋の窓にかかった愛らしいクマ柄のカーテンの隙間をすり抜けて入ってきた侵入者だった。
ただ奇妙なことに、入ってきたのは動く人影だけで、「人」そのものの姿はない。
人影は抜き足……差し足……何だか冗談のような大げさでぎこちない動きで子供ベッドに近付いていく。
人影はそれぞれベッドの左右から顔を覗き込む。
『さて、この子が今夜の最後……。あれ? これは連れていくには幼すぎないか? 』
『そうね。これじゃあ交渉できないし、話をする前に泣き出しそうだわ』
人影はジェスチャーだけでそんな会話を交わしていた。
ベッドの中ではまだ四歳の誕生日を迎えたばかりの小さな女の子がスヤスヤと寝息をたてている。
影の名はレオとリム。
イタズラの代償として子供たちを『連れていく』ミッションを与えられているのだが、 今夜はもうすでに4つの家を回っていて、そのそれぞれの家で散々なめにあっていた。
最初の家では目を開いた瞬間に金切声を上げられて逃げ出し、その後の家でもうっかり物音を立てて大きな犬に吠えられて逃げだし……と逃げ出してばかりなのだ。
ただ、彼らにしてみればそれも仕方ないことだ。万一、全身に強い光を浴びてしまえばアッと息を飲むより前に消えてしまうと言い含められていた。
ミッションは受け入れたが、消えるのなんてごめんだった。
「ん……? だあれ?」
寝ていたはずの女の子はいつの間にか起き上がり、手を伸ばして枕もとのルームランプのスイッチを探っている。
「ああ! ストップ‼ ……ちょっト待ってオクレよ」
とっさにレオは傍らに置いてあったクマのぬいぐるみを掴んで、お人形遊びの要領で女の子に話しかけた。
「ボクだよ! ボクは暗いところでシカお話しデキないんダ。ライトはつケナいで」
女の子は薄明りの中でもはっきりとわかるくらい瞳をキラキラ輝かせてクマを見つめていた。
目覚めるなり大泣きしたりグズったりしなかったのは運がよかったと言える。
それに、どうにか話も通じているようだし、クマのぬいぐるみと話せて喜ぶタイプの子だというのは更にラッキーだ。
「クマちゃん! わかった……! クマちゃん、あのね……、あのね……」
女の子はまだ少ない語彙で一生懸命クマに話しかけるので夢中のようだ。
レオは女の子の話に適当に合わせて可愛らしいクマを演じながら相槌を打っていたが、内心は死にそうなほどドキドキしていた。
もうすっかりミッションのことなんて頭の中から吹き飛んで、ただ消えずに生きて戻るということが思考の全てを支配してしまっていた。
『ボクが引き付けている間に早く‼ 退散‼ 退散‼ 』
『わかったわ!』
二人はまた影の動きだけで話していた。
リムは、今度は目立たないように小さな動きで、ぬぬっと滑るように部屋を移動し、カーテンの隙間をすり抜けて窓の外へ出ていく。
「そレジゃ、ボクもソロそろ眠るよ。いツもボクと遊んでクレテアりがトう。明日もイっぱい遊ぼうね。おヤスみ!」
レオも適当にそう言い残して壁を滑りカーテンの隙間へと移動を開始する。
「……うん。クマちゃん、おやすみなさい」
くたっとなったクマのぬいぐるみを自分の隣に寝かせてちょっと残念そうに女の子も目を閉じる。
窓の外の壁には人影が2つ張り付いていた。
今夜は天気の良い満月の夜なので、誰かの目に触れてしまえばその影の不自然さに気付かれてしまいそうだ。
しばらく夜風に当たっているうちに二人の気持ちは落ち着きを取り戻し、意外とこの家の子供なら説き伏せて連れていけたのではないかと思い至り、逃げ出した自分たちの失態がのしかかる。
『迎えの船までどのくらい? 戻って話してみるか?』
『無理よ。あと十分足らずだもの。船に乗り遅れたら大変だわ。ああでも、収穫なしなんて怒られるわね……』
壁に映る影がまた身振りで会話をしている。
『消えてしまわなかっただけ幸運だよ』
『そうね。考えただけで恐ろしいわ』
二人は膝を抱えて押し黙った。
キイ……キイ……。
夜の静けさを木材の軋むような音がゆっくり二人の元へ近づいてくる。
マダムバウムの船だ。
船首でマダムバウムが仁王立ちになっているのが満月の逆光で恐ろしく見えた。
「レオ、リム、手を」
マダムバウムは2人に向かって手を伸ばした。
マダムバウムは体も大きい。けれど、その体にすら不釣り合いな大きな手。
その手が、二人の影の手を掴むと、引っ張り出すような動きをした。
すると、真っ黒な影の中からポンっと美しい妖精の姿が現れる。
二人はお互いの姿を羽の裏側に至るまで確認して、ちゃんと隅々まで元通りになったことがわかるとマダムバウムの大きな体にハグをした。
「「ただいま、マダムバウム!」」
マダムバウムは二人を抱きとめて優しく背中を撫でた。
「二人とも、まずは無事でよかったわ。でも結果は別よ」
それから務めてピリッとした表情を作る。
「いい? あなたたち妖精はイタズラなしでは生きられないわ。だから、イタズラが許される代わりに勤めを果たす決まりになっているわね。だけど、その勤めが果たせないなら、代わりに罰を与えることになるわ。そのほうがいいのかしら?」
二人は体を小さくして恐る恐る聞いてみた。
「「……罰ってどんな?」」
マダムバウムは二人を自分の目の高さに摘まみ上げて目を大きく見開き、冷たい声色で笑いながらこう言った。
「そうね。あなたたちが二度とイタズラをできないように、その綺麗な羽を切り取って瓶詰にしてしまう……とか?」
二人の喉の奥から「「ヒィッ」」という声にならない声がしたので、マダムバウムは満足気だ。
「大丈夫よ。ミッション完了したら返すわ」
「……リム、もっとそっと部屋に入って静かに動く練習だ!」
「レオ、今度は最初からクマ作戦でいきましょう!」
どうやらマダムバウムの作戦は成功したようで、二人は次こそはミッションを果たせるように真剣な表情で話し合いを始めた。
船はキイ……キイ……と音を立てて、満月を目指すように上っていく。
船にはマダムバウムとイタズラ好きの妖精が数人。
そして、『連れてこられた』何人かの子供たち。
それは子供部屋の窓にかかった愛らしいクマ柄のカーテンの隙間をすり抜けて入ってきた侵入者だった。
ただ奇妙なことに、入ってきたのは動く人影だけで、「人」そのものの姿はない。
人影は抜き足……差し足……何だか冗談のような大げさでぎこちない動きで子供ベッドに近付いていく。
人影はそれぞれベッドの左右から顔を覗き込む。
『さて、この子が今夜の最後……。あれ? これは連れていくには幼すぎないか? 』
『そうね。これじゃあ交渉できないし、話をする前に泣き出しそうだわ』
人影はジェスチャーだけでそんな会話を交わしていた。
ベッドの中ではまだ四歳の誕生日を迎えたばかりの小さな女の子がスヤスヤと寝息をたてている。
影の名はレオとリム。
イタズラの代償として子供たちを『連れていく』ミッションを与えられているのだが、 今夜はもうすでに4つの家を回っていて、そのそれぞれの家で散々なめにあっていた。
最初の家では目を開いた瞬間に金切声を上げられて逃げ出し、その後の家でもうっかり物音を立てて大きな犬に吠えられて逃げだし……と逃げ出してばかりなのだ。
ただ、彼らにしてみればそれも仕方ないことだ。万一、全身に強い光を浴びてしまえばアッと息を飲むより前に消えてしまうと言い含められていた。
ミッションは受け入れたが、消えるのなんてごめんだった。
「ん……? だあれ?」
寝ていたはずの女の子はいつの間にか起き上がり、手を伸ばして枕もとのルームランプのスイッチを探っている。
「ああ! ストップ‼ ……ちょっト待ってオクレよ」
とっさにレオは傍らに置いてあったクマのぬいぐるみを掴んで、お人形遊びの要領で女の子に話しかけた。
「ボクだよ! ボクは暗いところでシカお話しデキないんダ。ライトはつケナいで」
女の子は薄明りの中でもはっきりとわかるくらい瞳をキラキラ輝かせてクマを見つめていた。
目覚めるなり大泣きしたりグズったりしなかったのは運がよかったと言える。
それに、どうにか話も通じているようだし、クマのぬいぐるみと話せて喜ぶタイプの子だというのは更にラッキーだ。
「クマちゃん! わかった……! クマちゃん、あのね……、あのね……」
女の子はまだ少ない語彙で一生懸命クマに話しかけるので夢中のようだ。
レオは女の子の話に適当に合わせて可愛らしいクマを演じながら相槌を打っていたが、内心は死にそうなほどドキドキしていた。
もうすっかりミッションのことなんて頭の中から吹き飛んで、ただ消えずに生きて戻るということが思考の全てを支配してしまっていた。
『ボクが引き付けている間に早く‼ 退散‼ 退散‼ 』
『わかったわ!』
二人はまた影の動きだけで話していた。
リムは、今度は目立たないように小さな動きで、ぬぬっと滑るように部屋を移動し、カーテンの隙間をすり抜けて窓の外へ出ていく。
「そレジゃ、ボクもソロそろ眠るよ。いツもボクと遊んでクレテアりがトう。明日もイっぱい遊ぼうね。おヤスみ!」
レオも適当にそう言い残して壁を滑りカーテンの隙間へと移動を開始する。
「……うん。クマちゃん、おやすみなさい」
くたっとなったクマのぬいぐるみを自分の隣に寝かせてちょっと残念そうに女の子も目を閉じる。
窓の外の壁には人影が2つ張り付いていた。
今夜は天気の良い満月の夜なので、誰かの目に触れてしまえばその影の不自然さに気付かれてしまいそうだ。
しばらく夜風に当たっているうちに二人の気持ちは落ち着きを取り戻し、意外とこの家の子供なら説き伏せて連れていけたのではないかと思い至り、逃げ出した自分たちの失態がのしかかる。
『迎えの船までどのくらい? 戻って話してみるか?』
『無理よ。あと十分足らずだもの。船に乗り遅れたら大変だわ。ああでも、収穫なしなんて怒られるわね……』
壁に映る影がまた身振りで会話をしている。
『消えてしまわなかっただけ幸運だよ』
『そうね。考えただけで恐ろしいわ』
二人は膝を抱えて押し黙った。
キイ……キイ……。
夜の静けさを木材の軋むような音がゆっくり二人の元へ近づいてくる。
マダムバウムの船だ。
船首でマダムバウムが仁王立ちになっているのが満月の逆光で恐ろしく見えた。
「レオ、リム、手を」
マダムバウムは2人に向かって手を伸ばした。
マダムバウムは体も大きい。けれど、その体にすら不釣り合いな大きな手。
その手が、二人の影の手を掴むと、引っ張り出すような動きをした。
すると、真っ黒な影の中からポンっと美しい妖精の姿が現れる。
二人はお互いの姿を羽の裏側に至るまで確認して、ちゃんと隅々まで元通りになったことがわかるとマダムバウムの大きな体にハグをした。
「「ただいま、マダムバウム!」」
マダムバウムは二人を抱きとめて優しく背中を撫でた。
「二人とも、まずは無事でよかったわ。でも結果は別よ」
それから務めてピリッとした表情を作る。
「いい? あなたたち妖精はイタズラなしでは生きられないわ。だから、イタズラが許される代わりに勤めを果たす決まりになっているわね。だけど、その勤めが果たせないなら、代わりに罰を与えることになるわ。そのほうがいいのかしら?」
二人は体を小さくして恐る恐る聞いてみた。
「「……罰ってどんな?」」
マダムバウムは二人を自分の目の高さに摘まみ上げて目を大きく見開き、冷たい声色で笑いながらこう言った。
「そうね。あなたたちが二度とイタズラをできないように、その綺麗な羽を切り取って瓶詰にしてしまう……とか?」
二人の喉の奥から「「ヒィッ」」という声にならない声がしたので、マダムバウムは満足気だ。
「大丈夫よ。ミッション完了したら返すわ」
「……リム、もっとそっと部屋に入って静かに動く練習だ!」
「レオ、今度は最初からクマ作戦でいきましょう!」
どうやらマダムバウムの作戦は成功したようで、二人は次こそはミッションを果たせるように真剣な表情で話し合いを始めた。
船はキイ……キイ……と音を立てて、満月を目指すように上っていく。
船にはマダムバウムとイタズラ好きの妖精が数人。
そして、『連れてこられた』何人かの子供たち。
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