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魔王軍襲来
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通された古城の広い謁見の間の玉座に座っていたのは、女性だった。吸血鬼と聞き、マント姿の渋めのおっさんを想像していたのだが、外見的には女剣士と変わらない風貌で、急な来客に迷惑そうな顔をしていた。
俺たちの背後には警戒するように最初に対応した人狼を含め数人の執事たちが控えていた。全員美男子で、いかにも人外という雰囲気が漂っていた。
こちらが冒険者の恰好をしているので、主人の命を狙いに来たと疑っているのかもしれない。いざとなったら背後から俺たちに襲い掛かってくるつもりだろう。だが、それも当然で、冒険者は魔族や魔物を狩る側で、吸血鬼は人間の血を吸う狩る狩られる関係だから、警戒されるのは当然だ。門前で追い返されても、本来は文句は言えないだろう。
「森の大賢者の紹介だというが、まず、お主は人間か、魔物か? それと一緒に連れている連中は神の使徒か、そなたらも普通の人間ではあるまい?」
彼女は、俺たちを品定めするように言った。
なるほど、今の俺は人間か魔なのか判別がつきにくく、神の果物を食べた相棒らもただの人間とは言えなくなっているのか。とにかく、もう何度目かになるが、俺は改めて自分で自分の状況の説明を始めた。
「俺は、触手王を退治したら、呪われてこんな姿に。これでも、一応、人間です。彼女たちは聖なる天上の実を食べたのでちょっと普通の人間とは違ってしまいましたが、彼女たちも人間です」
「ほぉ、神の実を食ったのか、そこの女どものことは分かるが、お主はなんだ、人が呪われてそんなきもい姿に変化するなど見たことも聞いたこともないぞ」
どうやら、魔族でも、俺のような例は珍しいようだ。
「ですから、魔族であるあなたにこの腕の治し方をご存じないかと」
「治し方? 余は医者ではないぞ?」
「ですが、大賢者様が、魔族のことは魔族に聞くのが一番と、それに不老不死であるあなたなら、知識も豊富だろうと」
「なるほど、余を頼って来た理由は分かった。で、確認したいのだが、本当にお主が、あの触手王を退治したのか? あれは、我ら魔族の中でも、魔王クラスの上位種だぞ」
「はい、倒しました。ですから、呪われてこんな腕に・・・」
フッと吸血鬼が消えた。気づくと俺のすぐ目の前に移動していた。
速すぎて動きが見えず、みなザワッとしたが、攻撃ではなく、俺の触手を近くで見ようとしただけのようだ。
「殺した相手を恨んで共倒れを狙うやつは多い。ただでは死なぬというやつだ。これがあるから、上位の魔族たちは共倒れを避けて、互いに争わぬようにしておる。だから、余とて、この近くで悪さしておった触手王を放置しておった。もしかしたら、余が、今のお主のようになっていたのかもしれぬな」
彼女はそっと俺の触手を撫でた。
「うむ、ビクビクと生きとる。本物じゃな。ん、これは・・・、なるほど、なるほど、そういうことか。あやつ、死んでおらぬぞ」
直に触って何かを察したらしい吸血鬼が、牙を見せて二ッと笑う。
「死んでない?」
「ああ、そうじゃ。お主、あやつの肉体をすぐに燃やして一片残らず処分したか」
「いえ、触手王を退治した証拠に触手の一部を切り取って、残りは埋めました」
「それじゃ、それが失敗だったのぉ」
「失敗?」
「そうじゃ、我らの中には、分身体を作って、本体を残して逃げ去る者がおる。あやつも触手の一部に己の魂を移し、その一部だけで逃げようとして、その逃げようとした触手をお主に切り取られ、仕方なくお主に寄生したのであろう」
「寄生? 魂を宿した触手なんて、適当に切っただけですし、それにこれ、俺の意志で自由に動きますけど」
俺は腕の触手をニュルニュルと動かしてみせる。
「なんとなく、魂のある触手に引かれたのであろう。そして、寄生しているお主が死ねば、自分も死ぬから、自分の力を貸し与えてやっとるというところじゃろ。今、奴はお主の肉体や魂に寄生して生気や養分を吸い取って辛うじて生きているだけだ。お主から栄養を搾り取り、離れても大丈夫になったらお主の腕から離れるじゃろう」
「離れる? つまり、放っておけば俺の腕は元に?」
「食われた部分は、戻らんだろう。それに、あやつが復活する頃には、お主はガリガリに痩せて死に掛けになっているのではないかな?」
「で、では、どうすれば」
「まず、やつを完全に退治したいのなら、お主の腕についているうちにお主ごと始末すればよい」
「じゃ、俺に死ねと」
「本気でやつを退治したいのなら、それが一番確実で手っ取り早いと言っているだけだ。お主が助かりたいというのなら、うむ・・・手がないわけではない」
「俺が助かる方法があると?」
「それを、余にタダで教えろと?」
「あの、申し訳ありませんが、触手王を退治した報奨金がすこし残っているだけで、俺、あまりお金は・・・」
「おいおい、余は、吸血鬼じゃぞ、そなたの連れている娘ら、三人はまだ処女であろうが」
団長を除く、聖女様、獣人娘、女剣士の三人のことを言っているようだ。俺の相棒は触手王になぶられたが、それはノーカンのようだ。
俺は困ったように相棒たちを見た。
「いいわよ、別に、死ぬほど吸われないなら、ちょっとぐらいの血なら」
「そうですね、これも神の試練でしょう」
「冒険者になるなら、吸血鬼に血を吸われる経験もわるくないかもね」
三人はすぐに承諾した。当分、俺は彼女たちに頭が上がらなさそうだ。相棒も、俺に頭を上がらなくさせるために血を提供するつもりのようだが、一応、念のため確認する。
「あの、本当に、死ぬほど、吸ったりしないですよね」
「そこまで吸ったら、お主らが、余を討つじゃろ。心配するな、この地に居ついて、人間から死ぬほど血を吸った覚えはない。もし、そんなことをしていれば、お主らの仲間が、命がけでここに討伐に来ておろう」
確かに、吸血鬼がいると分かっているのに、ギルドは近づくなと注意喚起をしているだけで、退治しようとは考えていないようだった。
「さて、取引成立ということでよいな?」
「はい」
「だが、娘たちだけが損をして、当事者のお主が何もせぬというのは不公平であろう」
「はぁ、そうですね。俺の血も吸いますか?」
「あやつと混じった血など、不味そうで吸う気はないわ。それより、余と勝負せい」
「勝負?」
「そうじゃ、人間と魔の混じり者と戦ったことはないのでな、ちと興味がある。お主には、それに付き合ってもらおう。どうじゃな」
「戦ったら、俺が助かる方法を教えてくれると?」
「助かるというより、いま寄生しているやつをお主の身体から引き離す方法じゃよ」
「引き離せば、助かりますか?」
「とりあえず、色々搾り取られて死ぬのは回避できるであろう」
「は、はぁ・・・」
「そんな顔せずともお前には神の使徒様が付いておろう。その触手が離れたら、腕の一本や二本再生してもらえ」
「できる?」
俺は聖女様を見た。
「やったことないので分かりませんが、死者蘇生よりは簡単だとは思います」
まだ聖なる実を食べて日が浅いので、聖女様自身、どこまで何ができるのか把握できていないようだ。
「とにかく、そいつをお主の身体から早く引っぺがした方がいいぞ、腕だけでなく、身体の済み済みまで根を張られ、最悪、自我まで乗っ取られ、お主の足まで触手に変化して、お主自身が触手王に生まれ変わるかもしれんぞ」
「つまり、肉体をすべて乗っ取られると?」
「その可能性があるということじゃ、なにしろ、余もこんなの初めて見る。このまま放置したら、どうなるか、分からん」
「あの、あなたは触手王と同じ魔族ですよね。そんなに色々教えてくれていいんですか」
「ああ、構わん、同じ魔族とはいえ、私は女をもてあそぶあやつが好かん。食らうために襲うのならわかるが、あれは、ただ快楽のために女を襲う。あやつは勝手に私のいるこの地にやって来た。あやつは、このあたりの女はすべて自分のものだと勝手に公言して、人間の女を襲うこの辺りのゴブリンを勝手に駆逐した。己の快楽のためにな」
そういえば、ギルドの依頼でゴブリン退治を請け負ったことが最近なかったことを思い出す。
「あやつは、己の快楽のために、人間の女を襲う魔物を駆逐した。この辺りに住む女はすべて、俺のものとな。だが、余にとっても、この辺りの人間たちは大切な食料じゃ、同じ魔族でも、相容れぬとは思わぬか」
実のなる木々を守るのが吸血鬼で、面白半分で、その実のなる木々を折るのが触手王ということになるのだろう。
確かに、相容れぬというのは分かる気がする。
俺たちはお互いに色々と隠さずに話しながら、月明かりの下、彼女の城の外に出た。
彼女の城以外、周りは木々と草だけで、特に何もない草原だ。ここなら派手に戦っても誰の迷惑にもならないだろう。
「さて、この勝負、余はお主に助かる策を授けるとして、お主が勝ったら、何か特別な褒美が欲しいか?」
「褒美?」
「そうじゃ、なにか特別な褒美があれば、お主もやる気がでるじゃろ」
「いえ、俺は、助かる方法を教えてくれるだけで十分です」
「それでは、張り合いがなかろう。お主に適当に手を抜かれては面白くない。真剣勝負がしたい。どうじゃ、余が負けたら、今宵一晩、余の身体を好きにしてよいぞ」
「え、それって?」
「余を、好きなように犯せと言っておる」
「なっ」
俺も驚いたが、俺たちの戦いを観戦しようとついてきた相棒や人狼の執事たちも俺と同じ顔をしていた
「どうじゃ、余の肉体が褒美なら、やる気も出るのではないか」
吸血姫はその美貌に自信があるらしく、そう挑発してきた。いつぞやの女剣士に似ている。
俺って、エロをエサにされたらやる気が出るような顔をしているのだろうか。
「エロいことしていいって、本気ですか?」
俺が念押しすると女剣士がビクッと反応したように見えた。スケベ野郎と軽蔑し、俺をぶん殴りたそうにしている。
「おい、何で、そんな怒ったような顔して俺を見るんだよ、聖女様まで」
殴らなくても、すでに俺は内心でこめかみの痛みと戦っていた。
「私は怒っていません。ただ、あなたが魔族相手に鼻の下を伸ばしているように見えたものですから」
「聖女様まで、俺がエロ目的でやる気になってると?」
「ハハハ、こっちのことは気にするな、こいつはお前の戦だ。お前の好きにやれ」
観客に徹していた団長さんだけが、俺に励ましの声を掛けてくれる。
「分かりました」
「さて、十分にやる気が出たと思ってよいな。全力で行くぞ」
吸血鬼の妖しい目で俺を見据えていた。
「余を、存分に楽しませてくれよ」
その動きは眼でとらえられなかったが、気配を感じて触手を動かした。
同じ魔族だから気配を感じられるのか、俺は超速の吸血鬼を触手で捕まえようとした。そこにいると感じて先回りするように触手を伸ばすが、弾かれる。
「ちっ! この!」
すぐ触手を伸ばし直すが、それも躱される。
「うむ、動きは悪くない」
彼女は後ろに現れて俺の耳元で囁いた。慌てて触手を背後に伸ばすがそこにはもういなかった。
だめだ、ただ追っては。俺は咄嗟に奇策を考え付いた。拳を握るように触手をまとめて一本の鞭のように彼女を追う。そして、躱されそうに感じた瞬間、手を広げるようにバッと網のように触手を広げた。いきなり分裂した触手にさすがの吸血鬼も驚き、俺は投網のように彼女を捕まえた。
「うっ、ああ・・・」
逃げられないように強く触手で握りすぎたのか、彼女が苦悶の表情を受けべる。
「こ、この、くっ・・・」
「ご主人様」
捕まった主人を見て思わず人狼の執事たちが飛び出しそうになったのを、団長が手を広げて止める。
「おっと邪魔しちゃだめだぜ。そういう勝負だろ。それに助けて欲しいなら、自分でお前たちを呼ぶだろうさ」
そう、触手に完全に握られていたが、彼女は惨めに助けを呼んだりはしていない。
「うぉぉ、くっ、こ、この・・・・」
なんとか触手から逃れようともがくので、俺もしかたなく強く締め付け返す。
早くギブアップしてくれないかなと内心で思っていたが、彼女は頬を高揚させて笑っていた。
「あ、ぁぁ・・・あ、絞めつけられる、あ、ぁぁ・・いい、いいぞ、こんなの初めてだ・・・」
触手にきつく締められているのに、彼女は身悶えするように震えていた。
「おい、も、もっと締めぬか、ぬるい、ぬるいぞ・・・」
最初は、捕まって狼狽えるように悶えていたが、その触手に絞めつけられる感触に苦痛ではないものを感じているようで、さらに頬を染めて歓喜するように身悶えを続けていた。
「これが、あやつの触手か、こ、これは、あ、あぁぁ、いい、いいぞ・・・」
これまで吸血鬼として強すぎて、敵から痛みのようなものを受けたことがなく、初めて味わう痛みに喜んでいた。
「あ、あの、とりあえず、これで、俺の勝ちってことでいいですね」
「あぁぁ、そうだな、私の負けだ」
そして、俺は彼女を触手から解放したのだが、女剣士らは勝者の俺を冷めた目で見た。
「な、なんだよ、なにか文句があるのかよ」
「いや、べつに」
女剣士はぷいとしたが、すぐに表情を強張らせた。
「なんだい、これ、この辺りのゴブリンは触手王が駆除したんじゃなかったのかよ」
バッと腰の剣に手を伸ばし身構える。
「いや、この匂い、ゴブリンだけじゃなくて、オーガにトロールも混じっている」
獣人娘も、鼻をヒクヒクさせて周囲を警戒する。
人狼執事たちも慌てて主のそばに来る。
「申し訳ありません、ご主人様の戦いに夢中になりやつらの接近に気づきませんでした」
「よい、奴らの接近に気づかなかったのは、余も同じ。しかし、遊ぶのに夢中になり過ぎた。こりゃ、思ったより早く魔王が動いたみたいだね」
吸血鬼が冷静に周囲の様子を分析する。
「魔王?」
俺が首を傾げると親切に彼女は補足してくれた。
「この辺りは余と触手王の縄張りだったから、しばらく魔王も手を出すのを控えていた、その片方の触手王がいなくなったので、残った余を始末して、魔王軍は人間界制服の足掛かりにでもしたいんじゃないか」
「魔王軍・・・」
「そう、触手王がいなくなったのを好機とみて、この私を潰して、この辺りを一気に征服したい。これでも私は、自分の糧となる人間を守っているからね。この私を潰し、一気に人間たちの街や村を略奪しまくるつもりだろうさ。いいから、あんたらは逃げなさい」
「え」
「これは、余と魔王との小競り合い。人間のあんたらには関係ない」
「いえ、逃げませんよ」
「ん?」
「まだ、俺、特別なご褒美をいただいてませんし、策を伺っていません、あなたがいなくなったら、次は俺たちの街が魔王軍に蹂躙されるのでしょう? ならば、ここで、ともに食い止めましょう」
「確かに、ここで止めないと、調子にのって人間の街までなだれ込んできそうだね」
団長さんも身構えていた。
「魔王軍と一戦か、オヤジが聞いたら卒倒しそうだな」
獣人娘も苦笑する。
「なら、お嬢ちゃんは離れて見学してるかい? いいよ、見てるだけでも」
団長が獣人娘を見る。
「いやいや、こんなおいしい実戦経験、逃す気はないよ」
「ほぉ、神の使徒も参戦するか?」
俺たちは誰も逃げることなく、身構えていた。
戦闘能力のない聖女様も,俺たちを支援する気満々だった。
「やりましょう」
女剣士は魔族との共闘を不本意と思いつつ、剣を抜いて、周囲の茂みへ切っ先を向けた。
「では、彼らを撃退したあとで、勝利の晩餐でもしようか。お主たちに余が馳走しよう」
彼女の執事たち人狼も月明かりの下で、本来の姿である狼に戻っていた
「晩餐って、人間の生き血を使った料理じゃないでしょうね」
女剣士が皮肉っぽく言う。
「おいおい、吸血鬼が人間の生き血しか吸わぬというのは人間どもの偏見じゃぞ、余に仕えて長寿となったうちの執事どもの料理の腕、驚くなよ」
「では、さっさと片付けてご馳走させていただきましょうか」
そうして、吸血鬼と人狼、俺と女剣士、聖女様、獣人娘、団長の即席同盟軍対魔王軍の戦いは始まった。
俺たちの背後には警戒するように最初に対応した人狼を含め数人の執事たちが控えていた。全員美男子で、いかにも人外という雰囲気が漂っていた。
こちらが冒険者の恰好をしているので、主人の命を狙いに来たと疑っているのかもしれない。いざとなったら背後から俺たちに襲い掛かってくるつもりだろう。だが、それも当然で、冒険者は魔族や魔物を狩る側で、吸血鬼は人間の血を吸う狩る狩られる関係だから、警戒されるのは当然だ。門前で追い返されても、本来は文句は言えないだろう。
「森の大賢者の紹介だというが、まず、お主は人間か、魔物か? それと一緒に連れている連中は神の使徒か、そなたらも普通の人間ではあるまい?」
彼女は、俺たちを品定めするように言った。
なるほど、今の俺は人間か魔なのか判別がつきにくく、神の果物を食べた相棒らもただの人間とは言えなくなっているのか。とにかく、もう何度目かになるが、俺は改めて自分で自分の状況の説明を始めた。
「俺は、触手王を退治したら、呪われてこんな姿に。これでも、一応、人間です。彼女たちは聖なる天上の実を食べたのでちょっと普通の人間とは違ってしまいましたが、彼女たちも人間です」
「ほぉ、神の実を食ったのか、そこの女どものことは分かるが、お主はなんだ、人が呪われてそんなきもい姿に変化するなど見たことも聞いたこともないぞ」
どうやら、魔族でも、俺のような例は珍しいようだ。
「ですから、魔族であるあなたにこの腕の治し方をご存じないかと」
「治し方? 余は医者ではないぞ?」
「ですが、大賢者様が、魔族のことは魔族に聞くのが一番と、それに不老不死であるあなたなら、知識も豊富だろうと」
「なるほど、余を頼って来た理由は分かった。で、確認したいのだが、本当にお主が、あの触手王を退治したのか? あれは、我ら魔族の中でも、魔王クラスの上位種だぞ」
「はい、倒しました。ですから、呪われてこんな腕に・・・」
フッと吸血鬼が消えた。気づくと俺のすぐ目の前に移動していた。
速すぎて動きが見えず、みなザワッとしたが、攻撃ではなく、俺の触手を近くで見ようとしただけのようだ。
「殺した相手を恨んで共倒れを狙うやつは多い。ただでは死なぬというやつだ。これがあるから、上位の魔族たちは共倒れを避けて、互いに争わぬようにしておる。だから、余とて、この近くで悪さしておった触手王を放置しておった。もしかしたら、余が、今のお主のようになっていたのかもしれぬな」
彼女はそっと俺の触手を撫でた。
「うむ、ビクビクと生きとる。本物じゃな。ん、これは・・・、なるほど、なるほど、そういうことか。あやつ、死んでおらぬぞ」
直に触って何かを察したらしい吸血鬼が、牙を見せて二ッと笑う。
「死んでない?」
「ああ、そうじゃ。お主、あやつの肉体をすぐに燃やして一片残らず処分したか」
「いえ、触手王を退治した証拠に触手の一部を切り取って、残りは埋めました」
「それじゃ、それが失敗だったのぉ」
「失敗?」
「そうじゃ、我らの中には、分身体を作って、本体を残して逃げ去る者がおる。あやつも触手の一部に己の魂を移し、その一部だけで逃げようとして、その逃げようとした触手をお主に切り取られ、仕方なくお主に寄生したのであろう」
「寄生? 魂を宿した触手なんて、適当に切っただけですし、それにこれ、俺の意志で自由に動きますけど」
俺は腕の触手をニュルニュルと動かしてみせる。
「なんとなく、魂のある触手に引かれたのであろう。そして、寄生しているお主が死ねば、自分も死ぬから、自分の力を貸し与えてやっとるというところじゃろ。今、奴はお主の肉体や魂に寄生して生気や養分を吸い取って辛うじて生きているだけだ。お主から栄養を搾り取り、離れても大丈夫になったらお主の腕から離れるじゃろう」
「離れる? つまり、放っておけば俺の腕は元に?」
「食われた部分は、戻らんだろう。それに、あやつが復活する頃には、お主はガリガリに痩せて死に掛けになっているのではないかな?」
「で、では、どうすれば」
「まず、やつを完全に退治したいのなら、お主の腕についているうちにお主ごと始末すればよい」
「じゃ、俺に死ねと」
「本気でやつを退治したいのなら、それが一番確実で手っ取り早いと言っているだけだ。お主が助かりたいというのなら、うむ・・・手がないわけではない」
「俺が助かる方法があると?」
「それを、余にタダで教えろと?」
「あの、申し訳ありませんが、触手王を退治した報奨金がすこし残っているだけで、俺、あまりお金は・・・」
「おいおい、余は、吸血鬼じゃぞ、そなたの連れている娘ら、三人はまだ処女であろうが」
団長を除く、聖女様、獣人娘、女剣士の三人のことを言っているようだ。俺の相棒は触手王になぶられたが、それはノーカンのようだ。
俺は困ったように相棒たちを見た。
「いいわよ、別に、死ぬほど吸われないなら、ちょっとぐらいの血なら」
「そうですね、これも神の試練でしょう」
「冒険者になるなら、吸血鬼に血を吸われる経験もわるくないかもね」
三人はすぐに承諾した。当分、俺は彼女たちに頭が上がらなさそうだ。相棒も、俺に頭を上がらなくさせるために血を提供するつもりのようだが、一応、念のため確認する。
「あの、本当に、死ぬほど、吸ったりしないですよね」
「そこまで吸ったら、お主らが、余を討つじゃろ。心配するな、この地に居ついて、人間から死ぬほど血を吸った覚えはない。もし、そんなことをしていれば、お主らの仲間が、命がけでここに討伐に来ておろう」
確かに、吸血鬼がいると分かっているのに、ギルドは近づくなと注意喚起をしているだけで、退治しようとは考えていないようだった。
「さて、取引成立ということでよいな?」
「はい」
「だが、娘たちだけが損をして、当事者のお主が何もせぬというのは不公平であろう」
「はぁ、そうですね。俺の血も吸いますか?」
「あやつと混じった血など、不味そうで吸う気はないわ。それより、余と勝負せい」
「勝負?」
「そうじゃ、人間と魔の混じり者と戦ったことはないのでな、ちと興味がある。お主には、それに付き合ってもらおう。どうじゃな」
「戦ったら、俺が助かる方法を教えてくれると?」
「助かるというより、いま寄生しているやつをお主の身体から引き離す方法じゃよ」
「引き離せば、助かりますか?」
「とりあえず、色々搾り取られて死ぬのは回避できるであろう」
「は、はぁ・・・」
「そんな顔せずともお前には神の使徒様が付いておろう。その触手が離れたら、腕の一本や二本再生してもらえ」
「できる?」
俺は聖女様を見た。
「やったことないので分かりませんが、死者蘇生よりは簡単だとは思います」
まだ聖なる実を食べて日が浅いので、聖女様自身、どこまで何ができるのか把握できていないようだ。
「とにかく、そいつをお主の身体から早く引っぺがした方がいいぞ、腕だけでなく、身体の済み済みまで根を張られ、最悪、自我まで乗っ取られ、お主の足まで触手に変化して、お主自身が触手王に生まれ変わるかもしれんぞ」
「つまり、肉体をすべて乗っ取られると?」
「その可能性があるということじゃ、なにしろ、余もこんなの初めて見る。このまま放置したら、どうなるか、分からん」
「あの、あなたは触手王と同じ魔族ですよね。そんなに色々教えてくれていいんですか」
「ああ、構わん、同じ魔族とはいえ、私は女をもてあそぶあやつが好かん。食らうために襲うのならわかるが、あれは、ただ快楽のために女を襲う。あやつは勝手に私のいるこの地にやって来た。あやつは、このあたりの女はすべて自分のものだと勝手に公言して、人間の女を襲うこの辺りのゴブリンを勝手に駆逐した。己の快楽のためにな」
そういえば、ギルドの依頼でゴブリン退治を請け負ったことが最近なかったことを思い出す。
「あやつは、己の快楽のために、人間の女を襲う魔物を駆逐した。この辺りに住む女はすべて、俺のものとな。だが、余にとっても、この辺りの人間たちは大切な食料じゃ、同じ魔族でも、相容れぬとは思わぬか」
実のなる木々を守るのが吸血鬼で、面白半分で、その実のなる木々を折るのが触手王ということになるのだろう。
確かに、相容れぬというのは分かる気がする。
俺たちはお互いに色々と隠さずに話しながら、月明かりの下、彼女の城の外に出た。
彼女の城以外、周りは木々と草だけで、特に何もない草原だ。ここなら派手に戦っても誰の迷惑にもならないだろう。
「さて、この勝負、余はお主に助かる策を授けるとして、お主が勝ったら、何か特別な褒美が欲しいか?」
「褒美?」
「そうじゃ、なにか特別な褒美があれば、お主もやる気がでるじゃろ」
「いえ、俺は、助かる方法を教えてくれるだけで十分です」
「それでは、張り合いがなかろう。お主に適当に手を抜かれては面白くない。真剣勝負がしたい。どうじゃ、余が負けたら、今宵一晩、余の身体を好きにしてよいぞ」
「え、それって?」
「余を、好きなように犯せと言っておる」
「なっ」
俺も驚いたが、俺たちの戦いを観戦しようとついてきた相棒や人狼の執事たちも俺と同じ顔をしていた
「どうじゃ、余の肉体が褒美なら、やる気も出るのではないか」
吸血姫はその美貌に自信があるらしく、そう挑発してきた。いつぞやの女剣士に似ている。
俺って、エロをエサにされたらやる気が出るような顔をしているのだろうか。
「エロいことしていいって、本気ですか?」
俺が念押しすると女剣士がビクッと反応したように見えた。スケベ野郎と軽蔑し、俺をぶん殴りたそうにしている。
「おい、何で、そんな怒ったような顔して俺を見るんだよ、聖女様まで」
殴らなくても、すでに俺は内心でこめかみの痛みと戦っていた。
「私は怒っていません。ただ、あなたが魔族相手に鼻の下を伸ばしているように見えたものですから」
「聖女様まで、俺がエロ目的でやる気になってると?」
「ハハハ、こっちのことは気にするな、こいつはお前の戦だ。お前の好きにやれ」
観客に徹していた団長さんだけが、俺に励ましの声を掛けてくれる。
「分かりました」
「さて、十分にやる気が出たと思ってよいな。全力で行くぞ」
吸血鬼の妖しい目で俺を見据えていた。
「余を、存分に楽しませてくれよ」
その動きは眼でとらえられなかったが、気配を感じて触手を動かした。
同じ魔族だから気配を感じられるのか、俺は超速の吸血鬼を触手で捕まえようとした。そこにいると感じて先回りするように触手を伸ばすが、弾かれる。
「ちっ! この!」
すぐ触手を伸ばし直すが、それも躱される。
「うむ、動きは悪くない」
彼女は後ろに現れて俺の耳元で囁いた。慌てて触手を背後に伸ばすがそこにはもういなかった。
だめだ、ただ追っては。俺は咄嗟に奇策を考え付いた。拳を握るように触手をまとめて一本の鞭のように彼女を追う。そして、躱されそうに感じた瞬間、手を広げるようにバッと網のように触手を広げた。いきなり分裂した触手にさすがの吸血鬼も驚き、俺は投網のように彼女を捕まえた。
「うっ、ああ・・・」
逃げられないように強く触手で握りすぎたのか、彼女が苦悶の表情を受けべる。
「こ、この、くっ・・・」
「ご主人様」
捕まった主人を見て思わず人狼の執事たちが飛び出しそうになったのを、団長が手を広げて止める。
「おっと邪魔しちゃだめだぜ。そういう勝負だろ。それに助けて欲しいなら、自分でお前たちを呼ぶだろうさ」
そう、触手に完全に握られていたが、彼女は惨めに助けを呼んだりはしていない。
「うぉぉ、くっ、こ、この・・・・」
なんとか触手から逃れようともがくので、俺もしかたなく強く締め付け返す。
早くギブアップしてくれないかなと内心で思っていたが、彼女は頬を高揚させて笑っていた。
「あ、ぁぁ・・・あ、絞めつけられる、あ、ぁぁ・・いい、いいぞ、こんなの初めてだ・・・」
触手にきつく締められているのに、彼女は身悶えするように震えていた。
「おい、も、もっと締めぬか、ぬるい、ぬるいぞ・・・」
最初は、捕まって狼狽えるように悶えていたが、その触手に絞めつけられる感触に苦痛ではないものを感じているようで、さらに頬を染めて歓喜するように身悶えを続けていた。
「これが、あやつの触手か、こ、これは、あ、あぁぁ、いい、いいぞ・・・」
これまで吸血鬼として強すぎて、敵から痛みのようなものを受けたことがなく、初めて味わう痛みに喜んでいた。
「あ、あの、とりあえず、これで、俺の勝ちってことでいいですね」
「あぁぁ、そうだな、私の負けだ」
そして、俺は彼女を触手から解放したのだが、女剣士らは勝者の俺を冷めた目で見た。
「な、なんだよ、なにか文句があるのかよ」
「いや、べつに」
女剣士はぷいとしたが、すぐに表情を強張らせた。
「なんだい、これ、この辺りのゴブリンは触手王が駆除したんじゃなかったのかよ」
バッと腰の剣に手を伸ばし身構える。
「いや、この匂い、ゴブリンだけじゃなくて、オーガにトロールも混じっている」
獣人娘も、鼻をヒクヒクさせて周囲を警戒する。
人狼執事たちも慌てて主のそばに来る。
「申し訳ありません、ご主人様の戦いに夢中になりやつらの接近に気づきませんでした」
「よい、奴らの接近に気づかなかったのは、余も同じ。しかし、遊ぶのに夢中になり過ぎた。こりゃ、思ったより早く魔王が動いたみたいだね」
吸血鬼が冷静に周囲の様子を分析する。
「魔王?」
俺が首を傾げると親切に彼女は補足してくれた。
「この辺りは余と触手王の縄張りだったから、しばらく魔王も手を出すのを控えていた、その片方の触手王がいなくなったので、残った余を始末して、魔王軍は人間界制服の足掛かりにでもしたいんじゃないか」
「魔王軍・・・」
「そう、触手王がいなくなったのを好機とみて、この私を潰して、この辺りを一気に征服したい。これでも私は、自分の糧となる人間を守っているからね。この私を潰し、一気に人間たちの街や村を略奪しまくるつもりだろうさ。いいから、あんたらは逃げなさい」
「え」
「これは、余と魔王との小競り合い。人間のあんたらには関係ない」
「いえ、逃げませんよ」
「ん?」
「まだ、俺、特別なご褒美をいただいてませんし、策を伺っていません、あなたがいなくなったら、次は俺たちの街が魔王軍に蹂躙されるのでしょう? ならば、ここで、ともに食い止めましょう」
「確かに、ここで止めないと、調子にのって人間の街までなだれ込んできそうだね」
団長さんも身構えていた。
「魔王軍と一戦か、オヤジが聞いたら卒倒しそうだな」
獣人娘も苦笑する。
「なら、お嬢ちゃんは離れて見学してるかい? いいよ、見てるだけでも」
団長が獣人娘を見る。
「いやいや、こんなおいしい実戦経験、逃す気はないよ」
「ほぉ、神の使徒も参戦するか?」
俺たちは誰も逃げることなく、身構えていた。
戦闘能力のない聖女様も,俺たちを支援する気満々だった。
「やりましょう」
女剣士は魔族との共闘を不本意と思いつつ、剣を抜いて、周囲の茂みへ切っ先を向けた。
「では、彼らを撃退したあとで、勝利の晩餐でもしようか。お主たちに余が馳走しよう」
彼女の執事たち人狼も月明かりの下で、本来の姿である狼に戻っていた
「晩餐って、人間の生き血を使った料理じゃないでしょうね」
女剣士が皮肉っぽく言う。
「おいおい、吸血鬼が人間の生き血しか吸わぬというのは人間どもの偏見じゃぞ、余に仕えて長寿となったうちの執事どもの料理の腕、驚くなよ」
「では、さっさと片付けてご馳走させていただきましょうか」
そうして、吸血鬼と人狼、俺と女剣士、聖女様、獣人娘、団長の即席同盟軍対魔王軍の戦いは始まった。
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