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しおりを挟む1月。部活終わり。
日没の時間が早くなり、6時だというのに外はすでに暗くなり始めている。
片付けを終え、下校時刻に遅れないように、コンクリート抜き出しの部室で寒さに凍えながらユニフォームを脱ぐ。
「な、千明」
同じように隣で着替える幼馴染の顔を覗けば、ふいと顔を逸らされた。その反応にムッとしながらも、そのまま話を続ける。
「帰りコンビニ寄ろ。今日寒すぎ。肉まんでも買わないとムリ」
「いいよ」
「よっしゃ」
体をもとに戻し、制服に腕を通した。
少し前から幼馴染にそっけない態度を取られるようになった気がする。
共通の友達にそれとなく相談してみたけれど、「塚本がそっけないのはいつも通りだろ」と返って来るばかりで、あからさまに避けられているわけではないし、考えすぎかと自分を納得させて1ヶ月が経った。
話しかけてこないわけじゃないし、無視されるわけでもない。実際に、今こうしてコンビニに向かっている間も他愛のない話が続いている。
「今日の飯田先生なんか怖くなかった?」
「機嫌悪かったよね」
「だよなー、俺たちに八つ当たりすんなよ」
信号を待ちながら顧問の愚痴を言い合っていれば、向かいから冷たい風が吹いた。肌を突き刺す寒さに、呻きながら千明の体に擦り寄り、暖を取る。
「ちょっ、ねぇ近い!離れて!」
「だって寒いんだよー、いいじゃんー」
すぐに距離を取られ、再び寒さに襲われる。
昔は、「寒い」と言って近づけば、千明も「寒いね」と言って身を寄せて、一緒に寒さに耐えていたのに。歩みを早め、少し先を歩く幼馴染を小走りで追いかけながらマフラーに顔を埋めた。
最近はこういうことが増えたのだ。
コンビニに入ると、暖かい空気に包まれ、指先が感覚を取り戻す。飲み物が陳列された棚の中から、温かいミルクティに手を伸ばした。その隣で温かいお茶を手に取り、すぐにレジへ向かおうとする千晃の腕をすかさず掴んで引き止めた。
「ちょ、早い早い」
「なに、まだ何か買うの?」
俺の手を引き剥がし、怪訝そうにこちらを見遣る千明の肩に腕を回す。
「ちげぇよ寒いだろ。暖取ってから出ようぜ」
身じろぎをし、逃げようとしたため、回した腕に力を込めれば不満そうに首をすぼめた。
「……腕、重いんだけど」
「3分だけだから我慢しろよなー」
「他のお客さんの迷惑でしょ。早く帰るよ」
「俺らしかいないけど」
笑いながらそう返せば、周りを見渡し始める。「まぁ、そうだけど」と不満そうではあるものの、大人しくなった。
「千明何か食べるー?」
「ピザまん」
あーピザまんかー……迷うなー……。でも、もう肉まんの口だしなー。
千明の肩に顔を起き、どっちを買おうか考える。うーんと唸っていれば、煩わしそうに反対側へと首を倒した千明に、そろそろレジに行ったほうがいいかと腕を離した。
会計を終え、お茶をカイロ代わりにコンビニを出る。先に会計を終えた千明が店前のガードレールに腰を掛けていた。それを押しやって、千明の隣に無理やり腰を下ろす。
「狭いんだけど」
「いーじゃん」
「あっちのに座りなよ」
千明の顎で指した先にはもう1つのガードレールがある。その前には車が止まっていた。
「えー、排気ガス浴びながら食べたくない」
何も言えなくなったのか、ピザまんを食べ始める幼馴染の様子を笑い、肉まんにかぶりつく。
「凛はさ、プライベートゾーンをもっと気にしたほうがいいよ」
「えー?」
「他人との距離感もっと考えてってこと」
「いや、意味は分かってるって」
プライベートゾーンかー。考えたことなかったな。
「千明以外にはちゃんとしてるから安心しろって」
「……それが良くないんだよ」
「ん?」
何か呟いた千明に聞き返せば、「何でもない!」と眉間にシワを寄せ怒ったように言われる。少し不貞腐れながらも、こちらに注意を向ける千明にチャンスだとピザまんにかぶりついた。
「あ、ちょっ……!」
うん、美味い。
「何してんの!」
顔を赤くし怒る千明に、途端に申し訳無さが募った。
「あ、ごめん。美味しそうでつい……。俺のも食べていいから……」
おずおずと肉まんを差し出し、上目で伺えば、「今日はピザまんの気分なの」とだけ返され肩を落とした。
「あ……。怒ってるわけじゃなくて……。……食べる前に一言言ったほうがいいと思う」
「ん、気をつける」
怒ってないの言葉に胸をなでおろす。たしかに無神経だったかもなぁ。
もしかすると、そういうのの積み重ねでここ最近は距離を取られていたのかもしれない。
最後の一口を放り込み、隣を盗み見る。
姿勢良くピザまんを食べる千明は見た目こそ変わったけれど、俺の中では初めて会った頃と変わらず可愛い弟みたいな存在で。そう思ってはいたけれど、実際には血の繋がりはないのだから、過剰なスキンシップを嫌がるのも仕方ないことだ。
これからは気を付けよう。
「あ。そういえばさ、もうすぐテスト期間入るけど千明の部屋行っていい?理科で分かんないとこあってさ」
「いいよ」
千明が食べ終わったのを確認して、立ち上がる。少しぬるくなったお茶を両手で包んで歩みを始めた。
「千明ってさ、急に成績上がったけどどんな勉強してんの?」
「いつも通りだよ。ちょっと勉強時間増やしただけ」
「えー、何かコツとかあるんじゃねぇーのー」
いつものノリのまま体当たりをしようとし、寸でのところでとどまる。
危ない。こういうところだぞ、俺。
「俺なんか成績下がって母さんに怒られたばっかだよ」
「授業中ずっと寝てるからだよ」
「だって眠いじゃん」
部活やって、宿題やって、ご飯作って、ゲームもしてなんてしていれば放課後の時間なんてあっという間に過ぎる。そうなれば睡眠時間を削るしかなく、結果的に授業中に寝てしまう。ここに、勉強時間を追加してしまえば、本末転倒なのは目に見えている。
モチベがあれば頑張れるんだけど。
マフラーに顔を埋めて縮こまる千明をちらりと見遣る。
聞いてくれないどころか今では俺が教えられる側だしな。ちょっとやそっとの勉強量では追いつけないほどに離れてしまっている。それと同時に、俺にだけ向けられていた、あのキラキラとした瞳が見れなくなってしまった。その瞳が、いつか他の誰かに向けらると考えると、少し悲しい。
……いや、幼馴染が頑張ってるのに、こういう考えは良くない。
「今日どうする?うち来る?」
「……うん、行く」
「ご飯は?」
「自分家で食べるからいいよ」
「じゃあ鍵開けとくから終わったら来いよ」
「うん」
家に着き、着替えを済ませて洗濯を回す。そのままお風呂掃除。お掃除ロボットを稼働させて、SNSで見つけたレシピを見ながらご飯を作る。出来立てのご飯をかきこみ、お皿を洗っていれば、一度インターホンが鳴った後にドアが開く音がした。
インターホン鳴らさなくてもいいと言っても、律儀に鳴らす千明が、俺が迎え出るのを待たなくなったのは最近のことだ。
「もうちょっとで終わるから先部屋行っててー!」
待たせるわけにはいかないと急いで皿を片付け、お茶を持って部屋に戻った。
先に宿題に取り掛かっている千明の邪魔にならないようにお茶を置き、その向かいで宿題を開いた。
7割ほど埋まっている宅習帳に手を付ける。数学の問題を2問ほど解けば余白がなくなり、漢字帳を開く。すでに読み仮名を振り終わっているページの左側から埋めていく。それも10分程度で終わり、頬杖をついて正面で手を動かす千明を見つめた。
「もう終わったの?」
「うん」
「いつになく早くない?」
「あー、授業中にやってるから」
「後ろの席になってから内職しやすいんだやよね」と続ければ、千明の眉間にぎゅっと皺が寄る。
「授業中寝てるじゃん」
「寝てない授業もあんの」
「板書は」
「最後の10分くらいでおわらせばいいじゃん?」
「……凛ってさ、そういうとこ無駄に要領いいよね」
「褒められてるんだよね?」
「さあね」と言い残し宿題に取り掛かる千明に「ひどいなー」なんて言いながらコップを煽る。時折考えるように手を止めながら、宿題を進める千明を見ていたせいか、その手からコップが滑り落ちて、中身がこぼれた。
「うわっ!」
「大丈夫!?」
中身が少なかったからか、幸いにも宿題や絨毯にはこぼれず、全て服に吸収された。それでも、インナーまで染みたせいで肌に布が纏わり付く感触が気持ち悪い。
「大丈夫大丈夫。ちょっと濡れただけ」
クローゼットに向かいながら、インナーごとトレーナーを脱ぎ、ズボンも脱ぎすてる。
「ちょっと何脱いでんの!」
黒い服で良かったななどと考えながらクローゼットを開ければ、後ろから焦ったような声が聞こえて振り返った。
「いや、濡れたから着替えるんだよ」
「そうだけど……。早く服着なよ!風邪ひいたらどうすんの!」
「このくらいじゃひかねぇーよ」
心配性な千明を笑い飛ばしながら別の部屋着を取り出し身につける。脱いだ服を脱衣所に持っていき部屋に戻ると、宿題が終わったのか、片付けを始める千明の姿があった。
その隣に腰を下ろす。
「宿題終わったならゲームしよ」
「……いや、今日はいい」
「え、あー……そう?」
「……お風呂掃除忘れたから」
「え、珍しい。どうしたの?」
忘れ物とかそういうのに無縁な千明がお風呂掃除を忘れるなんてと軽い衝撃を受けながら顔を覗き込めば、その顔がほんのり赤くて顔をしかめる。
「何か顔赤くね?体調悪い?」
「、は?気のせいだよ」
ふい、と顔を逸した千明の顔をもう一度覗き込めば、やはり赤くて、おでこにとを手伸ばした。
「熱でもあんじゃねぇの」
俺の手が触れる直前、千明が状態を大きく反らし、それと同時に手が叩かれた。
「あっ……。ごめん」
「あー、いや、俺の方こそごめん」
プライベートゾーンを考えろと指摘されたばかりだなと思い出しつつも、まるで避けるようなその仕草にショックを受けた。
「熱あるんじゃないかと思ってさ……」
「……大丈夫」
「そっか」
2人の間に気まずい空気が流れ、叩かれたまま中途半端な位置でとどまっていた手でこめかみを掻いた。
しばらくの沈黙が流れた後、「もうすぐお母さんたち帰ってくるから」と立ち上がる千明をいつものように見送ろうと考えるが、先程のショックが抜けきれずに、曖昧な返事を返すことしかできなかった。
あぁ、やらかしたな。呆れたよな。明日また謝らねぇと。
1人になった部屋の中で頭を抱え、明日の朝どんな顔をして学校に行こうかと考えたけれど、それから数日間千明は学校を休み、俺の悩みは意味のないものになってしまった。
その日を境に千明の余所余所しさに拍車がかかった。
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