幸薄少女の捧げる愛

りんごちゃん

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「それで、それからどうなったのですか?」

思い出を話すイデアルさまはとても綺麗。それになんだか期待するような瞳を向けられて、擽ったさが募る。

「僕は魔法を使えるようになってね、彼女を救えたんだ」
「まあ素敵! そしたら、その子とは……」
「けれど、彼女は打ちどころが悪くて、意識不明の重体。騒ぎを聞きつけた彼女の父親にものすごく責められて。彼女とは二度と会うなって怒られちゃった」
「そんな……」

イデアルさまの初恋話はまるで物語のようでとても美しく感じた。
会って間もない少女に初恋だなんて、本当に物語のよう。そのうえ当時のイデアルさまは平民で身分差のある大恋愛。
その少女はヒロインだったのだろうか。きっとそう。確かヒロインは王族に引き取られる前は孤児で、さらにその前は両親が揃っている家の子だった。実母と優しい養父に育てられた彼女は清廉潔白なとてもいい子なのだ。
ヒロインとイデアルさまの初対面はきっとその頃なのだろう。
初恋話でヒロインの話が出てしまったら、嫉妬心で溢れてしまうかもしれないと思ったけど、そんなことはなかった。

きっとわたしはあの物語がとても好きだったのだ。だから、イデアルさまの話を聞いても、美しい話としか思えない。

そしてわたしの恋心が消えることもなかった。

「……──ないんだね」
「え?」

イデアルさまのお話にうっとりとしていると、彼がなにか囁いたようだけど聞こえなかった。
不思議に思って首を傾げると、イデアルさまは小さく首を振って笑みを浮かべながら「なんでもないよ」と言う。

「ヴィティの初恋は?」
「えっ? わ、わたしですか?」
「うん。僕も話したんだからヴィティのも聞きたい」

そう言われても言えるはずがなくて、なにも言えずに口を閉ざす。
だって、わたしの初恋はイデアルさま。今ここにいる人。妻なのだからおかしなことではないと思うけど、わたしはイデアルさまに恋心を打ち明けてはいけない。
イデアルさまの心は違う人、初恋の人でいっぱいなのだから。
けれど、にこにこと満面の笑みを浮かべるイデアルさまに口を閉ざし続けることは難しくて、仕方なく口を開く。

「わ、たし、の初恋は……」
「うん」

本当のことなんて言えない。絶対に。
一番身近な異性。男性。 
最初に思い浮かんだのはお父様。けれど、あの男が初恋なんてありえない。そもそもわたしの人生の中に異性はとても少ない。
そう考えると、一人しか思い浮かべられなかった。

「い、従兄弟です」
「従兄弟って……、王太子殿下?」
「は、はい」

義兄も思い浮かんだけれど、あの人もまたあり得ない。半分とは言え血の繋がった兄。
義兄も父もダメとなると、わたしに唯一優しかった従兄弟である王太子殿下ぐらいしか思い浮かばなかった。
陛下も考えたけれど、陛下とはさほど話したことがない。
たぶん、今までの人生で一番話したのは母。二番目がイデアルさま。三番目がわたしに悪口をよく言ってくる義兄。四番目が従兄弟でなにかと気にかけてくださる王太子殿下。
交友関係の少ないわたしにはそれぐらいしか思い浮かばなかった。

「へ、へぇ……。殿下。そう言えば結婚式の時も仲良さそうだったよね……」
「一応従兄弟ですから」

とはいえ、王太子殿下はわたしよりイデアルさまの方が気に入ってると思う。
実際、物語ではイデアルさまをとても気にかけていた。ヒロインも気にかけてはいたけど、ヒロインよりイデアルさまの方を気にかけていた気がする。

物語の中で王太子殿下はメインではないけれど、結構よく出てくるサブメンバーだった。
イデアルさまの良き上司であり、ヒロインの義兄。
この人がわたしの義兄だったら、って思ったことは少なくない。義兄が来たあとに、王太子殿下が来たときは余計に。

「今も、好きなの?」
「え、っと、少しだけ……」

真っ赤な嘘。でも、聞かれたならそう答えるしかない。イデアルさまに嘘をついている罪悪感に胸をギュッと抑える。
申し訳なくて、イデアルさまから視線を逸らし、膝の上の手を見つめる。
好き、と伝えられたらどうだっただろう。きっとわたしはスッキリ気分爽快だったかもしれない。

けれどそれはわたしだけ。イデアルさまは押しつけられた妻にそんなことを告白されたら戸惑う。それどころかわたしへの罪悪感で今後に影響が出る。

不貞と言われて怒られるだろうか。それでもわたしの気持ちを表に出すことしない。

しん、と静まったイデアルさまに、おそるおそる顔をあげる。目が合ったイデアルさまは穏やかに微笑んだ。

「だ、大丈夫……。まだヴィティと結婚して四ヶ月と七日だからね。しょ、しょうがないよ」
「イデアルさま……」

やっぱりイデアルさまはお優しい。
それは自分も心に初恋の人を秘めているからだろうか。記憶のないわたしだったら、もっともやもやしていたのだろう。
少しホッとするのと同時に、少しの寂しさを感じずにはいられない。

結婚して四ヶ月と七日も過ぎていたことに驚いたけど、なによりイデアルさまがそれを覚えていたことに驚いた。
やっぱりイデアルさまは素敵な人。そう心の中で繰り返す。
この人は絶対に幸せにならないといけない。この人に憂い顔をさせてはいけない。
そのために、きっとわたしは生まれ変わったのだと思わなければ。彼を幸せにするために生まれてきた。そう考えると、心が落ち着いた。

「ねえ、ヴィティ」
「ひゃい!」
「え、かわいい」

かぁっと頬が熱くなる。噛んでしまった。
どうしてわたしはもっとしっかりできないのだろう。ヒロインはもっとしっかりしていたのに。
イデアルさまの初恋の人という理想からどんどん遠ざかっていく。

「失礼いたしました、イデアルさま。なんでしょう?」
「あー、うん。いや、ううん。なんでもない。ヴィティは僕の奥さん。もちろん、殿下への恋心は叶わないことはわかってるよね?」
「はい、理解しております」

そもそも好きじゃないとは言えない。
神妙な顔をするイデアルさまはわたしが殿下への恋心を叶えようとすると思っているのだろう。そんなことあり得ないのに。

そもそも恋を叶えるというなら、わたしの恋はすでに叶っていると言える。
だって、わたしはイデアルさまの妻なのだから。

「そう、よかった。安心した」

それならよかった。イデアルさまにふしだらな妻だと思われたら辛くてたまらない。
そう、そうだ。ふしだらだと思われるのはイヤだ。
イデアルさまの様子にホッとしてたのも束の間。イデアルさまにどう思われるかが心配になってきた。

「あのっ、大丈夫です。わたし、一途です。殿下以外の人を好きになりません!」

ああっ、この言い方だと、好きでもない人に身体を任せる都合のいい女に。
顔を手で覆い隠してしまった自分の失態に気づく。

「でも、旦那さま以外に身体は任せませんっ!」

わたしの身体に触れていいのはイデアルさまだけ。これなら旦那さまに操を立てる妻として立派だろう。
好きではないけれど、しっかりしている妻を演じられたと思う。
けれどイデアルさまは大きなため息を吐いた。
間違っていたのだろうかと内心ビクビクしながらイデアルさまを見る。

「ヴィティ」

イデアルさまが顔を上げた。

「抱かせて」

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