幸薄少女の捧げる愛

りんごちゃん

文字の大きさ
上 下
3 / 15

3.誓いの言葉

しおりを挟む
 わたしとイデアルさまの結婚式は国を挙げて行われた。
 さすがに国王陛下の出席はなかったけれど、王太子殿下がわたしたちの結婚式に出席していた。
 白いドレスに宝石が散りばめられて、豪華なものを纏いながら式に出る。イデアルさまは黒い軍服を着ていて、とてもお似合い。
 この人がこれからわたしの旦那さまになるのだと思うと、頬が熱くなった。

「イデアル・エリアドル。汝はヴィティ・コルネイユを妻とし、病めるときも健やかなるときも、共に歩み、死が二人を分かつまで、彼女だけを愛し続けることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「ヴィティ・コルネイユ。汝はイデアル・エリアドルを夫とし、病めるときも健やかなるときも、共に歩み、死が二人を分かつまで、彼だけを愛し続けることを誓いますか?」
「はい、誓います」

 神官はわたしたちの言葉に満足げに頷くと、指輪の交換を促す。

 指輪はお互いの小指につけられる。男性は右の小指に、女性は左の小指。
 この国では赤い糸が信じられていて、誰しもその小指は運命の人と繋がっているというもの。夫婦はお互いの小指に赤い糸の代わりに指輪をつけ、永遠にお互いだけを愛すという誓いを交わす。
 わたしたちの小指につけられた指輪は、ヒヒイロアカネという特別な金属で作られた赤い指輪。
 なんでもイデアルさまがこの日のために、採取してきたものらしい。
 赤い指輪が嵌ると、イデアルさまは満足そうに頷いて、わたしの小指をなぞった。

「では、誓いのキスを」

 神官が命じるまま、イデアルさまはわたしの顔を隠していたベールをまくった。彼と目が合うと、少しだけ頬を染めて、意を決したように顔を近づけてくる。ゆっくりと、わたしも目を閉じた。

 ちゅっ。

 唇に柔らかなものを感じて目を開けると、すぐにイデアルさまは離れていた。

 次いで、歓声。多くの声がわたしたちの結婚を祝福していた。
 そんななか、父と目が合う。

 わかってる。わかってる。

「ちゃんと、しなくちゃ……」

 小さな決意の言葉は小さすぎて誰にも届いてはいなかった。


 夫婦になった初めての夜。旦那さまになったイデアルさまと、長椅子に座ってお酒を飲む。
 お互い、きっと意識してる。
 このまま、初夜を迎えるのだろうか。夜のことはわからないことだらけだった。
 父も詳しくは教えてくれないし、家庭教師も教えてはくれなかった。ただ、「旦那様の言う通りにしなさい」だけしか言われなかった。
 ただ父はひとつだけ助言してくれた。
「殺すなら閨の時間がおすすめだ」と。

「ヴィティ」
「は、はい、旦那さま」
「旦那様は寂しいな。これまで通り、名前で呼んでほしいです」
「わかりました、イデアルさま」

 ドキドキと心臓がうるさい。
 だめ、いや。静かにしてほしい。イデアルさまはいやに静かにしていて、これ以上心臓の音が大きくなったらきっとイデアルさまにも聞こえてしまう。
 寝酒の入っていたグラスをテーブルの上に置くと、突然手を引かれた。

「イデアルさまっ?」
「ごめん、少し緊張してます。少し、このままでもいい?」
「……はい、はい。もちろんです」

 イデアルさまに抱き締められていると思うと、もっと鼓動の音が大きくなった。
 うるさい。熱に浮かされたように顔も熱い。
 わたしを抱き締める人なんて、母以外いないと思っていた。
 全身で感じる人のぬくもりにどんどん力が抜けてくる。けれど心臓の音だけは隠しきれないほどに大きくなっていた。

「僕とヴィティは政略的な結婚です」
「はい」
「だけど、僕はヴィティに好かれるような良き夫になりたいと思ってる。いつか君に愛してる、そう言ってもらえるように努力していくつもりです」
「あいしてる……」
「べつに強要してるわけじゃないから安心して」

 笑いまじりの声が聞こえて、わたしは固まった。
 言葉だけならいくらでも言えることだ。けれど、イデアルさまが求めているものがそうではないことぐらい、わたしにだってわかる。

 ──いやだな、考えたくない。
 わたしは決してイデアルさまを好きになってはいけないから。決して殺す男に心を移してはいけないから。

 言葉を交わさず、ただお互いの温もりを交わらせていく。まぜてまぜて、お互いが一つになったらいいのに。このぬくもりが一つになればいいのに、なんておかしなことを考えた。

「ねえ、ベッドに移動しようか」
「──はい」

 彼のぬくもりが離れたことに切なさを感じるが、一切顔には出さずに羽織っていたガウンを床に落とす。
 すると、薄い生地のベビードールに包まれた身体が見えてくる。
 初夜にはこれを着ることが正装だと言われたけれど、やっぱり恥ずかしくて堪らない。
 だって、おそらく胸は丸見えだ。繊細なレースが局所にあるとはいえ、裸同然の格好。普段の下着よりはしたない格好だと思う。
 でも、侍女はこの格好が正しいものだと。
 おそるおそるイデアルさまを見ると、イデアルさまは言葉を失ったようにわたしを見つめていた。

「そ、れは、」
「ご、ごめんなさいっ! やはり、着替えて……」
「ちがっ、着替えちゃだめだ!」
「はいっ!」

 イデアルさまの視線に晒されている。
 恥ずかしい。彼はジッとわたしを見つめて視線を外さない。

「──綺麗だ」
「え?」
「あの、ごめん。すごく綺麗で、それ以外の言葉が見つかりません。綺麗で、美しくて、これが、僕の奥さん──!」
「きゃっ!」

 イデアルさまがわたしを横抱きにしてベッドへと移動する。ベッドの上にゆっくりと降ろされて、驚いたまま彼を見つめているとまぶたにキスをされた。

「キスを、たくさんさせてください」

 強請るような口調で彼はわたしに願う。否定なんてできるわけがなくて、こくこくと何度も頷いた。
 すると、キスの嵐が降ってくる。
 何度も何度も鼻、額、目蓋の上、髪、頬、首、──唇。
 恥ずかしくなって顔を隠そうとすると、手のひらや指の先、手の甲にもキスを落とされる。

「口、少し開けて」
「ぁ……んふぅ、」

 唇を塞がれた。素直にイデアルさまの言う通りに口を半開きにすると、普通のキスとは違って、口の中にはイデアルさまの舌が侵入してくる。
 不思議と嫌悪感はなくて、ただ身体が熱くなって心臓がドキドキとさらにうるさい。
 こんなキス、知らない。
 わたしの身体に覆い被さる彼の胸に手を伸ばすと、その手を取られお互いの指が絡まった。

「んんっ、ちゅ、ぅ……ンッ」

 舌を重ね合わせるなんてはしたなくて恥ずかしいと思うのに、止められない。熱のこもった熱い舌に背筋がゾクゾクする。
 息苦しさに空気を求めて、イデアルさまから逃れるように口を開くと、息を吸ったと同時にまた塞がれた。

「ふ、んっ、いであるさ、んぅッ」
「はぁ……ッ、ヴィティ、すごく甘い……」

 息ができない苦しさから溢れた涙を、イデアルさまはちゅぅっと吸い取りながら、吸い寄せられるように唇を下へと落としていく。
 頬を伝って、首を伝って、胸元へとイデアルさまの顔がやってきて、喉をなぞって顎へと口付けられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

【完結】幼馴染が妹と番えますように

SKYTRICK
BL
校内で人気の美形幼馴染年上アルファ×自分に自信のない無表情オメガ ※一言でも感想嬉しいです!! オメガ性の夕生は子供の頃から幼馴染の丈に恋をしている。丈はのんびりした性格だが心には芯があり、いつだって優しかった。 だが丈は誰もが認める美貌の持ち主で、アルファだ。いつだって皆の中心にいる。俯いてばかりの夕生とはまるで違う。丈に似ているのは妹の愛海だ。彼女は夕生と同じオメガ性だが明るい性格で、容姿も一際綺麗な女の子だ。 それでも夕生は長年丈に片想いをしていた。 しかしある日、夕生は知ってしまう。丈には『好きな子』がいて、それが妹の愛海であることを。 ☆竹田のSSをXのベッターに上げてます ☆こちらは同人誌にします。詳細はXにて。

初恋と花蜜マゼンダ

麻田
BL
 僕には、何よりも大切で、大好きな彼がいた。  お互いを運命の番だと、出会った時から思っていた。  それなのに、なんで、彼がこんなにも遠くにいるんだろう。  もう、彼の瞳は、僕を映さない。  彼の微笑みは、見ることができない。  それでも、僕は、卑しくも、まだ彼を求めていた。  結ばれない糸なのに、僕はずっと、その片方を握りしめたまま、動き出せずにいた。  あの、美しいつつじでの誓いを、忘れられずにいた。  甘い花蜜をつけた、誓いのキスを、忘れられずにいた。 ◇◇◇  傍若無人の生粋のアルファである生徒会長と、「氷の花」と影で呼ばれている表情の乏しい未完全なオメガの話。  オメガバース独自解釈が入ります。固定攻め以外との絡みもあります。なんでも大丈夫な方、ぜひお楽しみいただければ幸いです。 九条 聖(くじょう・ひじり) 西園寺 咲弥(さいおんじ・さくや) 夢木 美久(ゆめぎ・みく) 北条 柊(ほうじょう・しゅう) ◇◇◇  ご感想やいいね、ブックマークなど、ありがとうございます。大変励みになります。

さみだれの初恋が晴れるまで

める太
BL
出会う前に戻りたい。出会わなければ、こんな苦しさも切なさも味わうことはなかった。恋なんて、知らずにいられたのに。 幼馴染を庇護する美貌のアルファ×ベータ体質の健気なオメガ 浅葱伊織はオメガだが、生まれつきフェロモンが弱い体質である。そのお陰で、伊織は限りなくベータに近い生活を送ることができている。しかし、高校二年生の春、早月環という美貌の同級生と出会う。環は伊織がオメガであると初めて"嗅ぎ分けた"アルファであった。 伊織はいつしか環に恋心を寄せるようになるが、環には可憐なオメガの幼馴染がいた。幾度も傷付きながらも、伊織は想いを諦めきることができないまま、長雨のような恋をしている。 互いに惹かれ合いつつもすれ違う二人が、結ばれるまでのお話。 4/20 後日談として「さみだれの初恋が晴れるまで-AFTER-」を投稿しました ※一言でも感想等頂ければ嬉しいです、励みになります ※タイトル表記にて、R-15表現は「*」R-18表現は「※」 ※オメガバースには独自解釈による設定あり ※高校生編、大学生編、社会人編の三部構成になります ※表紙はオンライン画像出力サービス「同人誌表紙メーカー」https://dojin-support.net/ で作成しております ※別サイトでも連載中の作品になります

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした

雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。 遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。 紀平(20)大学生。 宮内(21)紀平の大学の同級生。 環 (22)遠堂のバイト先の友人。

【完結】旦那の病弱な弟が屋敷に来てから俺の優先順位が変わった

丸田ザール
BL
タイトルのままです アーロ(受け)が自分の子供っぽさを周囲に指摘されて素直に直そうと頑張るけど上手くいかない話。 イーサン(攻め)は何時まで生きられるか分からない弟を優先してアーロ(受け)を蔑ろにし過ぎる話 【※上記はあくまで"あらすじ"です。】 後半になるにつれて受けが可哀想になっていきます。受けにも攻めにも非がありますが受けの味方はほぼ攻めしか居ないので可哀想なのは圧倒的受けです ※病弱な弟くんは誰か(男)カップリングになる事はありません 胸糞展開が長く続きますので、苦手な方は注意してください。ハピエンです ざまぁは書きません

処理中です...