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リアム 03
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頭の中はシルヴィアのことでいっぱいなのに、女に対して冷静に対処する自分に笑える。
なんとか当たり障りのないように女を追い出すと、父上から呼び出された。
ああ、シルヴィアのことだろうな、と冷静な頭が考える。
案の定、父上のところに向かうと父上の他にシルヴィアの父親であるグレイ侯爵がいた。
「リアム、グレイ侯爵から大事な話がある」
「シルヴィアとの婚約解消の件ならお断りします」
硬い声が響く。
答えなんて最初から決まっていた。
シルヴィアが望もうが望まないが、俺はシルヴィアと婚約解消なんてしない。それが分かっていたグレイ侯爵は眉間に皺を寄せた。
ああ、シルヴィアの幸せを望むなら、そうだろう。
「ですが、リアム殿下……」
「シルヴィアに言われた。その上で、俺は解消しない」
するくらいなら、シルヴィアの前で死んでやる。
そんなことはさすがに口にはしないけど、シルヴィアの人生から俺が消えるんだと思うと死んでもいい気がしてくる。
シルヴィアに出逢ってから、いつだってシルヴィアを一番に考えて生きてきた。それがなくなることに、俺は耐えられない。
俺の決意になにか言いたげな侯爵を無視して、俺は王である父を見つめる。
「シルヴィアは俺が引き止めます」
「リアム、しかしお前たちの婚約はもはや政略的なものではない。お互いの気持ちが沿わないのであれば婚約は解消したほうがいいだろう」
「そうかもしれません」
だけど。
「そうなれば俺はもう生きてる意味がない」
「リアム!」
「リアム殿下!」
シルヴィアがいない人生なんてなんの価値もない。
自分でも気持ちが重いなんて分かってる。けど、しょうがないだろう。シルヴィア以外の女を口説く真似なんて嫌だった。だけどそれがいつかシルヴィアとの将来に役立つのであれば、喜んで引き受けることができた。
竜と契約したのも、それがシルヴィアを守ることに繋がることだと思ったからだ。
すべてはシルヴィアのため。
父上と侯爵が咎めるように俺の名前を呼ぶけど、仕方ないじゃないか。本当にそう思うんだから。
すべてをシルヴィアに捧げてきた。そしてそれはこれからも変わらない。
シルヴィアを縛り付けるためなら、俺はなんだってする。
へらりと笑顔を貼り付ける。それが今この場で最善の策だということを、冷静に判断できる。
「冗談ですよ、じょーだん」
「リアム、そのような冗談は言うものではない」
ふぅ、と肘掛けに腕を乗せながら、父はため息を吐く。
冗談ではなく、本気だ。そんなこと言ってしまえば縛り付けられでもするだろうからなにも言わないけど。
「それで? どうするつもりだ」
「そうですね。とりあえず俺の部屋までレティ・カラトリーがどうやって来たのか調べます。それからシルヴィアに会いに行こうと思います」
本当だったらすぐにでも会いに行きたい。
でも、きっとまだ頭が沸騰したように興奮している俺は、シルヴィアに酷いことしてしまう。少し時間が置いたほうがいいことを、自分でも分かっていた。
「ですが、殿下。娘たっての希望で、明日から娘は領地に戻る予定になっております」
「そう。なら、二日は時間が取れるな。二日もあれば、レティ・カラトリーを俺の部屋まで連れて来た人間が見つかるだろう」
シルヴィアが領地まで帰るには馬車で丸一日はかかる。途中の街で休むことを考えれば二日はかかるだろう。
俺はルビーに乗って帰ればいいだけだし、そんなに時間はかからない。竜の飛ぶスピードは馬とは桁違いだ。
時間はある。俺が頭を冷やすに充分とは言えないが、あの女を連れてきた人間を捜すには充分な時間だ。
『シルヴィアのこと、僕はずっと大好きだよ』
シルヴィアが傷を負って、母親に冷たく当たられるようになってから、そう言って慰めたことがある。
シルヴィアはさめざめと泣くばかりで、俺はただひたすらに無力だった。
なんの力にもなれなかった。
シルヴィアは俺の前で泣くことを止めた。
きっと俺が役立たずだから。
だから、もっと力をつけようと思った。俺一人でシルヴィアを支えられるように。
その結果が、これか。
自分の惨めさに笑えてしまう。
シルヴィアが好きだ。シルヴィアを幸せにしたい。それは本当。だけど、俺以外の男の手によって幸せになるシルヴィアを想像すると腹が煮えたぎるような怒りを感じるし、俺のいない人生を歩もうとするシルヴィアには絶望と狂気しか感じない。
一方的な想いで申し訳ないと思う。だけど、俺は。
「ああ、あれか」
あの女を手引きしたとされる男。平民出身の騎士、パード。
だけど理由がわからない。あの女は貴族にしかいいよっていなかったし、平民出身のあの男にもいいよっていたのか? いや、そうと考えるなら、パードの背後に黒幕がいると考えることが普通だ。
俺が直接話しを聞きに行ってもいいが、そうすると怪しまれるだろう。誰が手引きをしたかはわかったし、このまま泳がせておくか。それとも捕まえて誰に頼まれたか吐かせるか。
「……適当に罪をでっち上げて捕らえるか」
さっさとこんな茶番を終わらせたい。
気が焦るあまり、今回俺が行なったことは失策だった。姦通罪で捕まえたパードは尋問する前に毒殺された。
結局俺は心の整理がつかないまま、シルヴィアに会いに行ってしまった。夜中に領地について、そのままシルヴィアに会いに行ってしまった。
わかってた。シルヴィアは意外と頑固で、思い込んだら意思を曲げたりしない。
だからきっと俺がなんと言おうとシルヴィアは俺と婚約破棄でも解消でもして、修道院に行くだろう。
だから俺は眠るシルヴィアに手を伸ばして──。
初めて見る女の身体。それが好きな女のものだったらなおさらのことで。理性の糸はあっさりと切れて、劣情のまま俺はシルヴィアの身体を貪った。
こんなことをするはずじゃなかったと言ったら嘘になる。
こうでもしなければシルヴィアを引き止められないことを俺は知ってたから。
「ごめん、ごめんな、シルヴィア」
許さなくていいよ。恨んでくれていい。
だから、一生俺の側から離れることは許さない。
傲慢な考え。でも、いいだろう? 俺にはシルヴィアだけだから。シルヴィア以外いらないから。
シルヴィアが望むなら、俺、死んでもいいよ。
なんとか当たり障りのないように女を追い出すと、父上から呼び出された。
ああ、シルヴィアのことだろうな、と冷静な頭が考える。
案の定、父上のところに向かうと父上の他にシルヴィアの父親であるグレイ侯爵がいた。
「リアム、グレイ侯爵から大事な話がある」
「シルヴィアとの婚約解消の件ならお断りします」
硬い声が響く。
答えなんて最初から決まっていた。
シルヴィアが望もうが望まないが、俺はシルヴィアと婚約解消なんてしない。それが分かっていたグレイ侯爵は眉間に皺を寄せた。
ああ、シルヴィアの幸せを望むなら、そうだろう。
「ですが、リアム殿下……」
「シルヴィアに言われた。その上で、俺は解消しない」
するくらいなら、シルヴィアの前で死んでやる。
そんなことはさすがに口にはしないけど、シルヴィアの人生から俺が消えるんだと思うと死んでもいい気がしてくる。
シルヴィアに出逢ってから、いつだってシルヴィアを一番に考えて生きてきた。それがなくなることに、俺は耐えられない。
俺の決意になにか言いたげな侯爵を無視して、俺は王である父を見つめる。
「シルヴィアは俺が引き止めます」
「リアム、しかしお前たちの婚約はもはや政略的なものではない。お互いの気持ちが沿わないのであれば婚約は解消したほうがいいだろう」
「そうかもしれません」
だけど。
「そうなれば俺はもう生きてる意味がない」
「リアム!」
「リアム殿下!」
シルヴィアがいない人生なんてなんの価値もない。
自分でも気持ちが重いなんて分かってる。けど、しょうがないだろう。シルヴィア以外の女を口説く真似なんて嫌だった。だけどそれがいつかシルヴィアとの将来に役立つのであれば、喜んで引き受けることができた。
竜と契約したのも、それがシルヴィアを守ることに繋がることだと思ったからだ。
すべてはシルヴィアのため。
父上と侯爵が咎めるように俺の名前を呼ぶけど、仕方ないじゃないか。本当にそう思うんだから。
すべてをシルヴィアに捧げてきた。そしてそれはこれからも変わらない。
シルヴィアを縛り付けるためなら、俺はなんだってする。
へらりと笑顔を貼り付ける。それが今この場で最善の策だということを、冷静に判断できる。
「冗談ですよ、じょーだん」
「リアム、そのような冗談は言うものではない」
ふぅ、と肘掛けに腕を乗せながら、父はため息を吐く。
冗談ではなく、本気だ。そんなこと言ってしまえば縛り付けられでもするだろうからなにも言わないけど。
「それで? どうするつもりだ」
「そうですね。とりあえず俺の部屋までレティ・カラトリーがどうやって来たのか調べます。それからシルヴィアに会いに行こうと思います」
本当だったらすぐにでも会いに行きたい。
でも、きっとまだ頭が沸騰したように興奮している俺は、シルヴィアに酷いことしてしまう。少し時間が置いたほうがいいことを、自分でも分かっていた。
「ですが、殿下。娘たっての希望で、明日から娘は領地に戻る予定になっております」
「そう。なら、二日は時間が取れるな。二日もあれば、レティ・カラトリーを俺の部屋まで連れて来た人間が見つかるだろう」
シルヴィアが領地まで帰るには馬車で丸一日はかかる。途中の街で休むことを考えれば二日はかかるだろう。
俺はルビーに乗って帰ればいいだけだし、そんなに時間はかからない。竜の飛ぶスピードは馬とは桁違いだ。
時間はある。俺が頭を冷やすに充分とは言えないが、あの女を連れてきた人間を捜すには充分な時間だ。
『シルヴィアのこと、僕はずっと大好きだよ』
シルヴィアが傷を負って、母親に冷たく当たられるようになってから、そう言って慰めたことがある。
シルヴィアはさめざめと泣くばかりで、俺はただひたすらに無力だった。
なんの力にもなれなかった。
シルヴィアは俺の前で泣くことを止めた。
きっと俺が役立たずだから。
だから、もっと力をつけようと思った。俺一人でシルヴィアを支えられるように。
その結果が、これか。
自分の惨めさに笑えてしまう。
シルヴィアが好きだ。シルヴィアを幸せにしたい。それは本当。だけど、俺以外の男の手によって幸せになるシルヴィアを想像すると腹が煮えたぎるような怒りを感じるし、俺のいない人生を歩もうとするシルヴィアには絶望と狂気しか感じない。
一方的な想いで申し訳ないと思う。だけど、俺は。
「ああ、あれか」
あの女を手引きしたとされる男。平民出身の騎士、パード。
だけど理由がわからない。あの女は貴族にしかいいよっていなかったし、平民出身のあの男にもいいよっていたのか? いや、そうと考えるなら、パードの背後に黒幕がいると考えることが普通だ。
俺が直接話しを聞きに行ってもいいが、そうすると怪しまれるだろう。誰が手引きをしたかはわかったし、このまま泳がせておくか。それとも捕まえて誰に頼まれたか吐かせるか。
「……適当に罪をでっち上げて捕らえるか」
さっさとこんな茶番を終わらせたい。
気が焦るあまり、今回俺が行なったことは失策だった。姦通罪で捕まえたパードは尋問する前に毒殺された。
結局俺は心の整理がつかないまま、シルヴィアに会いに行ってしまった。夜中に領地について、そのままシルヴィアに会いに行ってしまった。
わかってた。シルヴィアは意外と頑固で、思い込んだら意思を曲げたりしない。
だからきっと俺がなんと言おうとシルヴィアは俺と婚約破棄でも解消でもして、修道院に行くだろう。
だから俺は眠るシルヴィアに手を伸ばして──。
初めて見る女の身体。それが好きな女のものだったらなおさらのことで。理性の糸はあっさりと切れて、劣情のまま俺はシルヴィアの身体を貪った。
こんなことをするはずじゃなかったと言ったら嘘になる。
こうでもしなければシルヴィアを引き止められないことを俺は知ってたから。
「ごめん、ごめんな、シルヴィア」
許さなくていいよ。恨んでくれていい。
だから、一生俺の側から離れることは許さない。
傲慢な考え。でも、いいだろう? 俺にはシルヴィアだけだから。シルヴィア以外いらないから。
シルヴィアが望むなら、俺、死んでもいいよ。
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