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第4章 父親と黒色
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『愛弓へ
愛弓。お前がこの手紙を読んでいるということは、父さんの身に何かがあったということだと思う。まずは、お前につらい思いをさせてしまい、申し訳ない。父さんは、ちゃんと自分の残りの命について、お前に真実を伝えられたかい?もし、それができていなかったのなら、本当にすまない。
愛弓。お前は父さんの誇りだ。お前は、父さんと母さんが離婚した時に、何も聞かずに父さんに付いてきてくれた。我慢したんだよな、本当は母さんのそばにいたかったろ。優しいお前は、夏音に母さんを譲り、自分は父さんを選んだ。お前のことを思えば、母さんのところに行かせてやれば良かったのに、父さんは嬉しくてお前を手放したくなかった。結果、つらい思いをさせてしまい、本当に申し訳ない。
愛弓。お前は、一回も父さんたちが別れた理由を聞くことがなかった。でも、いつかはその理由を知る時がくるだろう。知った時、お前の思い描いていた理由と違っても、前向きに、母さんと夏音を支えてやってほしい。父さんは、母さんと結婚して、愛弓と夏音という宝を手に入れた、世界一ラッキーな男だと思っている。今でもだ。父さんたち4人は、ほんの些細な、小さな歯車が噛み合わなくなってしまい、人生という掛け時計がうまく動かなくなってしまっただけ。お前が修理して、また時計を動かし、母さんと夏音と一緒に幸せになって欲しい。
愛弓。父さんの主治医には、父さんに何があっても延命措置はしないように何度も話をしている。主治医からは、もしもの時は家族のお前に結論を出してもらうと言っていた。どうか、延命はしないでくれ。父さんは、肉体が無くなっても、今までと変わらず、お前のそばにいる。お前は、何も背負わず、身軽のまま人生を羽ばたいて欲しい。これが父さんの最後の願いだ。父さんの為に、願いを聞いてほしい。
愛弓。最後に、大したものは残せないが、父さんの遺産と呼べるものは、父さんの机の引き出しに入っている。鍵の番号は、お前が初めての給料で、ご馳走してくれた日付だ。中身はお前の今後の人生のために使ってくれ。
愛弓。今までありがとう。父さんは本当に幸せだった。いつまでも落ち込まずに、好きな仕事に精を出して、好きな人といっぱい恋愛して、結婚して、子ども産んで、長生きして…誰よりも幸せになってくれ。父さんは、ずっとお前を見守ってるからな。ずっとずっと愛している。父より』
【高校前】
同時刻。
奏と来は、神楽の件について、直接本人に聞くため、高校に来ていた。奏は、来の提案に難色を示していたが、来を一人で行かせるわけには行かないと考え、渋々着いてきていた。もっとも、これが切っ掛けで恋愛に発展したらよいなという、下心もあった。
「…佐藤くん、やっぱりこの時間じゃ誰もいないんじゃない?」
人の気配がなく静かな雰囲気の学校を前に、奏が聞いた。
「それが都合がいいんだよ。」
来はニヤリと微笑むと、閉まっている校門を乗り越え中から施錠を解き、奏を中に入れた。
「…都合がいいって?」
奏が首を傾げながら聞くが、来はまたニヤリと微笑むだけだった。
来は、駆け足で校舎に向かうが、誰もいない校舎で玄関が空いている訳がなく、奏は後を追いながらも、疑問を浮かべていた。
すると、来は正面玄関ではなく、校舎の裏手に回り、理科室の倉庫に当たる窓の下で止まった。
「小林さんは、ここで待ってて。」
来はそう言うと、自分の頭より高い位置にある窓をジャンプしてスライドさせると、窓枠に手を掛けて、するすると壁を上り、小さな窓から中へ入っていった。
「…何でこの窓が開いてること知ってたんだろ?」
奏はそう呟きながらも、言われた通り、その場で来を待ち続けた。
10分程経っただろうか、さっきの窓から手が出てきて、来が顔を出して奏に微笑んだ。右手には紙切れを握っていた。
来は身軽に窓から出て地面に着地すると、持っていた紙切れを奏に渡した。奏は受け取ると、少しクチャクチャになっている紙切れを開いた。
「これを探してたんだ。誰もいないときじゃないと調べられないだろ?」
紙切れには住所が書かれていた。
「さ、行こうか。真実を確かめに。」
来は奏の手を握り、校門へと歩き出した。
【横浜市中央病院】
同時刻。
彰からの手紙を読み終えた愛弓は、その場で崩れるように座り込み、声を出して泣いた。夏音は愛弓を支えるように座って抱き寄せた。茜は、胸がいっぱいになり、窓際のパイプ椅子に座り込んだ。
「…父さん…うぅ、父さん…。」
「お姉ちゃん。夏音と母さんのところに来て、また一緒に暮らそ。父さんもそれを望んでる。ね!母さん。」
夏音は窓際の茜の顔を伺った。
「勿論よ。…でも、それを決めるのは愛弓自身よ。家族をバラバラにした犯人が母さんだって分かったら、愛弓だって…母さんと一緒には…。」
茜は言葉に詰まってしまった。愛弓は、何も答えずにゆっくり立ち上がり、手紙を握りしめて彰の枕元へと向かい、頬を優しく撫でた。
「…ありがとう、父さん。大好きよ。」
ー それから1時間後、彰は夏音たちに見守られながら息を引き取った。
愛弓。お前がこの手紙を読んでいるということは、父さんの身に何かがあったということだと思う。まずは、お前につらい思いをさせてしまい、申し訳ない。父さんは、ちゃんと自分の残りの命について、お前に真実を伝えられたかい?もし、それができていなかったのなら、本当にすまない。
愛弓。お前は父さんの誇りだ。お前は、父さんと母さんが離婚した時に、何も聞かずに父さんに付いてきてくれた。我慢したんだよな、本当は母さんのそばにいたかったろ。優しいお前は、夏音に母さんを譲り、自分は父さんを選んだ。お前のことを思えば、母さんのところに行かせてやれば良かったのに、父さんは嬉しくてお前を手放したくなかった。結果、つらい思いをさせてしまい、本当に申し訳ない。
愛弓。お前は、一回も父さんたちが別れた理由を聞くことがなかった。でも、いつかはその理由を知る時がくるだろう。知った時、お前の思い描いていた理由と違っても、前向きに、母さんと夏音を支えてやってほしい。父さんは、母さんと結婚して、愛弓と夏音という宝を手に入れた、世界一ラッキーな男だと思っている。今でもだ。父さんたち4人は、ほんの些細な、小さな歯車が噛み合わなくなってしまい、人生という掛け時計がうまく動かなくなってしまっただけ。お前が修理して、また時計を動かし、母さんと夏音と一緒に幸せになって欲しい。
愛弓。父さんの主治医には、父さんに何があっても延命措置はしないように何度も話をしている。主治医からは、もしもの時は家族のお前に結論を出してもらうと言っていた。どうか、延命はしないでくれ。父さんは、肉体が無くなっても、今までと変わらず、お前のそばにいる。お前は、何も背負わず、身軽のまま人生を羽ばたいて欲しい。これが父さんの最後の願いだ。父さんの為に、願いを聞いてほしい。
愛弓。最後に、大したものは残せないが、父さんの遺産と呼べるものは、父さんの机の引き出しに入っている。鍵の番号は、お前が初めての給料で、ご馳走してくれた日付だ。中身はお前の今後の人生のために使ってくれ。
愛弓。今までありがとう。父さんは本当に幸せだった。いつまでも落ち込まずに、好きな仕事に精を出して、好きな人といっぱい恋愛して、結婚して、子ども産んで、長生きして…誰よりも幸せになってくれ。父さんは、ずっとお前を見守ってるからな。ずっとずっと愛している。父より』
【高校前】
同時刻。
奏と来は、神楽の件について、直接本人に聞くため、高校に来ていた。奏は、来の提案に難色を示していたが、来を一人で行かせるわけには行かないと考え、渋々着いてきていた。もっとも、これが切っ掛けで恋愛に発展したらよいなという、下心もあった。
「…佐藤くん、やっぱりこの時間じゃ誰もいないんじゃない?」
人の気配がなく静かな雰囲気の学校を前に、奏が聞いた。
「それが都合がいいんだよ。」
来はニヤリと微笑むと、閉まっている校門を乗り越え中から施錠を解き、奏を中に入れた。
「…都合がいいって?」
奏が首を傾げながら聞くが、来はまたニヤリと微笑むだけだった。
来は、駆け足で校舎に向かうが、誰もいない校舎で玄関が空いている訳がなく、奏は後を追いながらも、疑問を浮かべていた。
すると、来は正面玄関ではなく、校舎の裏手に回り、理科室の倉庫に当たる窓の下で止まった。
「小林さんは、ここで待ってて。」
来はそう言うと、自分の頭より高い位置にある窓をジャンプしてスライドさせると、窓枠に手を掛けて、するすると壁を上り、小さな窓から中へ入っていった。
「…何でこの窓が開いてること知ってたんだろ?」
奏はそう呟きながらも、言われた通り、その場で来を待ち続けた。
10分程経っただろうか、さっきの窓から手が出てきて、来が顔を出して奏に微笑んだ。右手には紙切れを握っていた。
来は身軽に窓から出て地面に着地すると、持っていた紙切れを奏に渡した。奏は受け取ると、少しクチャクチャになっている紙切れを開いた。
「これを探してたんだ。誰もいないときじゃないと調べられないだろ?」
紙切れには住所が書かれていた。
「さ、行こうか。真実を確かめに。」
来は奏の手を握り、校門へと歩き出した。
【横浜市中央病院】
同時刻。
彰からの手紙を読み終えた愛弓は、その場で崩れるように座り込み、声を出して泣いた。夏音は愛弓を支えるように座って抱き寄せた。茜は、胸がいっぱいになり、窓際のパイプ椅子に座り込んだ。
「…父さん…うぅ、父さん…。」
「お姉ちゃん。夏音と母さんのところに来て、また一緒に暮らそ。父さんもそれを望んでる。ね!母さん。」
夏音は窓際の茜の顔を伺った。
「勿論よ。…でも、それを決めるのは愛弓自身よ。家族をバラバラにした犯人が母さんだって分かったら、愛弓だって…母さんと一緒には…。」
茜は言葉に詰まってしまった。愛弓は、何も答えずにゆっくり立ち上がり、手紙を握りしめて彰の枕元へと向かい、頬を優しく撫でた。
「…ありがとう、父さん。大好きよ。」
ー それから1時間後、彰は夏音たちに見守られながら息を引き取った。
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