colors -イロカゲ -

雨木良

文字の大きさ
上 下
42 / 55
第4章 父親と黒色

(15)

しおりを挟む
『愛弓へ
愛弓。お前がこの手紙を読んでいるということは、父さんの身に何かがあったということだと思う。まずは、お前につらい思いをさせてしまい、申し訳ない。父さんは、ちゃんと自分の残りの命について、お前に真実を伝えられたかい?もし、それができていなかったのなら、本当にすまない。
愛弓。お前は父さんの誇りだ。お前は、父さんと母さんが離婚した時に、何も聞かずに父さんに付いてきてくれた。我慢したんだよな、本当は母さんのそばにいたかったろ。優しいお前は、夏音に母さんを譲り、自分は父さんを選んだ。お前のことを思えば、母さんのところに行かせてやれば良かったのに、父さんは嬉しくてお前を手放したくなかった。結果、つらい思いをさせてしまい、本当に申し訳ない。
愛弓。お前は、一回も父さんたちが別れた理由を聞くことがなかった。でも、いつかはその理由を知る時がくるだろう。知った時、お前の思い描いていた理由と違っても、前向きに、母さんと夏音を支えてやってほしい。父さんは、母さんと結婚して、愛弓と夏音という宝を手に入れた、世界一ラッキーな男だと思っている。今でもだ。父さんたち4人は、ほんの些細な、小さな歯車が噛み合わなくなってしまい、人生という掛け時計がうまく動かなくなってしまっただけ。お前が修理して、また時計を動かし、母さんと夏音と一緒に幸せになって欲しい。
愛弓。父さんの主治医には、父さんに何があっても延命措置はしないように何度も話をしている。主治医からは、もしもの時は家族のお前に結論を出してもらうと言っていた。どうか、延命はしないでくれ。父さんは、肉体が無くなっても、今までと変わらず、お前のそばにいる。お前は、何も背負わず、身軽のまま人生を羽ばたいて欲しい。これが父さんの最後の願いだ。父さんの為に、願いを聞いてほしい。
愛弓。最後に、大したものは残せないが、父さんの遺産と呼べるものは、父さんの机の引き出しに入っている。鍵の番号は、お前が初めての給料で、ご馳走してくれた日付だ。中身はお前の今後の人生のために使ってくれ。
愛弓。今までありがとう。父さんは本当に幸せだった。いつまでも落ち込まずに、好きな仕事に精を出して、好きな人といっぱい恋愛して、結婚して、子ども産んで、長生きして…誰よりも幸せになってくれ。父さんは、ずっとお前を見守ってるからな。ずっとずっと愛している。父より』

【高校前】

同時刻。

奏と来は、神楽の件について、直接本人に聞くため、高校に来ていた。奏は、来の提案に難色を示していたが、来を一人で行かせるわけには行かないと考え、渋々着いてきていた。もっとも、これが切っ掛けで恋愛に発展したらよいなという、下心もあった。

「…佐藤くん、やっぱりこの時間じゃ誰もいないんじゃない?」

人の気配がなく静かな雰囲気の学校を前に、奏が聞いた。

「それが都合がいいんだよ。」

来はニヤリと微笑むと、閉まっている校門を乗り越え中から施錠を解き、奏を中に入れた。

「…都合がいいって?」

奏が首を傾げながら聞くが、来はまたニヤリと微笑むだけだった。   

来は、駆け足で校舎に向かうが、誰もいない校舎で玄関が空いている訳がなく、奏は後を追いながらも、疑問を浮かべていた。

すると、来は正面玄関ではなく、校舎の裏手に回り、理科室の倉庫に当たる窓の下で止まった。

「小林さんは、ここで待ってて。」

来はそう言うと、自分の頭より高い位置にある窓をジャンプしてスライドさせると、窓枠に手を掛けて、するすると壁を上り、小さな窓から中へ入っていった。 

「…何でこの窓が開いてること知ってたんだろ?」

奏はそう呟きながらも、言われた通り、その場で来を待ち続けた。

10分程経っただろうか、さっきの窓から手が出てきて、来が顔を出して奏に微笑んだ。右手には紙切れを握っていた。 

来は身軽に窓から出て地面に着地すると、持っていた紙切れを奏に渡した。奏は受け取ると、少しクチャクチャになっている紙切れを開いた。

「これを探してたんだ。誰もいないときじゃないと調べられないだろ?」

紙切れには住所が書かれていた。

「さ、行こうか。真実を確かめに。」

来は奏の手を握り、校門へと歩き出した。

【横浜市中央病院】

同時刻。

彰からの手紙を読み終えた愛弓は、その場で崩れるように座り込み、声を出して泣いた。夏音は愛弓を支えるように座って抱き寄せた。茜は、胸がいっぱいになり、窓際のパイプ椅子に座り込んだ。

「…父さん…うぅ、父さん…。」

「お姉ちゃん。夏音と母さんのところに来て、また一緒に暮らそ。父さんもそれを望んでる。ね!母さん。」

夏音は窓際の茜の顔を伺った。

「勿論よ。…でも、それを決めるのは愛弓自身よ。家族をバラバラにした犯人が母さんだって分かったら、愛弓だって…母さんと一緒には…。」

茜は言葉に詰まってしまった。愛弓は、何も答えずにゆっくり立ち上がり、手紙を握りしめて彰の枕元へと向かい、頬を優しく撫でた。

「…ありがとう、父さん。大好きよ。」



ー それから1時間後、彰は夏音たちに見守られながら息を引き取った。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ベスティエン ――強面巨漢×美少女の〝美女と野獣〟な青春恋愛物語

花閂
ライト文芸
人間の女に恋をしたモンスターのお話がハッピーエンドだったことはない。 鬼と怖れられモンスターだと自覚しながらも、恋して焦がれて愛さずにはいられない。 恋するオトメと武人のプライドの狭間で葛藤するちょっと天然の少女・禮と、モンスターと恐れられるほどの力を持つ強面との、たまにシリアスたまにコメディな学園生活。 名門お嬢様学校に通う少女が、彼氏を追いかけて最悪の不良校に入学。女子生徒数はわずか1%という特異な環境のなか、入学早々にクラスの不良に目をつけられたり暴走族にさらわれたり、学園生活は前途多難。 周囲に鬼や暴君やと恐れられる強面の彼氏は禮を溺愛して守ろうとするが、心配が絶えない。

美しい玩具

遠堂瑠璃
SF
アルフレドは、優れた人工頭脳を埋め込まれた人の形を模したモノ。少年型アンドロイド。片道だけの燃料を積んで無人の星へ送り込まれたアルフレドの役割は、その星の観測データを毎日母星へと送信する事。アンドロイドでありながら、アルフレドは人間の本を読む。紙の上に文章として刻み込まれた、人間の思考。アルフレドはいつしか人間の心、感情というものに興味を抱く。特に『恋』という感情に強く引かれ、それが一体どのような思考なのか知りたいと切に思うようになる。そしてある日、アルフレドは無人の星から採取した土の中に、生物であったと思われる劣化した組織を見つける。極めて母星の人間の遺伝子に酷似した形。アルフレドは母星の人間にはその発見を知らせず、極めて人間に近いその生命を再生させようと試みた。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...