Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第7節 解錠

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二人は、瀬古の研究室に向かって所内を歩いていた。

「悪かったな、秋吉。あのまま話していても何もならないと思って。…絶対何か証拠を掴んでやるよ。」

池畑は、悔しさを滲ませながら言った。

「本当にあの雑誌だけで乗り込んだのか!?…馬鹿か。…フッ、でもそういうのは嫌いじゃないな。」

秋吉は、池畑の肩をポンッと叩きながら言った。

研究室に着くなり、池畑がノックをしてドアを開けると、瀬古と副所長の北野が何やら話をしているところだった。

「あ、池畑さんと…確か秋吉さんでしたよね。最近お越しにならないから。」

瀬古が挨拶すると、北野もペコリと頭を下げた。

「これ、ご覧になりましたか?」

池畑は、例の科学雑誌を瀬古に手渡した。瀬古は受け取るなり頷きながら答えた。

「えぇ、勿論見ましたよ。ねぇ、副所長。」

「あぁ、所長とセンター長の研究報告だろ。私も拝見しましたよ。これが何か?」

「…この研究成果は佐倉先生のものですよね?こんなことしていいんですか?」

池畑は、二人のリアクションが思っていたものと違い、怪訝そうに言った。

「…佐倉先生は、あれから行方不明です。所長は彼女の研究を無駄にしないために、世間に公表したんです。問題ないと思います。」

瀬古は、今もそのままになっている佐倉の席を見つめながら言った。

「そうですよ。所長が公表しなければ、それこそ彼女の功績は無駄になってしまいます。…すみませんが、ちょっと仕事の話で瀬古を借りますよ。」

北野はそう言うと、瀬古を連れて研究室を出ていった。

「…まるで、佐倉由香里はもうこの世にいないような言い方だったな。」

秋吉が、池畑を煽るように呟いた。

「刑事さん、佐倉先生がいなくなって一番得したのは誰だと思いますか?」

志澤が急に柱の陰から顔を出し、質問をした。

「志澤さん、驚かせないでくださいよ。」

驚いた池畑が、胸を押さえながら言った。

「質問の答え、それは瀬古先生です。瀬古先生は、所長自らが他の研究所から引っ張ってきた逸材です。でも、佐倉先生がいる限り彼女はいつも二番手。科学者ってのはプライドが高いですからね。ほら、あの当時も瀬古先生にはアリバイらしいアリバイは無かったでしょ?……なんてね。」

志澤は、ニヤつきながらそう言うと、自分の持ち場に戻って行った。

「…秋吉、もう一回事件当日を振り返ってみるか?」

池畑は、秋吉を椅子に座らせ、佐倉由香里失踪事件の概要から話し出した。

ー 定食屋 祿壽應穏 ー

10時59分 

ガラガラガラ。

入り口の引き戸が開いた。

「ごめんよぉ。まだ準備ちゅ……。…霞ちゃんか、どうした、こんな時間に?仕事は?」

入り口には、生気を感じさせない疲れきった表情の粟田が立っていた。武井は昼の営業に向けて仕込み中だったが、中断し、粟田をカウンター席に座らせた。

「どうした?元気ないな。風邪か?」

粟田は顔を両手で覆い、うつむいたまま首を横に振った。

「…違うんです。…ごめんなさい、二人を守れなくて…。」

すすり泣くような弱々しい声で言う粟田に武井は、足立と畑に何かがあったことを察した。

「…何か大変な事があったようだな。急がないでいいから、こんなおっさんにでも話したいことがあれば、いつでも話を聞くから。」

武井は、温かいお茶を粟田に差し出すと、気を遣わせないために、仕込みの作業に戻った。

粟田は、お茶を一口飲み、大きな溜め息をついた。それを見た武井は、作業したまま、そっと話し掛けた。

「ちょっとはほっこりできたかい?」

「…えぇ、ありがとうございます。…その、かぐらちゃんと畑さんの件なんですけど、おじちゃんにはちゃんと言っとかないとと思って…。」

武井は一旦手を止めて、自分のお茶を持って粟田の隣に腰掛けた。

「何があったかはわからないが、霞ちゃんのせいじゃないから、自分を責めるような言葉だけは吐かないでよ。霞ちゃんは優しいから、全部自分のせいにしようとしちゃうだろ。おっさんに話せることがあれば、事実だけを淡々と話してくれればいいからな。」

粟田は頷き、ゆっくりと話し始めた。

「昨日、かぐらちゃんが…呪いを使って…長尾智美を操ったのが分かって…警察に捕まっちゃったの。…それから…畑さんが…グスッ…原因不明の心臓麻痺で…死んじゃったの。」

武井は、粟田の話をすぐに理解できなかった。

多分、粟田から見たら、粟田の言っている事を疑っているような表情をしていただろう。粟田は、武井のその顔を見て、またうつむいてしまった。

「…あ!霞ちゃん、変な表情してごめんよ。その…疑いたくなる内容だったから。かぐらちゃんが捕まって、ハタ坊が死んだ…信じたくない内容だな。」

武井は額に嫌な汗をかいていた。

「…私もまだ信じられないよ!」

粟田は顔を伏せたまま、叫んだ。

「…ありがとうな。ツラいのに態々報告しにきてくれて。」

武井はまだ理解しきれていなかったが、席を立ち、厨房で料理を作り始めた。

「まだ開店前だけどな、すぐ作るから食ってけ。…霞ちゃん、その話は今日はこれで終いな。続きはまた今度。いっぺんに無理して話したら霞ちゃんもツラいだろ?」

粟田は何も言わずに、ムクリと顔を上げると、頷きお茶を飲んだ。店内には、武井が揚げ物をするパチパチという音だけが響いていた。

それから数分後、武井は粟田の前にお盆に並べた定食を置いた。

「はい、お待ちどうさま。」

今日の日替わりは、足立が畑を初めてこの店に連れてきた日と同じアジフライ定食だった。
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