Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第4節 満悦

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それから一時間程度、経過観察のため部屋にいて欲しいと眞鍋は二人にお願いをした。その間、正人はベッドに寝ている千里に、直ぐに退院出来るようになると嘘をつき、池畑はリビングで、涙を流し続ける佐倉の肩をずっと抱き締めていた。

規定の時間が経ち、各自宅まで眞鍋が送ってくれることになった。しかし、ここを病院だと思っている千里が今の部屋を出たら、すぐに嘘を付いていたことがバレてしまう。正人は、後先考えずに嘘を付いたことを後悔したが、今更千里に、一度死んだ真実を告げることも出来なかった。

正人は眞鍋に率直に相談し、眞鍋の提案で、睡眠薬入りの紅茶を飲ませて、眠っているうちに自宅に到着することにした。

「ごめんな、千里。」

正人は、睡眠薬入りの紅茶を持って、千里の寝ている部屋に入る前に小さい声で謝った。更に、笑顔で美味しいと紅茶を飲む千里を見て、正人は胸が痛くなった。

しかし、薬の効果は絶大で10分もしないうちに、千里は夢の中に入り込んだ。

柳田が、送迎用に七人乗りのバンを倉庫内に用意した。千里を最後尾シートに寝かせ、正人と池畑、佐倉は二列目シートに座り、約束通り黒い布で目隠しをした。目隠しが完了すると、倉庫のシャッターが開き、車がゆっくりと動き出した。

「一輝、ありがとう。…でも、研究室には私の席はもう…。」

「由香里…。暫く時間をくれ。工藤所長含め、瀬古さんたちは皆科学者だ。理解は一般人より早いさ。俺が必ず、由香里を研究室に戻してやるから。」

正人は、そんな二人の会話に耳を立てていた。正人は心の中で、これからの周囲への対応についてをずっと考えていた。

ー 池畑宅 ー

16時40分

池畑と佐倉は、自宅マンション前に着くと、目隠しを外し、車を降りて、眞鍋たちに頭を下げた。

「また連絡しますね。」

眞鍋がそう言うと、柳田は直ぐに車を発車させた。

池畑と佐倉は、なるべく住人に見られないように部屋まで非常階段を駆け上がってきた。息を切らしながら玄関に入ると、息を整える前に、池畑は佐倉を抱き寄せキスをした。佐倉もそれに応えるように腕を池畑の背中に回した。キスをしながら余計な荷物は雑に床に投げ捨て、そのまま寝室に入り、二人はベッドに倒れこんだ。

ー 村上宅 ー

16時50分

正人は、自宅マンション前に着くと目隠しを外し、まだ眠りに付いている千里をおぶりながら車を降りた。

眞鍋が助手席で、ペコリと頭を下げると、車は直ぐに発車した。

正人は、車が見えなくなると、やはり住人に見られないように気をつけながら部屋にたどり着いた。

正人は、そのまま千里を寝室に運び、ベッドに寝かせ布団を掛けた。あの日の出来事が無かったかのように、いつもの生活が戻ってくるという期待と、これから千里自身や家族にどう説明するかという不安、相反する感情が同時に正人の胸中に存在した。

正人は、千里が目覚めるまでの間に、美味しい夕食を準備しようと、近くのスーパーマーケットに買い出しに行くことにした。

ー 池畑宅 ー

17時25分

池畑と佐倉は裸で仰向けに布団にくるまり、天井を眺めながらまったりとしていた。池畑は、そのまま天井を眺めながら佐倉に聞いた。

「なぁ、あの時のことは…覚えているのか?その…。」

「死んだときってこと?」

「あ、あぁ。悪いな、変なこと聞いて。」

池畑は佐倉の表情を確認した。目が合った佐倉は首を横に振り、微笑んだ。

「ううん。でもね、本当に何も覚えてないの。今こうしていると、私が一度死んだなんて嘘みたい。……ねぇ、私、殺されたのかな?」

「…………もし、そうなら犯人は俺が必ず捕まえる。」

池畑はそう言うと、佐倉の顎を優しく持ち上げ、キスをした。そして頬と頬を重ねるように抱きしめた。ふと、目を開けると壁時計が視界に入り、時間を見た池畑は、大事なことを失念していたことを思い出した。

「やばい!もうこんな時間か。由香里、すまん。今日お通夜があって、すっかり忘れてた。」  

「え、お通夜?職場の?」

「…あぁ、職場の同僚。千代田…。」

「え、歩美ちゃん!?お父さんかお母さんが亡くなったの?」

まさか千代田本人が亡くなっているとは、夢にも思っていない佐倉は、首を傾げながら聞いた。佐倉の言葉に、池畑はハッとした。

「……あ、そうか。」

佐倉は仕事上、千代田とも交流があったことも失念していた池畑は、言葉に詰まってしまった。しかし、佐倉には嘘は付けないと思い、池畑は、佐倉の目を見ながら答えた。

「いや、……千代田本人だよ。」

「え!?歩美ちゃん、死んじゃったの?嘘でしょ、何で?」

まさかの言葉に、佐倉は口を抑えながら驚くと同時に、目に涙を浮かべた。池畑は、また悲しい現在を突き付けてしまったと、申し訳ない気持ちになった。

「…今捜査中なんだ。すまんが受付の手伝いも頼まれてたんだ、行かなきゃ。…本当だったら由香里も一緒に行って焼香してやりたいよな。ごめん。」

佐倉は、涙を拭いながら首を横に振った。

「ううん、しょうがないよ。しばらく大人しくしてないと。一輝が、私の分もしてきて。」

池畑は急いでクローゼットから、喪服やらネクタイやらを出し、急いで着替えて部屋を飛び出した。

佐倉は一人っきりになった寝室のベッドの上で、膝を抱えて丸まるように顔を膝に埋めた。

「死って…怖いね。」

ー 村上宅 ー

17時05分

正人が買い出しに出たため、家の中は睡眠薬で眠っている千里だけだった。

ピンポーン。

静かな部屋にチャイム音が響いた。

ピンポーン。

再び鳴るチャイム音が千里の眠りを妨げ始めた。

ピンポーン。

三回目のチャイム音で、千里は目を覚ました。

千里は直ぐに我に返り、フラフラしながらもリビングの画面つきインターホンの通話ボタンを押した。

「はぁい。」

「やっと出…え?女?あれ、すみません、そちら村上正人の自宅ですか?」

インターホンの向こうの声は、慌てていた。

「そうです…あ、お義母様。嫌だなぁ、私ですよ千里。誰と間違えたんですかぁ?」

「え、千里さん!?何で…。」

正人の母親のゆかりは、一人暮らしになりロクなものを食べていないであろう正人のために、数日分の夕食を作りに来たのだが、買ってきた材料が入ったビニール袋は、衝撃と恐怖で地面に落下していた。

「母さん?」

聞き覚えのある声に、ゆかりが振り返ると、今落下させたビニール袋と同じものをぶら下げた正人が立っていた。正人から見たゆかりは、顔面蒼白であり、正人は直ぐに事態を呑み込んだ。

「……早かったな、このタイミング…。」

正人が頭を抱えながら呟いた。

「正人!いったいどういうことだい?今あんたん家から千里さんの声がして!あれは誰、もしかして……幽霊?」

パニック状態のゆかりを鎮めようと、正人は落ち着くように促したが、ゆかりの呼吸は落ち着くどころか、どんどんと荒くなってきた。

「母さん、大丈夫だから。落ち着いて。」

正人が背中を擦り、落ち着くように促していると、マンションの自動ドアが開いて、誰かの足音が聞こえた。

正人とゆかりの目の前には、不思議そうな表情の千里が立っていた。それを見たゆかりは、ショックで正人の腕の中で気絶した。

「え?お義母様!?大丈夫ですか!?」

その様子を見て千里が駆け寄り、ゆかりの肩を激しく揺さぶった。

「はぁ…最悪な展開だ。」
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